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「イヴ…っ、…っありがとう。」
アーサーの顔がくしゃりと歪む。
「私の方こそ、…ずっと傍にいてくれてありがとう。」
私は涙を拭うと、照れ隠しのようにへにゃりと笑う。
彼は無言で両腕を私の背中にまわして、優しく私を抱き寄せた。
心臓の鼓動は更に早まるが、彼の大きな身体にやさしく包み込まれる感覚は、胸に喜びと安心感をじんわりと沁みわたらせていき、自然と涙がぽろぽろとこぼれてくる。
…ずっと前、心のどこかでじくじくと痛む傷を誰にも見られないよう、自分からも見えないよう、胸に鋼の鎧を被せ、剣を握りしめることを決めた。
そうしたら、日々の中で痛みは気にならなくなっていった。もう完治して乗り越えられたんだと思っていた。
でも叶わない想いが同じ場所を抉り、麻痺していただけだった痛覚を呼び起こされると、そこには前と変わらない傷口がぱっくりと口を開けていた。
深く刻まれていると思っていたそんな傷が、彼の想いに触れて初めて、まるで垢のようにするりと涙で洗い流されていくような感覚に満たされていく。
「アーサー…本当にありがとう…。」
私は無意識にもう一度呟くと、彼はそれに答えるようにさっきよりも力強く私の身体を抱きしめ、言葉にできない想いを交わすようにお互いの体温を分け合った。
ふと目線を上げると、ふわっと前髪がくすぐりあうように触れた。
鼻先が触れ合いそうな距離に、少年のように笑顔をほころばせたアーサーの顔がある。
太陽にかざした貴石のように煌めく潤んだ瞳、頬を赤らめて微笑む唇が、喜びに打ち震えながら向けられている。
「ち…近い…ね。なんか…恥ずかしい。」
今まで見たこともないような彼の表情が眩しくて直視できず、私はとっさに持っていた花に目線を落とす。
軽く身じろぐが、まわされた逞しい腕はびくともしない。
「イヴ、かわいい。…こっち向いて。」
彼は私の手の中に収まっていた花をそっと抜き取りテーブルの上に置くと、片方の手を腰に回し、もう片方の手は指を絡ませ合うように私の手を握った。
「君とこうしていられるなんて、夢みたいだ。」
「…うん。…」
それは私のセリフだよと言いたかったけれど、慣れない体勢に固まってしまった口は思うように動かず、やっとのことで頷く。
「…本当に良かったよ。
もし、ここで君に断られていたら、俺は国に戻ってから別の人と政略結婚を進めることが決まっていたんだ。
君の除隊を知った俺の家は、このまま俺が君に見限られることも視野に入れて動いていたんだ。今日の縁談がダメなら、もう待てないと最後通告が来た。
…家としては、俺がおかしくなってしまう前に、なんとか後継ぎだけは残さなければいけなかったからね…。」
「…うん…っえぇ!?」
知らないところで、そんな話に!?!?
突然アーサーの口から明かされたとんでもない事情に驚き、至近距離にいることも忘れて彼をまじまじと見てしまう。
…でもそういえば、いつか聞いたことがある。
番と結ばれなかった獣人は、それでも番に焦がれたまま、徐々に精神のバランスが崩れていってしまうと…。
だから相手が首を縦に振らなかった時、引き下がれない獣人も多いと聞く。
アーサーの家は、今日の縁談がうまくいかなかった場合、彼がまだ元気なうちに血筋を残すことを優先したのかもしれない。
「な、なんでそんな大事なこと、それならすぐ教えてくれれば…」
「言えるわけないだろう。…そんな話を聞かせて、もし君にその気がなかったとしたら、だから俺のもとへ来てくれと無理に迫るようなものだ。」
そう言うと彼は再び私をぎゅっと抱きしめる。
「でも、縁談は嫌なら断ればいい…って言ったのは、さすがに格好つけすぎたよ。
…どれだけこの日を待ちわびたか。
命の危険もある場所で、触れることもできずに君を見ているしかなかった毎日に、最初は気が狂いそうだった。
何度、連れ去りたい衝動を抑えてきたか分からない。
それなのに、俺の隣に立つのが君じゃなくなるかもしれないなんて…考えただけで耐えられなかった。」
