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二部
ノルドの死闘
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「リコ、しっかりしろ!」
リコの意識は戻らない。ノルドは彼女の顔を支え、リカバリーポーションを垂らすが、リコはそれを吐き出してしまう。
「仕方ない」
ノルドはポーションを口に含み、リコの唇に押し当てると、強引に流し込んだ。リコは咽せながらも少しずつ飲み込んでいく。
「あわわわ……」
いつもなら騒ぎ立てるビュアンも、この状況を理解し、静まり返っていた。
リコの傷がみるみる塞がり、やがて彼女は目を開けた。
「馬鹿ぁ……!」
真っ赤に顔を染めたリコが、恥ずかしげにノルドを突き放す。
ノルドは安堵の息を漏らし、ぼそりと呟いた。
「良かった」
だが、次の瞬間、リコはノルドの手を引っ張った。
ドカン、ドカン、ドカン。
巨大な大木が岩壁を滑り落ち、ノルドたちがいた場所に次々と転がり込んできた。地を揺るがしながら転がるそれは、やがて砂煙を巻き上げて止まる。
ノルドたちは間一髪でかわし、接触を避けた。
「危なかった……」
逃げ場のない岩窪には、すでに多くの大木が転がっている。岩壁の上から、魔物の殺意が絶え間なく降り注いでいた。じわじわと追い詰められ、ノルドたちは岩窪の中央へと誘導される。
「リコ、ヒールだ」
ノルドは再び薬瓶を手渡した。
「どこから攻撃がくるかわからない……」
地下を自由に蠢く触手たちが、どこから現れるのか? 容赦なく繰り出される攻撃。リコに、ノルドのナイフを一本渡す。
アダマンタイトのナイフは、魔物の硬い触手すら傷つけるが、絡みついた巨大な触手は鞭のようにしなり、さらに速度を増して襲いかかってくる。
まるで命がけの縄跳びのようだ。
ノルドは、ぶつかりそうになるたび、リコやヴァルの手助けでなんとか回避し続ける。
そして――ぱたり、と、触手の攻撃が止んだ。
「……諦めてくれないかな?」
だが、その言葉は虚しく響く。次の瞬間、大触手たちが転がる大木を拾い上げ、振り回し始めた。ノルドはその様子を見て覚悟を決めた。もう逃げ手は無い。
「リコだけでも、絶対に生かして帰す」
ヴァルに合図を送る。二人の間の契約紋が光り、ノルドの生命力がヴァルに分け与えられて強化される。少しずつ、だが確実にノルドの命が削られていく。
「ワオーン」ヴァルが、最も力強い遠吠えを上げる。その音が大森林を震撼させた。
ノルドはリュックの中の毒薬の蓋を全て開け、リュックを前にかける。
「ヴァル、行くぞ、突撃だ」
ヴァルに背を押され、ノルドは進む。ヴァルの光輝く体躯は美しく、それは牙狼王の名に相応しい。
触手を全て避け、あるいは足場にしながら、大バインドカズラの花に迫る。花が危険を察知し、慌ててそのグロテスクな捕虫器を閉じようとする。
ノルドは、ヴァルに乗ったまま、花にぶつかりそうな勢いで、さらにリュックを花に投げた。
「ビュアン、お願い」「任せて!」
突風とともに、ノルドの手が花の閉じる瞬間に間に合い、リュックを花に押し込んだ。
それは、大バインドカズラにとって致命傷となった。もし閉じる前であれば、吐き出せただろう。
ぐあっ、ぐあっ、ぐあっ――
気持ち悪い断末魔が上がる。
様々な猛毒を飲んだ大バインドカズラが、ノルドたちにぶつからないよう回避しようとするが、ヴァルは壁に激突した。ヴァルがノルドを庇ってその身を犠牲にした。
白い花は枯れた花の色に変わり、全ての触手も地に崩れ落ちた。
「勝ったのか!」
しかし、それは一回戦が終わったに過ぎなかった。
百匹を超えるグリムエイプの群れが岩壁を降りてきて、ノルド達は逃げ場を失い、岩窪の中央に立って何重にも囲まれてしまった。
※
「ここまでか……」ノルドは首を振る。いや、リコを死なせない。
ノルドは、再び覚悟を決めた。だが、すでに気力だけで立っている状態だ。
「ヴァル! リコと逃げろ!」
その声にいち早く反応して、ヴァルはリコの服の一部を咥えると、倒れるリコを無理やり背中に乗せる。普段なら、そんなことは出来ない。
