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応接間に入ると、手前のソファに父が座っていて、奥の席に座っていた長身の男性が立ち上がる。黒っぽい上質そうな礼装が私の目に飛び込んできた。
バクバクと自分の心臓が鳴っているのが分かる。
ど、どうしよう、ダメだ。
魔物の群に対峙した時より緊張しているかもしれない。
私は緊張で顔を上げられず、目が泳いでいるのを隠すように、すぐにスカートの裾をつまみ、そのまま腰を下げて礼をする。
「お初にお目にかかります。フローレンス子爵家の長女、イヴリンと申します。この度は、遠路はるばるお越し下さり、ありがとうございます。…大変遅くなりましたが、先だってお話を頂いた折にはご無礼を致しましたことを、深くお詫び申し上げます。…」
頭の中に用意しておいた挨拶を述べた。
情けないことにちょっと手が震えている。
頭を下げたままでいると、ゆったりと響く足音が近付いてきて目の前で止まる。
ふわり、とほのかに芳しい香りがする。
あれ、この香り、どこかで…
「ご丁寧なあいさつをありがとう。
隣国のベルファスト伯爵家から参りました。
アーサーと申します。」
え…?
反射的に顔を上げる。
「こう改まって会うのも、お互い調子が狂うな。」
目の前にはあの日、別れを告げたはずの黒豹の獣人が、はにかむように微笑んでいた。
「あーさ…?」
えっと、すごく似てる?いや本人だよね?それとも私はまだベッドの中で寝てる?
真っ白にショートした頭は、目の前の光景を全力で夢として処理しようとしている。
いつも無造作なサラサラの髪はきっちりと整えられ、上品な艶のある生地で仕立てられた礼服に袖を通してタイを締めた彼は、戦士の精悍さを残しつつも華やかで洗練された色気を漂わせている。
…ていうか本当に誰!?!
そんな姿にもやっぱり現実感は湧かない。
しばらくそのまま固まっていると、やれやれと言ったため息とともに優しい声が降ってくる。
「名前くらいは聞いておいてって言ったのに。
いちおう家同士が主導で進めている話だったから、非公式な場所で持ちだして話が混線するのもどうかと思って触れないようにしていたんだけど…。
やっぱり気付かなかったね。」
「ちゃ…ちゃんと書類は見た!けど名前、アルサール・ベリアル=ファウストって書いてあった…。」
アーサーは、あーなるほどと口に手を持っていき、笑いをこらえるように言った。
「それね、『アーサー・ベルファスト』って読むんだ。この国と俺の国だと少し綴りが違うから、分からなかったんだな。
そう言われれば俺も、騎士団の入隊証にはこの国の綴りで登録したし。
驚かせて、すまなかったな。」
「ふぁ…!?」
…顔から火が出るほど恥ずかしい。二の句が継げないとはこのことだ。
ていうか、ベリアル=ファウストって言ってる人、私だけじゃなかったよ!?
