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二部
シシルナ島新聞 号外
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妖精ビュアンは、この時のために、密かに努力を重ね、ついに氷の魔法を習得していた。
自由気ままに生きてきた彼女にとって、それは並大抵のことではない。妖精王の娘という立場にあり、プライドの高いビュアンが、仲間の妖精たちに頭を下げ、氷の花を咲かせる練習を何度も重ねたのだ。
「それじゃ、いくわよ。見てなさい、犬っころ」
ビュアンの声とともに、魔力が舞う。生まれたばかりの氷の花が、光を透かすテントの中にふわりと舞い落ちる。透明なアイスボウルに、静かに重なっていく。
「わぁ、綺麗……」リコとノルドは、手を止め、息を呑んだ。
「出来たよ」ノルドも、我に返り、氷にかける特製ヒールポーション入りの白蜜を完成させた。
「本当はレインボー氷にしようと思ってたんだけど、白蜜だけの氷も……おすすめだね!」
「試食しましょう!」ビュアンは、満足げにノルドの肩に腰を下ろした。
「とても、美味しい。口の中ですっと溶けていく」ノルドの一言に、ビュアンは胸を張る。自分が努力して創ったものを、誰かが認めてくれる。初めての感覚だった。
そんな時、予定より早くニコラの乗った馬車が到着した。それと同時に、妖精の氷は皆で食べきってしまっていた。
「どうしよう? ビュアン様……」
「いいわ。あの老婆たちにも、今日だけ特別に、私の姿を見せてあげる」
「ありがとう」
ニコラは、メグミに押された車椅子で、静かにテントに入ってきた。
「ばぁば、リコの店にようこそ。今日は、ばぁばに特別のかき氷をプレゼントしまーす」
その言葉と共に、妖精が姿を現した。創り出された氷の結晶に、リコが白蜜をそっとかける。まるで、祝福の儀式のように。
ニコラは、かき氷をほんの一口だけ口に運ぶ。
「ああ、最後に良いものをもらったよ」──しわがれた声が、精一杯の力で空気を震わせた。
「何言ってるの、ばぁば。私が、この島から旅立つまで生きてよ!」
ニコラは妖精に深く会釈をし、そっとノルドとリコの手を握った。その手はとても温かく、そして、どこか儚かった。
※
一方、カノンは大観衆に紛れて、もう一度だけ、息子のガブリエルの姿を見ようとしていた。ふと、隣の観客が持っていた新聞に目を奪われる。
それは、シシルナ島新聞の夏祭り号外だった。裏面にはイベントのスケジュールと屋台の紹介、そして表紙には──聖女様特集。いや、正確には聖女様の「随行員」特集で、大きな似顔絵とインタビュー記事が紙面を飾っていた。
「すみません。その新聞、譲っていただけませんか?」
「悪いね、姉ちゃん。これは記念だから……新聞屋の子供が配ってたよ」
カノンはその情報を頼りに、新聞を売る小さな子を探す。声をかけようとした瞬間──「やっと見つけた!」と声がした。セイだった。
「はいどうぞ!」セイは、得意げに新聞を手渡す。
カノンはそれを受け取ると、セイの声すら耳に入らないほどに記事へ没頭した。チラリとしか見られなかったガブリエルの似顔絵。そして、彼のこれまでの生き方、今の暮らし、全てが丁寧に書かれていた。まるで、彼女が知りたかった紙面だった。
カノンは、目を潤ませながら読み終え、新聞をそっと胸に抱いた。
「ありがとう。私に……届けてくれて」
「ははは、喜んでもらえて何よりです。まあ、こんな記事にするとまでは言ってなかったんですけどね」
「じゃあ……騙したの?」
「人聞きが悪いですよ、カノンさん。俺はガブリエルの友達です。あいつは、あなたに知ってほしかったんですよ。だから、俺に話したんです」
カノンは、静かに頭を下げた。
そのとき、そっと腕を握られた。「そろそろ聖女様が壇上に姿を現す時間よ。もっと、見やすい場所へ行きましょう」
それはセラの声だった。
「でも……」
「最前列に、あなたのための席を取ってあるの。行きましょう」セラの後ろから、グラシアスも現れて、カノンを挟むように歩き出した。
その席は、貴賓席。特別に準備された、母と息子が再会するための、ほんの小さな舞台だった。
※
「じゃあ、ばぁば、私たちの歌声を聴いててね。行こう、ノルド」
「えええ、俺も……」
「アマリが頑張るんだよ。ノルドも頑張らないと!」
リコはノルドの手を引っ張って、丘の上から駆けていく。ノルドは小さくため息をついたが、その足取りに、どこか誇らしさが混じっていた。
まもなく、ネフェル聖女の登場に先立ち、讃美歌の合唱が始まる。今回は、アマリとニコラ・ヴァレンシア孤児院の子供たち、そしてノルドが舞台に立つ。
アマリは、深く息を吸い込み、静かにステージ中央へ進む。その顔には、幼い頃から声を出すのが苦手だった少女の、強い決意が浮かんでいた。周囲を囲む子供たちも、その姿に背筋を伸ばす。
彼女はリコとノルドのほうをそっと振り返り、少しだけ笑ったあと、観客に向かって丁寧に一礼する。そして、ゆっくりと顔を上げた。
広場には、夜の帷がゆるやかに降り始めており、空の色と共に観客の喧騒も静まっていく。ひとつの咳払いがかすかに響いたあと、全体がしんと息をひそめた。舞台の空気が、澄んだ水のように澄み渡っていく。
「全員、起立してください。私の後について、歌唱してください」
