シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
114 / 238
外伝

ウインマレ

しおりを挟む

「マルティリアの精霊の木よ、あなたに私が名前をつけましょう」
「名前……?」

「そう、名前よ。海風の木――ウインマレ。どう?」

 ビュアンはずっとこの瞬間を夢見ていた。名前を持たぬ精霊木に、自分の言葉で呼びかける日を。木の周りをくるくると飛びながら、返事を待つ目はきらきらと輝いていた。

「ありがとう!」
「よかった」

 ビュアンは嬉しそうに頷き、暗い空に向かって祈りを捧げた。

「我が父にして、我らが精霊の王よ。傷ついた我が名付けの子、ウインマレにその力の一片を御示しください。そしてこの森の精霊の子よ、現れて親愛を示しなさい」

 雷ではなく、光の筒が天から降り注ぎ、ウインマレを照らす。時を同じくして、隠れていた森の精霊の子たちが現れ、精霊木の周囲をくるくると回り始めた。

 ウインマレは喜びの声を上げ、みるみるうちに生命力を取り戻していった。精霊の木が、生きることに希望を持ち、自ら魔力を生み出しているのがわかる。

「元気出た? ウインマレ!」
「ありがとう、ビュアン様、みなさん!」
「ふふふ、じゃあ、また明日くるわね! 大人しくしててね!」

 そう言って、ビュアンはノルドの肩に、自慢げに腰を下ろした。
「お疲れ様。大活躍だね、ビュアン」
「ほっておけないもの。疲れたから、甘いもの食べたいな」

「私も……」穴掘りに疲れたリコが叫ぶ。
「ワオーン!」ヴァルは「お肉」と言っているらしい。

 きっとサルサは、こうなることを最初から予想していたんだろう――ノルドはそんな気がした。

「ああ、でも……帰っても薬作りが待ってるんだよな……眠いなあ」

 森を抜け、キサラギの館へ戻ると、朝の漁港の風景が見えた。支援船が入港し、村民たちの姿も戻ってきている。死んでいた村が、生き返ったようだった。

 ノルドたちは目を細め、景色を見つめた。
 そこには、確かに「生きよう」とする気配が、息づいていた。

「良かったね。じゃあ、ケーキとお肉の報酬をもらって、部屋で食べよう!」

 ノルドたちは足早に、館の中へと入っていった。

 ノルドが薬剤室にある簡易ベッドで目を覚ました。部屋にはもう、リコやヴァルの姿はなかった。陽はすでに大きく傾き、窓から射す斜光が棚の薬瓶をやわらかく照らしていた。

 彼は一人、昼過ぎまで黙々と製薬作業に没頭して仮眠を取ろうとして……

「おはよう、ノルド」

 眠たげな声とともに、ビュアンが姿を現す。彼女も昨夜、薬作り――という名のお喋りをして、最後まで付き合っていた。
 森に入ると、湿った空気の中で、遠くから羽音が裂けるのが聞こえた。

 魔烏の群れとの戦闘――いや、討伐が行われている。
 キサラギとヴィスコンティ姉弟が連携し、一羽ずつ着実に魔烏を仕留めていた。
 マルカスが先行して敵影を察知し、サルサが拘束魔法で動きを封じ、キサラギの魔弓が容赦なく撃ち抜く。

「こいつらのせいだ……っ!」
 キサラギの矢には、魔力だけでなく、深く燃える怒りが宿っていた。矢がその想いごと空を切り裂いていく。

「そろそろ終わりにしよう。全滅させてはいけない。……お前らが見回りサボったから、魔烏が増えたんだからな」

 ニコラは軽口ではあったが、そこには確かな指導の意志があった。
 ノルドは軽く会釈し、言葉少なにエルフツリーの元へと向かう。
 幹の周囲には魔烏の死骸がいくつも転がり、リコとヴァルが手際よく後始末をしていた。

「あっ、ノルド起きた!」
 リコが手を振る。ヴァルはノルドの姿にぱたぱたと尻尾を振った。

「ビュアン様、来てくれた!」
 ウインマレ――エルフツリーの声がかすかに揺れた。喜びに満ちた、けれどまだどこか弱々しい声だ。

「まったく、甘えん坊なんだから。でも……元気になったわね」

 ビュアンがそっと微笑む。
 根元には、まだわずかに汚れた魔力が染み出していた。けれど、その色は明らかに薄れている。森の空気も、わずかに清らかさを取り戻しつつあった。

 ビュアンとウインマレが静かに言葉を交わす間に、ノルドは手元の瓶を取り出す。
 香りを確かめると、慎重に最後のポーションを木の根へと注ぎ込んだ。

「……これで、もう大丈夫かな」

 彼の手は、昨日のように震えていなかった。呼吸も、森と同じように静かだった。
 ポーションは、もうすぐ不要になるだろう。むしろ邪魔になるかもしれない。それは治ったということだ。

 夜の帳が降りると、森の奥に微かな光が灯った。
 昨日は、ビュアンの呼び出しだったが、今日は何も言わずとも、精霊の子たちがそっと姿を現す。

「現金な子たち……でも、ウインマレ、怒らないであげて」
 ビュアンが静かに告げる。

「汚れた魔力のそばにいると、精霊だって病気になるの。みんな、怖かったのよ」
「……うん。もう、わかってる。ちゃんと、わかってるよ」

 ウインマレの声は、ほんの少し照れていた。
 そのとき、精霊の子たちがふわりと明るく輝いた。


『ごめんね、一人にして』
 それは、風に紛れて届いた、かすかな謝罪のようだった。
 夜の森に、静かな祝福が満ちていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

クラスまるごと異世界転移

八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。 ソレは突然訪れた。 『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』 そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。 …そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。 どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。 …大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても… そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

処理中です...