どうもこの国では、彼の家名は本来の音であるベルファストではなく、綴りをそのまま自国語の音に当てはめた読み方も通っているような気がする。
…目の前の男性は、やっぱり私の知っているアーサーなんだ。
「重ね重ねのご無礼を…無学な娘で、心よりお詫び申し上げます。」
父は私を促して2人で頭を下げようとしたが、アーサーは慌ててそれを制す。
「無学など、とんでもないです。
お嬢様は古今の戦術や幅広い知識を学び極められて、難しい戦局でも貴重な意見を多く頂けました。
彼女なくして、今の騎士団はあり得なかった素晴らしい人です。
今後も何か必要なことがあれば、すぐに修められていかれることと信じております。」
「淑女として至らぬばかりですが、そのようなお言葉を頂けてもったいない限りです。
娘と話が噛み合わないと思っていたのですが、やはり2人は騎士団で知り合いでしたか。」
父は安心したようにアーサーと和やかに会話を交わし、あとは2人で積もる話もあるだろうからと言い残して、メイドがお茶を運んできたタイミングで応接間を出てしまった。
バクバクと自分の心臓が鳴っているのが分かる。
ど、どうしよう、ダメだ。
魔物の群に対峙した時より緊張しているかもしれない。
私は緊張で顔を上げられず、目が泳いでいるのを隠すように、すぐにスカートの裾をつまみ、そのまま腰を下げて礼をする。
「お初にお目にかかります。フローレンス子爵家の長女、イヴリンと申します。この度は、遠路はるばるお越し下さり、ありがとうございます。…大変遅くなりましたが、先だってお話を頂いた折にはご無礼を致しましたことを、深くお詫び申し上げます。…」
頭の中に用意しておいた挨拶を述べた。
情けないことにちょっと手が震えている。
頭を下げたままでいると、ゆったりと響く足音が近付いてきて目の前で止まる。
ふわり、とほのかに芳しい香りがする。
あれ、この香り、どこかで…
「ご丁寧なあいさつをありがとう。
隣国のベルファスト伯爵家から参りました。
アーサーと申します。」
え…?
反射的に顔を上げる。
「こう改まって会うのも、お互い調子が狂うな。」
目の前にはあの日、別れを告げたはずの黒豹の獣人が、はにかむように微笑んでいた。
「あーさ…?」
えっと、すごく似てる?いや本人だよね?それとも私はまだベッドの中で寝てる?
真っ白にショートした頭は、目の前の光景を全力で夢として処理しようとしている。
いつも無造作なサラサラの髪はきっちりと整えられ、上品な艶のある生地で仕立てられた礼服に袖を通してタイを締めた彼は、戦士の精悍さを残しつつも華やかで洗練された色気を漂わせている。
…ていうか本当に誰!?!
そんな姿にもやっぱり現実感は湧かない。
しばらくそのまま固まっていると、やれやれと言ったため息とともに優しい声が降ってくる。
「名前くらいは聞いておいてって言ったのに。
いちおう家同士が主導で進めている話だったから、非公式な場所で持ちだして話が混線するのもどうかと思って触れないようにしていたんだけど…。
やっぱり気付かなかったね。」
「ちゃ…ちゃんと書類は見た!けど名前、アルサール・ベリアル=ファウストって書いてあった…。」
アーサーは、あーなるほどと口に手を持っていき、笑いをこらえるように言った。
「それね、『アーサー・ベルファスト』って読むんだ。この国と俺の国だと少し綴りが違うから、分からなかったんだな。
そう言われれば俺も、騎士団の入隊証にはこの国の綴りで登録したし。
驚かせて、すまなかったな。」
「ふぁ…!?」
…顔から火が出るほど恥ずかしい。二の句が継げないとはこのことだ。
ていうか、ベリアル=ファウストって言ってる人、私だけじゃなかったよ!?
どうもこの国では、彼の家名は本来の音であるベルファストではなく、綴りをそのまま自国語の音に当てはめた読み方も通っているような気がする。
…目の前の男性は、やっぱり私の知っているアーサーなんだ。
「重ね重ねのご無礼を…無学な娘で、心よりお詫び申し上げます。」
父は私を促して2人で頭を下げようとしたが、アーサーは慌ててそれを制す。
「無学など、とんでもないです。
お嬢様は古今の戦術や幅広い知識を学び極められて、難しい戦局でも貴重な意見を多く頂けました。
彼女なくして、今の騎士団はあり得なかった素晴らしい人です。
今後も何か必要なことがあれば、すぐに修められていかれることと信じております。」
「淑女として至らぬばかりですが、そのようなお言葉を頂けてもったいない限りです。
娘と話が噛み合わないと思っていたのですが、やはり2人は騎士団で知り合いでしたか。」
父は安心したようにアーサーと和やかに会話を交わし、あとは2人で積もる話もあるだろうからと言い残して、メイドがお茶を運んできたタイミングで応接間を出てしまった。
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