再び、契約紋が光る。いや、更に光を増している。どんどんと、ノルドの生命力が奪われていく。
「駄目よ! ノルドを犠牲になんて出来ない!」
リコは必死に自由になろうとするが、ヴァルは許さない。彼女が服を切ろうとすれば、すぐに別の布を咥えて動きを封じる。
「ワオーン!」
ヴァルが、リコに怒る。『我が主ノルドの命令だ』と言わんばかりに。ヴァルはいち早くリコを逃し、すぐに戻るつもりなのだ。
ノルドが囮となり、グリムエイプの群れに向かって駆ける。恐怖を押し込め、大声を上げてナイフを振り回す。
「おい! お前達のボスはどこだ? 怖くて隠れてるのか?」
言葉は通じないかもしれない。だが、奴らの注意を引くことはできる。
ノルドの周囲に、猿の魔物がわらわらと集まってくる。ヴァルはその隙を突き、リコを乗せたまま反対方向へ走り出した。垂直の崖さえ、地面のように鋭い爪で登っていく。
「ヴァル! 頼んだぞ!」
崖を登り、ノルドから遠ざかっていくヴァル。その姿を見届け、ノルドは契約解除を決意する。ヴァルを自由にしなければならない。契約を結んだままでは、ノルドが死ねばヴァルも巻き込まれる。
契約紋を傷つければ、強制的に解除できる。しかし、その代償は契約破棄者に訪れる。
「ケケケッ!」「ヒャヒャヒャッ!」
ノルドの武器──触手に刺さっていたダーツやナイフを拾ったグリムエイプたちが、それを取り合いながら振り回す。長い腕を使い、ノルドを的確に傷つけていく。
まだ死ねない。
ほんの一瞬が、ありえないほど長い。
ヴァル、敵をかわせ。登りきれ。森を走り抜けろ!
「ああ、痛い痛い痛い……」
セラの作った一級品の防具の壊れた部分を狙う、賢い悪猿たち。ノルドの生命は容赦なく削られていく。
最後のヒールポーションとリカバリーポーションを取り出す余裕もない。奪われれば、終わりだ。
最後の一瞬まで諦めない。倒れたら終わりだ。敵に脅威を与え、近寄らせるな──
突風が吹き荒れる。グリムエイプたちは恐れ、一歩、二歩と後ずさった。
「私のノルドになんて真似をする!」
その声に、ノルドはかすかに目を開けた。
視界が滲む。それでも、小さな影がはっきりと映る。
「……ビュアン……ありがとう……」
かすれた声で唇が震えた。
「母さんに……勇敢だったと……伝えて……」
リコの意識は戻らない。ノルドは彼女の顔を支え、リカバリーポーションを垂らすが、リコはそれを吐き出してしまう。
「仕方ない」
ノルドはポーションを口に含み、リコの唇に押し当てると、強引に流し込んだ。リコは咽せながらも少しずつ飲み込んでいく。
「あわわわ……」
いつもなら騒ぎ立てるビュアンも、この状況を理解し、静まり返っていた。
リコの傷がみるみる塞がり、やがて彼女は目を開けた。
「馬鹿ぁ……!」
真っ赤に顔を染めたリコが、恥ずかしげにノルドを突き放す。
ノルドは安堵の息を漏らし、ぼそりと呟いた。
「良かった」
だが、次の瞬間、リコはノルドの手を引っ張った。
ドカン、ドカン、ドカン。
巨大な大木が岩壁を滑り落ち、ノルドたちがいた場所に次々と転がり込んできた。地を揺るがしながら転がるそれは、やがて砂煙を巻き上げて止まる。
ノルドたちは間一髪でかわし、接触を避けた。
「危なかった……」
逃げ場のない岩窪には、すでに多くの大木が転がっている。岩壁の上から、魔物の殺意が絶え間なく降り注いでいた。じわじわと追い詰められ、ノルドたちは岩窪の中央へと誘導される。
「リコ、ヒールだ」
ノルドは再び薬瓶を手渡した。
「どこから攻撃がくるかわからない……」
地下を自由に蠢く触手たちが、どこから現れるのか? 容赦なく繰り出される攻撃。リコに、ノルドのナイフを一本渡す。
アダマンタイトのナイフは、魔物の硬い触手すら傷つけるが、絡みついた巨大な触手は鞭のようにしなり、さらに速度を増して襲いかかってくる。
まるで命がけの縄跳びのようだ。
ノルドは、ぶつかりそうになるたび、リコやヴァルの手助けでなんとか回避し続ける。
そして――ぱたり、と、触手の攻撃が止んだ。
「……諦めてくれないかな?」
だが、その言葉は虚しく響く。次の瞬間、大触手たちが転がる大木を拾い上げ、振り回し始めた。ノルドはその様子を見て覚悟を決めた。もう逃げ手は無い。