アマリの声が、澄んだ鐘のように響く。小さな身体から放たれたその言葉には、静かだが確かな力が宿っていた。ノルドは一歩横に並びながら、気づかぬうちに胸を張っていた。
自由気ままに生きてきた彼女にとって、それは並大抵のことではない。妖精王の娘という立場にあり、プライドの高いビュアンが、仲間の妖精たちに頭を下げ、氷の花を咲かせる練習を何度も重ねたのだ。
「それじゃ、いくわよ。見てなさい、犬っころ」
ビュアンの声とともに、魔力が舞う。生まれたばかりの氷の花が、光を透かすテントの中にふわりと舞い落ちる。透明なアイスボウルに、静かに重なっていく。
「わぁ、綺麗……」リコとノルドは、手を止め、息を呑んだ。
「出来たよ」ノルドも、我に返り、氷にかける特製ヒールポーション入りの白蜜を完成させた。
「本当はレインボー氷にしようと思ってたんだけど、白蜜だけの氷も……おすすめだね!」
「試食しましょう!」ビュアンは、満足げにノルドの肩に腰を下ろした。
「とても、美味しい。口の中ですっと溶けていく」ノルドの一言に、ビュアンは胸を張る。自分が努力して創ったものを、誰かが認めてくれる。初めての感覚だった。
そんな時、予定より早くニコラの乗った馬車が到着した。それと同時に、妖精の氷は皆で食べきってしまっていた。
「どうしよう? ビュアン様……」
「いいわ。あの老婆たちにも、今日だけ特別に、私の姿を見せてあげる」
「ありがとう」
ニコラは、メグミに押された車椅子で、静かにテントに入ってきた。
「ばぁば、リコの店にようこそ。今日は、ばぁばに特別のかき氷をプレゼントしまーす」
その言葉と共に、妖精が姿を現した。創り出された氷の結晶に、リコが白蜜をそっとかける。まるで、祝福の儀式のように。
ニコラは、かき氷をほんの一口だけ口に運ぶ。
「ああ、最後に良いものをもらったよ」──しわがれた声が、精一杯の力で空気を震わせた。
「何言ってるの、ばぁば。私が、この島から旅立つまで生きてよ!」
ニコラは妖精に深く会釈をし、そっとノルドとリコの手を握った。その手はとても温かく、そして、どこか儚かった。
※
一方、カノンは大観衆に紛れて、もう一度だけ、息子のガブリエルの姿を見ようとしていた。ふと、隣の観客が持っていた新聞に目を奪われる。
それは、シシルナ島新聞の夏祭り号外だった。裏面にはイベントのスケジュールと屋台の紹介、そして表紙には──聖女様特集。いや、正確には聖女様の「随行員」特集で、大きな似顔絵とインタビュー記事が紙面を飾っていた。
「すみません。その新聞、譲っていただけませんか?」
「悪いね、姉ちゃん。これは記念だから……新聞屋の子供が配ってたよ」
カノンはその情報を頼りに、新聞を売る小さな子を探す。声をかけようとした瞬間──「やっと見つけた!」と声がした。セイだった。
「はいどうぞ!」セイは、得意げに新聞を手渡す。
カノンはそれを受け取ると、セイの声すら耳に入らないほどに記事へ没頭した。チラリとしか見られなかったガブリエルの似顔絵。そして、彼のこれまでの生き方、今の暮らし、全てが丁寧に書かれていた。まるで、彼女が知りたかった紙面だった。
カノンは、目を潤ませながら読み終え、新聞をそっと胸に抱いた。
「ありがとう。私に……届けてくれて」
「ははは、喜んでもらえて何よりです。まあ、こんな記事にするとまでは言ってなかったんですけどね」
「じゃあ……騙したの?」
「人聞きが悪いですよ、カノンさん。俺はガブリエルの友達です。あいつは、あなたに知ってほしかったんですよ。だから、俺に話したんです」
カノンは、静かに頭を下げた。
そのとき、そっと腕を握られた。「そろそろ聖女様が壇上に姿を現す時間よ。もっと、見やすい場所へ行きましょう」
それはセラの声だった。
「でも……」
「最前列に、あなたのための席を取ってあるの。行きましょう」セラの後ろから、グラシアスも現れて、カノンを挟むように歩き出した。
その席は、貴賓席。特別に準備された、母と息子が再会するための、ほんの小さな舞台だった。
※
「じゃあ、ばぁば、私たちの歌声を聴いててね。行こう、ノルド」
「えええ、俺も……」
「アマリが頑張るんだよ。ノルドも頑張らないと!」
リコはノルドの手を引っ張って、丘の上から駆けていく。ノルドは小さくため息をついたが、その足取りに、どこか誇らしさが混じっていた。
まもなく、ネフェル聖女の登場に先立ち、讃美歌の合唱が始まる。今回は、アマリとニコラ・ヴァレンシア孤児院の子供たち、そしてノルドが舞台に立つ。
アマリは、深く息を吸い込み、静かにステージ中央へ進む。その顔には、幼い頃から声を出すのが苦手だった少女の、強い決意が浮かんでいた。周囲を囲む子供たちも、その姿に背筋を伸ばす。
彼女はリコとノルドのほうをそっと振り返り、少しだけ笑ったあと、観客に向かって丁寧に一礼する。そして、ゆっくりと顔を上げた。
広場には、夜の帷がゆるやかに降り始めており、空の色と共に観客の喧騒も静まっていく。ひとつの咳払いがかすかに響いたあと、全体がしんと息をひそめた。舞台の空気が、澄んだ水のように澄み渡っていく。
「全員、起立してください。私の後について、歌唱してください」
アマリの声が、澄んだ鐘のように響く。小さな身体から放たれたその言葉には、静かだが確かな力が宿っていた。ノルドは一歩横に並びながら、気づかぬうちに胸を張っていた。
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