「アーサー…」
アーサーの顔がくしゃりと歪む。
「私の方こそ、…ずっと傍にいてくれてありがとう。」
私は涙を拭うと、照れ隠しのようにへにゃりと笑う。
彼は無言で両腕を私の背中にまわして、優しく私を抱き寄せた。
心臓の鼓動は更に早まるが、彼の大きな身体にやさしく包み込まれる感覚は、胸に喜びと安心感をじんわりと沁みわたらせていき、自然と涙がぽろぽろとこぼれてくる。
…ずっと前、心のどこかでじくじくと痛む傷を誰にも見られないよう、自分からも見えないよう、胸に鋼の鎧を被せ、剣を握りしめることを決めた。
そうしたら、日々の中で痛みは気にならなくなっていった。もう完治して乗り越えられたんだと思っていた。
でも叶わない想いが同じ場所を抉り、麻痺していただけだった痛覚を呼び起こされると、そこには前と変わらない傷口がぱっくりと口を開けていた。
深く刻まれていると思っていたそんな傷が、彼の想いに触れて初めて、まるで垢のようにするりと涙で洗い流されていくような感覚に満たされていく。
「アーサー…本当にありがとう…。」
私は無意識にもう一度呟くと、彼はそれに答えるようにさっきよりも力強く私の身体を抱きしめ、言葉にできない想いを交わすようにお互いの体温を分け合った。
ふと目線を上げると、ふわっと前髪がくすぐりあうように触れた。
鼻先が触れ合いそうな距離に、少年のように笑顔をほころばせたアーサーの顔がある。
太陽にかざした貴石のように煌めく潤んだ瞳、頬を赤らめて微笑む唇が、喜びに打ち震えながら向けられている。
「ち…近い…ね。なんか…恥ずかしい。」
今まで見たこともないような彼の表情が眩しくて直視できず、私はとっさに持っていた花に目線を落とす。
軽く身じろぐが、まわされた逞しい腕はびくともしない。
「イヴ、かわいい。…こっち向いて。」
彼は私の手の中に収まっていた花をそっと抜き取りテーブルの上に置くと、片方の手を腰に回し、もう片方の手は指を絡ませ合うように私の手を握った。
「君とこうしていられるなんて、夢みたいだ。」
「…うん。…」
それは私のセリフだよと言いたかったけれど、慣れない体勢に固まってしまった口は思うように動かず、やっとのことで頷く。
「…本当に良かったよ。
もし、ここで君に断られていたら、俺は国に戻ってから別の人と政略結婚を進めることが決まっていたんだ。
君の除隊を知った俺の家は、このまま俺が君に見限られることも視野に入れて動いていたんだ。今日の縁談がダメなら、もう待てないと最後通告が来た。
…家としては、俺がおかしくなってしまう前に、なんとか後継ぎだけは残さなければいけなかったからね…。」
「…うん…っえぇ!?」
知らないところで、そんな話に!?!?
突然アーサーの口から明かされたとんでもない事情に驚き、至近距離にいることも忘れて彼をまじまじと見てしまう。
…でもそういえば、いつか聞いたことがある。
番と結ばれなかった獣人は、それでも番に焦がれたまま、徐々に精神のバランスが崩れていってしまうと…。
だから相手が首を縦に振らなかった時、引き下がれない獣人も多いと聞く。
アーサーの家は、今日の縁談がうまくいかなかった場合、彼がまだ元気なうちに血筋を残すことを優先したのかもしれない。
「な、なんでそんな大事なこと、それならすぐ教えてくれれば…」
「言えるわけないだろう。…そんな話を聞かせて、もし君にその気がなかったとしたら、だから俺のもとへ来てくれと無理に迫るようなものだ。」
そう言うと彼は再び私をぎゅっと抱きしめる。
「でも、縁談は嫌なら断ればいい…って言ったのは、さすがに格好つけすぎたよ。
…どれだけこの日を待ちわびたか。
命の危険もある場所で、触れることもできずに君を見ているしかなかった毎日に、最初は気が狂いそうだった。
何度、連れ去りたい衝動を抑えてきたか分からない。
それなのに、俺の隣に立つのが君じゃなくなるかもしれないなんて…考えただけで耐えられなかった。」
「アーサー…」
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