「リコだけでも、絶対に生かして帰す」
ヴァルに合図を送る。二人の間の契約紋が光り、ノルドの生命力がヴァルに分け与えられて強化される。少しずつ、だが確実にノルドの命が削られていく。
「ワオーン」ヴァルが、最も力強い遠吠えを上げる。その音が大森林を震撼させた。
ノルドはリュックの中の毒薬の蓋を全て開け、リュックを前にかける。
「ヴァル、行くぞ、突撃だ」
ヴァルに背を押され、ノルドは進む。ヴァルの光輝く体躯は美しく、それは牙狼王の名に相応しい。
触手を全て避け、あるいは足場にしながら、大バインドカズラの花に迫る。花が危険を察知し、慌ててそのグロテスクな捕虫器を閉じようとする。
ノルドは、ヴァルに乗ったまま、花にぶつかりそうな勢いで、さらにリュックを花に投げた。
「ビュアン、お願い」「任せて!」
突風とともに、ノルドの手が花の閉じる瞬間に間に合い、リュックを花に押し込んだ。
それは、大バインドカズラにとって致命傷となった。もし閉じる前であれば、吐き出せただろう。
ぐあっ、ぐあっ、ぐあっ――
気持ち悪い断末魔が上がる。
様々な猛毒を飲んだ大バインドカズラが、ノルドたちにぶつからないよう回避しようとするが、ヴァルは壁に激突した。ヴァルがノルドを庇ってその身を犠牲にした。
白い花は枯れた花の色に変わり、全ての触手も地に崩れ落ちた。
「勝ったのか!」
しかし、それは一回戦が終わったに過ぎなかった。
百匹を超えるグリムエイプの群れが岩壁を降りてきて、ノルド達は逃げ場を失い、岩窪の中央に立って何重にも囲まれてしまった。
※
「ここまでか……」ノルドは首を振る。いや、リコを死なせない。
ノルドは、再び覚悟を決めた。だが、すでに気力だけで立っている状態だ。
「ヴァル! リコと逃げろ!」
その声にいち早く反応して、ヴァルはリコの服の一部を咥えると、倒れるリコを無理やり背中に乗せる。普段なら、そんなことは出来ない。
再び、契約紋が光る。いや、更に光を増している。どんどんと、ノルドの生命力が奪われていく。
「駄目よ! ノルドを犠牲になんて出来ない!」
リコは必死に自由になろうとするが、ヴァルは許さない。彼女が服を切ろうとすれば、すぐに別の布を咥えて動きを封じる。
「ワオーン!」
ヴァルが、リコに怒る。『我が主ノルドの命令だ』と言わんばかりに。ヴァルはいち早くリコを逃し、すぐに戻るつもりなのだ。
ノルドが囮となり、グリムエイプの群れに向かって駆ける。恐怖を押し込め、大声を上げてナイフを振り回す。
「おい! お前達のボスはどこだ? 怖くて隠れてるのか?」
言葉は通じないかもしれない。だが、奴らの注意を引くことはできる。
ノルドの周囲に、猿の魔物がわらわらと集まってくる。ヴァルはその隙を突き、リコを乗せたまま反対方向へ走り出した。垂直の崖さえ、地面のように鋭い爪で登っていく。
「ヴァル! 頼んだぞ!」
崖を登り、ノルドから遠ざかっていくヴァル。その姿を見届け、ノルドは契約解除を決意する。ヴァルを自由にしなければならない。契約を結んだままでは、ノルドが死ねばヴァルも巻き込まれる。
契約紋を傷つければ、強制的に解除できる。しかし、その代償は契約破棄者に訪れる。
「ケケケッ!」「ヒャヒャヒャッ!」
ノルドの武器──触手に刺さっていたダーツやナイフを拾ったグリムエイプたちが、それを取り合いながら振り回す。長い腕を使い、ノルドを的確に傷つけていく。
まだ死ねない。
ほんの一瞬が、ありえないほど長い。
ヴァル、敵をかわせ。登りきれ。森を走り抜けろ!
「ああ、痛い痛い痛い……」
セラの作った一級品の防具の壊れた部分を狙う、賢い悪猿たち。ノルドの生命は容赦なく削られていく。
最後のヒールポーションとリカバリーポーションを取り出す余裕もない。奪われれば、終わりだ。
最後の一瞬まで諦めない。倒れたら終わりだ。敵に脅威を与え、近寄らせるな──
突風が吹き荒れる。グリムエイプたちは恐れ、一歩、二歩と後ずさった。
「私のノルドになんて真似をする!」
その声に、ノルドはかすかに目を開けた。
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