シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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二部

ノルドの覚悟

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 「しっかりしなさい、ノルド」ビュアンが水滴をノルドの顔に飛ばし、まるで気付け薬のように彼を起こした。

「ああ」ノルドは頭を振り、意識をはっきりとさせた。
ノルドたちが落とされた場所は、四方を高い岩壁に囲まれた岩場の底のような場所だった。

「リコ、ヴァル、どこだ? 大丈夫か?」ノルドが周囲を見回すと、リコもヴァルも気を失って倒れているのが見えた。ノルドは自分の足が折れていることに気づいた。痛みが、鋭く走る。
「これくらいなら、大丈夫だ」ノルドは歯を食いしばりながら、転がったリュックを見つけた。リュックは飛ばされ、遠くに転がっていた。

 ビュアンは風を操り、リュックをノルドの方へと飛ばした。
 ノルドは両手をついて体を捩りながら、リュックを掴んだ。そして、中身を確認すると、初級のリカバリーポーションと中級のヒールポーションが何本か胸のポケットに入るように準備した。
 
 その時、地面が大きく揺れた。再び、地震だ。

「あっ!」ノルドが反対側の壁に目をやると、大きな白い花が並んで咲いているのに気づいた。その花たちは、まるで笑っているかのように、地震の揺れに合わせて花びらが揺れていた。

「バインドカズラだ!」ノルドの心臓が一気に跳ね上がる。なぜ今まで気づかなかったのだろう。まるで息を潜めて獲物を狙うように、花々はその正体を隠していた。ここは、バインドカズラの群生地だった。

 ノルドが叫んだ瞬間、土の表面から無数の触手が一斉に現れ、ノルドを絡め取って持ち上げた。リュックもノルドとは別の触手に巻き上げられ、遠くへ運ばれていった。

「しまった!」
 ノルドは、締め付けられる体の隙間から、リカバリーポーションを取り出して、一気に飲み干した。

 ノルドの作った最新のリカバリーポーションは、初級の材料と製法でありながら、その効果は、中級レベルに達している。

「うぐぅ、これはたまらん」

 苦味と薬酔いの副作用に襲われ、吐き気を必死にこらえる。まだまだ改善の余地がある薬だ。

 絡みついた触手を毒ナイフで突き刺す。瞬く間に触手の色が変わり、枯れたように力を失って地面に落ちる。ノルドの体が、ようやく自由になった。

「ノルド、助けて!」リコの声が響く。

 見ると、リコとヴァルも触手に絡め取られ、空中へと運ばれていた。持ち上げられた衝撃で、どうやら目を覚ましたらしい。

 ノルドは、素早く、リコに絡みつく触手めがけて、毒ダーツを投げる。ふらふらと揺れ続ける触手に、何本か、投げてやっと当たる。
 毒ナイフほどの効果はないものの、やがて同様に、肌色の触手が枯れ果てた色に変わった。

「ありがとう!」リコは崩れ落ちる触手から跳躍し、華麗に地上に降り立った。リコの顔色が少し悪い。

「リコ用のヒールポーションを飲んで! これで体力回復できるよ」ノルドはリコに薬瓶を投げた。

「えー、これ苦いやつでしょ?」彼女は文句を言いながらも、ごくごくと飲み干した。
「あれ?  美味しかったよ!」

「うん、ヒールポーション自体は元々それほど苦くないんだ。それに、リコ用に蜂蜜シロップを混ぜてあるんだよ」

「そうなんだ。ところで、ヴァルは?」その時、ようやくヴァルが目を覚ました。
「ワオーン!」がしがしと、小狼を捉えた触手を引っ掻いている。
「今、助けるよ、ヴァル!」リコにナイフを数本渡すと、ノルドはダーツを投げる姿勢に入った。

 空気が澱み始めていた。それは、バインドカズラの花が出す、花粉が飛び散っているのだ。しかも閉じられた空間で花粉の、麻痺毒の濃度は高くなるばかりだ。
 防塵用のスカーフと解毒薬は、リュックの中だ。

「ビュアン、助けて!」
 触手を恐れて、姿を隠している妖精が自慢げに呟いた。

「仕方ないわね、ノルドに一番必要なのは、私よ!」

 とろんと眠そうにしているヴァルに、ばしゃっと水しぶきがかかり、風がその身を吹き抜けた。
 ノルドの周りには、清らかな風が優しく吹いていた。



 ノルドは、ヴァルに絡みついた触手に毒ダーツを投げ、続けざまにリュックを奪った触手を撃ち抜いた。その間も、無数の触手が襲いかかり、リコは必死に応戦している。

 ヴァルは触手をかわし、地上に落ちたリュックへ飛びつくと、咥えたままノルドの元へ駆ける。ノルドはダーツをすべて使い果たしていた。残る武器は、ナイフのみ。

 突然、大地が震えた。それがきっかけなのか、バインドカズラの花々が騒ぎ出し、不快な金切り声のような音を発する。

 ぎゃぎゃぎゃ、ぎゃぎゃぎゃ

「まさか、喋るのか?」

 バインドカズラの群生の中央、一際大きな花の太い触手が周囲の花を掴み、容赦なくその巨大な捕虫器へと放り込む。

 その度に、大花は花粉を大量に吹き出し、魔力を吸い上げるかのように一回り大きくなる。そして、その触手もさらに太く、長く伸びていった。

「まずい! あれに喰われたらおしまいだ。逃げよう!」
「じゃあ、私が最初に登って引き上げるね!」

 四方は垂直に切り立つ崖。ノルドはリュックからロープを取り出し、リコの身体に巻きつける。リコはナイフをピッケル代わりに壁へ突き立て、登攀を開始した。

 ノルドは、伸びてきた太い触手をリコに近づけさせないよう、毒ナイフを投げて迎撃する。

 しかし、今までの触手と違い、それは腐り落ちることなく、一瞬引っ込んだだけだった。ナイフを投げるたび、じわじわと追い詰められていく実感がノルドを焦らせた。

 その間にも、次々と新たな触手がノルドとヴァルを襲う。ノルドは反撃を試みるが、最後の二つになったナイフを奪われないよう慎重に立ち回る必要があり、決定打を与えられない。
どかん、どかん、どかどかーん!

 リコがようやく崖の頂上へ手をかけたその瞬間、上空から落下する。

「リコ!!」

 木が崖面を滑り落ち、リコの身体が弧を描き、無防備に地面へ叩きつけられる。白い息が漏れた彼女の瞼はかすかに震えたが、すぐに動かなくなった。頭から赤い血が流れ出ていた。

 きゃっ、きゃっ、きゃっ!
 
 耳障りな笑い声が響いた。崖の上、無数の赤い光点が揺らめいく。それは、ゆっくりと形をなしていく──猿の魔物、グリムエイプだ。
 
 長い腕を器用に使い、崖の端にぶら下がる彼らは、逆さまのままこちらを見下ろし、口元には楽しげな笑みを浮かべている。石を落としながら面白がる個体もいる。
 
 ノルドは荒い息を吐いた。震える指を無理やり動かし、最後のナイフを握り直す。

 視線を上げると、グリムエイプのボスがこちらを指差し、また笑った。まるで 「さて、どうする?」 とでも言いたげに──。
 
ノルドたちには、もはや生き延びる術は残されていなかった。
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