寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ

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今度は

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勇猛果敢に戦っていた筈のシュネーがそこにはいない。

援軍を呼び、シュネーの元に帰ってきた筈なのに馬に乗った黒装束の男がぐったりと動かないシュネーを抱えて森の中へと消えてしまった。

「最初からシュネーちゃんが狙いだったとか? 」

「あり得るわねん。引っ掻くだけ引っ掻き回して…。あの子狙うって事はディーガの手先でしょうねん。」

キツネとクジャクが苦い表情で馬が走り去った森を見やる。そしてクジャクは追い掛けて走っていってしまいそうな僕を手下に捕縛させた。

「ちったぁ、落ち着きなさいん。アンタが行ってどうするのん? あの子が連れていかれたのはディーガの根城よん。」

「でも、でもシュネーがッ!! シュネーはッ、シュネーは、同性に触られるのだけで怯えるのに…。助けないと!! 」

「落ち着きなさいん!! 」

バシンッと容赦なく僕の頰をクジャクが叩く、そして身体を持ち上げるように胸倉を掴んだ。

「別に見捨てるって言っちゃあいないでしょん!! 罪人のわっちだってねん。庇ってくれた相手見捨てる程腐っちゃあいないわんッ。腐っても元傭兵、元武人ッ。依頼主とのいざこざでこんなトコ居るけどねん。そこは忘れちゃあいないわん!! 」

キッと何時もと違い漢気溢れる表情でクジャクが睨む。

てっきり、クジャクは助けに行くのに労力を割いてくれないだろうと思っていた。死なないから諦めろと言われると思っていた。


「なぁーら、さっさと助けに行こぉ!! ここはオイラが守ってるからよぉ。」

病室で寝ている筈のネズミがカラカラと笑いながらカッコウに姫抱き状態でやってくる。カッコウの顔は心底嫌そうでネズミはそんなカッコウの表情にもツボってる。
ネズミの登場で場の空気が少し軽くなる。

