寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ

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トラウマ

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「でっ、ディーガは居なくて代わりに『血染めの狼王』がシュネッちと居て、そのまま付いてきたっと。……流石のネズミ様にも理解出来ないねぇ。」

やっとネズミの寝ぐらにて、ひと息つき、事の顛末を話すとぐぬぬッと頭をひねって話を聞いていたネズミがお手上げだと手を挙げた。


シュネーは部屋でこんこんと寝ている。

カッコウに見せた所、毒は身体の筋肉を弛緩させるもの。自身の力で身体は動かせないが、身体に害はないとの事。

直ぐに解毒剤を調合して渡してくれた。解毒剤飲んでいれば自宅療養でも大丈夫との事で、シュネーの精神面も考えて出来るだけ見慣れた場所での療養を選んだ。



『血染めの狼王』は離れず今もシュネーを守っている。ネズミも人食いの魔獣が甲斐甲斐しく守る姿に目を丸くする。

「愛かねぇ? もしや、あの魔獣の命を昔、シュネッちが救ったとかそういう運命的なもんだったりして…。」

「どうする? そうだったらどうする? 」とニヤニヤとネズミが新たな恋敵の出現に面白がっている。僕だって流石に魔獣すらも恋敵になり得るとは思わなかった。

「今日で三日眠ってっけど、大丈夫かねぇ。」

「身体より精神の問題よねん。」

クジャクが僕達の分のお茶も淹れて、椅子に座る。心配でシュネーの部屋の扉は開けっ放しなのでここからでもシュネーの寝顔が見える。

意識がないがシュネーは気付くと泣いている。ただでさえ、同性に触られるのさえも拒絶するのにディーガに何処までシュネーはされたのだろう。最後までされていたらシュネーの精神はもう壊れているかもしれない。

いや、最後までされなくても乱暴に扱われた後を見れば十分シュネーは……。


ふと、赤髪のシュネーの同僚の騎士を思い出す。

シュネーとは同い年で一番シュネーと仲のいいアルヴィンという赤髪の騎士。彼は『刑受の森』への流刑に同行した時、僕を睨んでいた。

「……アイツはアンタが思ってる程強くない。」

それを忘れるなと怒気溢れる表情でアルヴィンは、僕の胸ぐらを掴もうとしていた自身の手を抑えていた。

「……持ってないものだらけだ。オマエがアイツの主人なら埋めてみせろ。アイツがオマエを選んだなら応えてやれ。」

あの時、彼の言葉を、生きる事を受け入れられていない僕は理解出来なかった。

だってシュネーは十分強い。
王だろうが宰相だろうが戦ってみせる。自身が恐れるものさえも抗い、何とかしてみせる。僕にないものを、僕にない強さをシュネーは持ってる。

でも最近彼の言葉の意味がよく分かる。

シュネーは強くない。
人より無理出来てしまうだけで。人より我慢出来てしまうだけで。

しかもシュネーは人を頼る事が苦手だ。

弱音だって心の中に押し込めてしまう。でもそれだって限界がある。どんなに押し込めたって限界はやってくる。

壊れるのは時間の問題だ。


ー 僕は何をやっていたのだろう。

僕が主人なのに二歳も年上なのに、シュネーの心を受け止められていない。弱音を引き出せていない。

どうすれば君を安心させられるのか。
どうすれば君の心の傷を少しでも癒してやれるだろうか。



『君もおいでよ。』

あの日のエリアスがそう言って私に手招きする。あの光景が未だに私は怖くて怖くて堪らない。

逃げても立ち向かってもそれは目の前にあって、エリアスからフェルゼン、フェルゼンからディーガに変わるだけ。

ずっとあの日のエリアスのようになりたくないと思っていた。あの日のエリアスを嫌悪していた。

それでも私は求めてる。
リヒトの温もりを。

それはあの日のエリアスと変わらないんじゃないだろうか。私はあの日のエリアスになってしまったんじゃないだろうか。

エリアス達がそんな私を嘲笑う。怯えて震える私に『君もおいでよ。』とエリアスの手が、フェルゼンの手が、ディーガの手が、伸びてくる。





「シュネー……。」


「シュネーッ!!! 」


霞む視界にリヒトの必死な表情が映る。リヒトが何度も私の頰に触れ、顔を濡らすものを手で拭う。

「大丈夫だよ。ここにはディーガもフェルゼンもエリアスもいない。今ここにいるのは僕とシュネーだけだ。」

このやり取りも何度目だろう。

夜になると私は悪夢を見て、夜泣きする。泣きながら色々と叫んでいるみたいで何時もリヒトが悪夢から引き戻し、慰める。

夜泣きするって赤ん坊かよ。
私は何処まで情けなくなっていくのだろう。


ー 昼間は普通なんだけどな。

トラウマは以前と変わらない。
昼間は以前の私と変わらない。
だが、夜になると途端に全てが噴き出し爆発する。

涙だって止めたいのに止まらない。

ー オマエは何しにここに来た? リヒトを死なせない為だろう。

そう何度も自身に言い聞かせるのに泣きじゃくり続ける。我ながら呆れる。

子供が親に甘えるみたいにリヒトの腕の中で泣きじゃくる。腕の中にいると安堵感があり、もっと甘えたくなってしまう。この腕の中から離れたくないと思ってしまう。

ー 何、護衛対象に甘えてんだよ。オマエは馬鹿だ。護衛失格だ。

そう何度も罵るが効果がない。
疲れるまで泣きじゃくり、疲れるとプツンッと糸が切れたように今度は何も夢見る事なくリヒトの腕の中で眠る。
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