完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
80 / 221
二部

死闘の決着とピュアンの懇願

しおりを挟む
 リコはヴァルの背に大人しく乗っていた。ヴァルの意思は揺るがない。ならば、一刻も、一瞬でも早く援軍を連れて戻るしかない。

 来た時とは違い、森の中は静寂に包まれていた。まるで恐怖から逃げるように、魔物たちの気配がすっかり消えている。

 凄まじい速さで疾走するヴァル。三つ目のエルフツリー――カリスを見つけ、二つ目のエルフツリー――アルテカを目指す。だが、おかしなことに、昼間にはいないはずの精霊の子たちがエルフツリーの周りを回っていた。しかし、今は立ち止まって観察している時間はない。

 走る。走る。やがて、目の前にアルテカが姿を現した。ここまで来たら一本道だ。
 だが、その時だった。

 突然、ヴァルが動きを止めた。
 まるで光が弾け飛ぶように、ヴァルを包んでいた輝きが消え失せる。同時に、彼の体に刻まれていた契約紋が、跡形もなく消滅した。

「ワオーン!」
 それは悲鳴に近い鳴き声だった。

「どうしたの、ヴァル?」
 リコが尋ねても、ヴァルは困惑した表情を浮かべるだけ。繋がりが消え、契約が失われた――一緒に最後を迎えるつもりだったのに。
 その時だった。
 森が揺れた。地の底から響くような轟音と共に、大地が軋む。

「……何?」
 遠くで、木々がなぎ倒される音がする。まるで巨大な何かが暴れ回っているようだった。

「戻りましょう、ヴァル。私たちだけ助かるつもりはないわ。急ぎましょう」

 救助を求めて戻るのが正解かもしれない。いや、正解だろう。だが、そんな選択はしたくなかった。
 リコとヴァルは来た道をひたすら駆ける。

 ――その時、森の奥から殺気が迫った。
 巨大な魔物、グリムエイプのボスがこちらに向かって逃げてくる。

 リコとヴァルは顔を見合わせた。
「何かあったに違いない。一瞬で仕留めて、首を晒してやる!」
 ヴァルは鳴き声をこらえ、首を振る。
「私が、絶対に行く手を塞ぐわ」

 リコはノルドから預かったアダマンタイトのナイフを見つめ、決意する。これを遺品にはさせない。
 リコの数倍もある巨大な体躯。長い腕を持つ大猿が、森の枝を器用に飛び移りながら移動していた。

「やぁ!」

 リコは飛び移ろうとしたグリムエイプの腕を狙い、力強くナイフを放つ。

「グサッ!」

 鋭い刃が手に突き刺さり、グリムエイプは姿勢を崩して木から落ちた。だが、空中で体勢を立て直し、地面に着地する。そして、ナイフを投げた方向を鋭く睨みつけた。

 リコはすっくと姿を現す。

「ギャギャギャー!」
 大猿は嘲るような大声を上げ、笑顔で犬人を見た。
 ――だが、それが奴の終わりだった。

 復讐を誓う暗殺者が、大木よりも太いグリムエイプの首を、鋭い爪で切り裂く。

 鮮血が飛び散り、獣の絶叫が森に響く。
 リコは躊躇なくもう一撃を加え、さらにもう一撃。
 刃のような爪が深く食い込み、ついに――
 「ゴキンッ!」
 頸骨が砕ける音と共に、グリムエイプの首が吹き飛んだ。

 「ころり」
 大猿の首は、胴体を離れ、地面を転がった。


 ノルドの声に、ビュアンの小さな体が、わずかに震えた。

「セラとも約束した。ノルドを守るのは、私よ!」
 風が渦を巻き、吹き荒れた。だが、ビュアンの力だけでは足りない。

 突風はすぐに消え、グリムエイプが再び動き出す。ビュアンは小さな拳を握りしめ、天に向かって叫んだ。

「妖精ビュアンが懇願する! 精霊王よ、我が願い叶えたまえ! さすれば王の元に帰るだろう!」

 大地が震えた。轟音とともに、岩窪の地面が波打つ。
 ノルドの周囲に、鋭い岩の壁が立ち上がり、グリムエイプとの間を遮断した。

 そして──
「ギャアアアアア!」絶叫が響く。
 地面から飛び出した岩が、次々と魔猿を貫いていく。
 慌てて岩をよじ登る者もいたが、壁から突き出す岩に弾かれ、深い闇へと落ちた。
 ノルドを守る岩柵の上に、小さな老人の影が映った。

──誰だ?
これほどの魔法を操る者が、ただの冒険者とは思えない。
 いや、人ではない。

「なんだ? 小さき狼、わしか? わしの名はガイア。土の精霊、大地の守護者にして、精霊王に仕えし者だ」
「……どうして、ガイア様が?」
「そこのお嬢ちゃんの懇願だからな。大人しくしておれ」

──今のうちに。

 ノルドは急いで二つのポーションを飲んだ。だが、貸し与えた生命力は戻らない。
 次の瞬間。轟音とともに、炎の柱が立ち上った。
「ギャアアアッ! ウアアアァッ! アアアアッ!」
 魔猿たちの悲鳴が、岩窪全体に響き渡る。
 焦げる肉の臭い。弾ける音。炎が、全てを焼き尽くしていた。

「臭いわね」

 ビュアンが風を巻き起こし、煙を散らす。
 ノルドはゆっくりと立ち上がり、ビュアンに感謝を告げた。
「ありがとう、ビュアン……」

 だが──
 ビュアンの姿が、どんどん薄くなっていく。

 岩柵の向こうでは、巨大なサラマンダーが生き残りのグリムエイプを殺戮していた。
 その威容に、ノルドは思わず尻もちをついた。
「あわわわ……」
「大丈夫、ノルド!」
「あ、ああ……」
 ノルドは、落ちていたナイフを拾う。

「イグニスは、サラマンダーにして火の精霊よ。怖い顔してるけど、優しいおじさんよ!」

 ビュアンの言葉に、ノルドは半信半疑で相手を見た。

「半分はわしの獲物だぞ、イグニス」
「老人、お前が抜け駆けしたんだろう!」
「ふん」ガイアはそっぽを向き、手にした杖を振るった。
 惨劇の場から逃げようとした魔猿に、岩の槍が突き刺さる。
 さらに、ガイアが土の中の触手を掘り起こすと、イグニスがそれを焼き払った。

──そして、すべてが終わった。
 生きているものは、もう、ノルドだけだった。


 リコ達が岩窪に戻ったとき、目の前に広がっていたのは、戦場の跡が変わり果てた光景だった。荒れ果てた土地には、グリムエイプの姿は一匹も見当たらず、死体さえも消え去っている。

「ノルド! どこ?」リコは呼びかけながら、微かに残る彼の匂いを頼りに目を凝らす。

 そして、ようやく岩の柵の中で横たわるノルドの姿をヴァルが発見した。疲れ果てて眠っているようだ。何があったのか—答えを知る余裕は、今はない。

「ヴァル、ノルドの武器を集めて!」リコは指示を出し、ボロボロになったリュックに武器を詰める。

「さあ、帰ろう」リコは眠っているノルドに話しかける。ヴァルが意気揚々と先導する。

 リコはグリムエイプの首を強く蹴り飛ばすと、ノルドを担ぎ上げ、その場を後にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...