「その状態でわっちの留守を守る気ん? 」

「オイラ専門飛び道具だから大丈夫でい!! キツネも連れてってオーケーよ。この天才に任せんしゃい!! 」

にんまりと笑うネズミに気が抜けたのかクジャクの胸倉を掴む手が緩む。地面にへたり込む僕にネズミが立てと手を差し出す。

「リヒッちゃんは決して弱くはない。リヒッちゃんにはリヒッちゃんなりの強さがある。それは誰にも劣らない。」

「……ネズミ。」

「だからさぁ、クジャク。」

「分かってるわよん。そもそも連れてくつもりよんッ!! 見境なく突っ走ろうとしたから頭にきただけよん。キツネ!! 」

「うへぇ、敵本陣にカチコミ!? 正気!? 」

「そもそも横っ面叩かれて泣き寝入りなんてガラじゃないわん。弱肉強食。やられっ放しの弱者になるなんてゴメンよん。」

立ち上がるとネズミにそっと背中を押し出された。ニッと笑う表情に僕の騒ついていた心が少し軽くなった気がした。

ネズミはきっとここに居るべき人間じゃない。こんな人が罪人の筈がない。以前全て嘘だと言われたネズミの昔話。きっと、あれは全て本当の事なのだろう。


クジャクとブツブツ文句を言いながらキツネがディーガの根城に向けて歩き出す。ネズミに押されてその後に続いた。



初めて見た『レヒト』の町は『リンク』と比べると荒れた所だった。

路地裏には死体が転がり、町の建物自体はしっかりとしたログハウス風なのに何処か寂れて汚い。

いばり散らして町を闊歩しているものもいれば、痣だらけの身体を抱きしめて震えているものもいる。

こうしてもう一つの町を見るとクジャクがどれ程、上手く町を統治し、目を掛けているか分かる。統治者の違いが顕著に町の雰囲気に出ている。

「この町を越した森の奥にディーガの根城があるわん。」

クジャクは町の惨状には一瞥もくれず、歩き続ける。

ディーガは統治者なのに町に住んでいない。時折、気晴らしに暴れるだけ暴れて町民から色々と巻き上げ帰るだけだ。

それは統治というにはあまりにも稚拙。基本的に水面下で町を回しているのはヤマネコ。それでも町としてギリギリ成り立つ程度でそれ以上の事はしない。

「酷い……。」

「まあ、罪人の町ならこっちの方が正常だと思うけど? 俺達全員人殺しだからね。」

キツネが何の感慨もなくそう言い放つ。

弱肉強食。

分かっている。
ここは本来ならば罪人の死に場所で、魔獣に喰い殺されるのを待つ場所。それが罪人同士になっただけだ。

彼等は犯してはいけない罪を犯した。
罪もない人の命を奪い、誰かの幸せを奪いここに来たのだ。それが喰い殺される事なく生きている方が罪深いのかもしれない。


だが……。

そもそもシュネーは罪人ですらない。
僕のように冤罪を掛けられてここに処されたのではない。ただ僕を死なせない為に全てを捨てて付いてきてくれた。

本当であれば今頃シュネーは気心知れた友人達と学園で楽しい日々を送っていた筈だ。騎士の仲間に可愛がられてその輪の中で笑っていた筈だ。

それでも全てを懸けて生きる意味を与えてくれた。
それでも全てを懸けてもう一度立ち上がる勇気をくれた。

だから今度は僕があげたいんだ。
僕が今度は君を支えたい。
君の横で君を守りたいんだ。



やっとディーガの根城に着いたのは日が落ち掛けていた頃だった。三人でどう見張り達を何とかして忍び込むか考えていた矢先、事態は想像もつかない方向へ転がっていた。


ディーガの部下達が身体を千切られて転がっている。

まだ息があり呻き声をあげるもの。絶命しているもの。辺りは血の海で死体と千切れた身体が散乱していた。

その光景に吐き気を催したが、何とか耐えた。しかし、吐き気を耐えると最悪の光景が頭を過る。

「魔獣に襲われたようねん。」

ディーガの根城の扉を開けると中にも死体が転がっている。キツネはゴクリと唾を飲み、僕が想像した最悪な情景を口から吐き出す。

「まさか、ディーガに食われたんじゃなくて、魔獣に喰い殺されたりしてないよね、シュネーちゃん。」

本当に何があったのだろう。
たまたまシュネーを攫った日に、ディーガの部下を簡単に殺す事が出来る凶暴な魔獣に根城が襲われるなんて。これは偶然なのだろうか。

「せめて、ディーガが連れて逃げてれば良いんだけどねん。」

クジャクが眉間に皺を寄せ、鼻をつまむ。部屋の中は血生臭く。流石のキツネ達も顔を真っ青にしていた。

一つ一つ部屋をチェックしていくとディーガの部屋と思われる他の扉とは違い凝った装飾ついた扉が現れた。

扉を開くとむわんっとさらに濃い血の臭いが鼻をつく。そして誰かの腕が扉の先に転がっていた。

「ッツ!? 」

部屋の真ん中に所々赤く染まった白く天蓋付きの大きなベッドが鎮座していた。ベッドの上には爛々と目を光らせる血に飢えた魔獣と魔獣に抱き込まれて白い肢体を曝け出し横たわるシュネーの姿があった。

「シュネー!! 」

「「『血染めの狼王』!? 」」

シュネーは名を呼ばれてもピクリとも動かなかった。一瞬最悪な結果が頭を駆け巡ったが、閉ざされた瞳からは絶えずポロポロと涙が流れている。死んではいない。

それでも絶えず流れるその涙と身体に所々残る赤い痣が痛々しく。シュネーが酷い目にあったのは間違いない。

「シュネー。」

シュネーに駆け寄ろうとしたが、クジャクが僕の首根っこを掴み止められる。

「アホ!! 『血染めの狼王』が見えないのん!? 殺されるわよん!! 」

「でもシュネーがッ!! 尚更、尚更早く助けないと!! 」

『血染めの狼王』を睨むと『血染めの狼王』もこちらを睨んだ。しかし、『血染めの狼王』は睨むだけで襲い掛かってきたりはしない。

ピタリとシュネーの身体に身を寄せ、寧ろシュネーを僕達から守るように庇い、唸り声を上げる。

「どういう事ん? 」

状況が飲み込めず、クジャク達は困惑する。あの惨状を作り出したであろう魔獣が何故かシュネーを守るように立ち回っているように見えるからだ。

血に染まった尾が優しくシュネーの身体を撫でる。まるで愛おしんでいるように。


「僕にシュネーを渡して『血染めの狼王』。」

意を決してそう声を掛けると『血染めの狼王』は品定めするように僕を見た。負けじと『血染めの狼王』から目を離さず、語り掛ける。この魔獣はどうやら僕の想いが分かっているようだから。

「シュネーは毒を盛られてる。身体もきっとボロボロだ。君じゃ手当て出来ないだろう? 君はシュネーが好きなんだろう? 」

「グルルッ。」

「好きなら。シュネーを助けたいなら僕に渡してくれないかな。僕達ならシュネーを助けられる。シュネーの涙を止めてみせるから。」

ゆっくりと近付くと『血染めの狼王』は警戒したが、警戒しただけで噛み付こうともしない。

「君も分かってるんでしょ。君と同じで僕がシュネーを愛している事。僕はシュネーに危害を加える人間じゃない事。」

『オマエは助けられるのか? 』
そう『血染めの狼王』に問われた気がした。僕が頷くと、『血染めの狼王』は警戒を解いた。

シュネーを抱き上げると『血染めの狼王』はベッドから飛び降り、心配そうに抱き上げられたシュネーを見上げた。

「シュネー。」

呼び掛け、シュネーの涙に濡れた頰に口付けを落とす。すると誰の声か分かるのかポロポロと流れていた涙が大粒へと変わる。

「もう、大丈夫だから。ごめんね。」

「ーーッ。ーー。」

パクパクと声の出ない口でシュネーが誰かを呼ぶ。その口は「り…ひ…と。」と動いているように見えた。思わず悔しくて申し訳なくて辛くて悲しくて、名を呼ばれた事が嬉しくて涙が零れおちる。

「大丈夫。もう離さないから泣かないで。」

そう声を掛けるとシュネーは泣いていたがそれでも安心した表情を浮かべていた。その表情を見た『血染めの狼王』は少し不貞腐れた表情を浮かべる。まるで好きな子を取られて嫉妬するように。

「何なのよん。もう…訳が分からないわん。」

クジャク達はそのありえない異様な光景にただ彼等を見ていた。
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