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そう言うと、アーサーはゆらりと小首をかしげる。
切れ長の瞳は切なげに潤み、整った唇はまた何かを言いたげに微かに開いて、言葉を発することなく閉じていく。
「…っそ、そのことば、って…?」
何かを訴えるような彼の艶やかな表情に圧倒され、私は思わずゴクリと喉を鳴らし、どう答えて良いか分からず曖昧に笑う。
アーサーはそっと私の手を離すと、意を決したように右ポケットに挿さっていた一輪の花を丁寧に取り出した。
ふわりと花弁が揺れ、記憶を呼び起こす爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
これまで彼の話に付いていくのに精一杯で気に掛ける余裕がなかったけれど、思い返せば今日の彼は最初からこの香りを纏っていた。
「その花、は…」
凛と咲く白い花。
これは…間違いない、騎士団から発つ日の朝、私がアーサーの部屋に残した花…。
それを裏付けるように、彼は花を見つめながら口を開いた。
「君が宿舎を出た日の朝、俺の部屋に置いていった花と同じものだ。
この花は、俺の国では大切な人に想いを伝える時に一輪を渡して、結ばれれば2人の婚儀を飾る花にもなる。それ以外は使われない特別なものなんだ。
この国でも、好意を表すと聞いている…。」
私は目を瞠る。予想を裏切って、アーサーはこの花の意味を当然のように知っていた。そして獣人の国では、この国以上に大事な象徴として扱われているようだった。
驚いたまま無言で固まってしまった私を見て、逆に彼は、私がこの花の意味を知らなかったと思ったのだろう。
黒い耳と尻尾が悲しそうにぺしゃりと伏せられ、表情はみるみるうちに不安に染まる。
「…君にとっては、そんなつもりはなかったかもしれない。
でも君の気持が分からなかった俺にとっては、君の心にも俺の存在が残っていてくれているのではと、…花の意味に縋らずにはいられなかった。
…今日は、俺からもこの花を贈りたいと思って持って来たんだ。」
湧き上がる緊張を押しのけるように、彼は大きく息を吐く。
そして静かに居住まいを正すと、私に向き直った。
「イヴリン・フローレンス嬢…。
もし、ほんの少しでも、俺のことを憎からず思ってくれているなら、どうかこの花とともに俺の気持ちを受け取ってほしい。
俺と…婚約してもらえないだろうか。
君を愛している。一生、大事にしたい。
これからは騎士団の仲間としてではなく、生涯の伴侶として、傍にいて欲しい。」
祈るように、一輪の花が差し出された。
眼前で楚々と揺れる白い花。
その光景はあの日の朝、部屋に残した一輪と重なる。
あの花は、私の代わりに彼を爽やかな香りで起こして、その役目を終えたら、いつの間にか枯れていったのだろうと思っていた。
思って、いたのに…。
不意に鼻の奥がツンとする。
こみ上げてくる涙を必死に抑えながら、花を持つ彼の手を、今度は私の両手がゆっくりと包み込む。
「ビックリした…
アーサーの方が、この花をよく知ってるんだね。」
感極まって声が微かに震えてしまう。
「…私は番じゃないから、ずっと一緒にはいられないだろうと思ってた。
あの花は、これで自分の気持ちも終わりにしなきゃと思って、置かせてもらっただけなんだ。」
「!イヴ…それは…」
アーサーが紅潮した頬で瞳を輝かせる。
一筋の涙が頬を伝うのもそのままに、私も彼を見つめた。
「アーサー・ベルファスト様…、
…私でよければ、謹んでお受けいたします。
その、これからも…よろしくお願いします。」
白い花を受け取り、そっと胸に抱いた。
切れ長の瞳は切なげに潤み、整った唇はまた何かを言いたげに微かに開いて、言葉を発することなく閉じていく。
「…っそ、そのことば、って…?」
何かを訴えるような彼の艶やかな表情に圧倒され、私は思わずゴクリと喉を鳴らし、どう答えて良いか分からず曖昧に笑う。
アーサーはそっと私の手を離すと、意を決したように右ポケットに挿さっていた一輪の花を丁寧に取り出した。
ふわりと花弁が揺れ、記憶を呼び起こす爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
これまで彼の話に付いていくのに精一杯で気に掛ける余裕がなかったけれど、思い返せば今日の彼は最初からこの香りを纏っていた。
「その花、は…」
凛と咲く白い花。
これは…間違いない、騎士団から発つ日の朝、私がアーサーの部屋に残した花…。
それを裏付けるように、彼は花を見つめながら口を開いた。
「君が宿舎を出た日の朝、俺の部屋に置いていった花と同じものだ。
この花は、俺の国では大切な人に想いを伝える時に一輪を渡して、結ばれれば2人の婚儀を飾る花にもなる。それ以外は使われない特別なものなんだ。
この国でも、好意を表すと聞いている…。」
私は目を瞠る。予想を裏切って、アーサーはこの花の意味を当然のように知っていた。そして獣人の国では、この国以上に大事な象徴として扱われているようだった。
驚いたまま無言で固まってしまった私を見て、逆に彼は、私がこの花の意味を知らなかったと思ったのだろう。
黒い耳と尻尾が悲しそうにぺしゃりと伏せられ、表情はみるみるうちに不安に染まる。
「…君にとっては、そんなつもりはなかったかもしれない。
でも君の気持が分からなかった俺にとっては、君の心にも俺の存在が残っていてくれているのではと、…花の意味に縋らずにはいられなかった。
…今日は、俺からもこの花を贈りたいと思って持って来たんだ。」
湧き上がる緊張を押しのけるように、彼は大きく息を吐く。
そして静かに居住まいを正すと、私に向き直った。
「イヴリン・フローレンス嬢…。
もし、ほんの少しでも、俺のことを憎からず思ってくれているなら、どうかこの花とともに俺の気持ちを受け取ってほしい。
俺と…婚約してもらえないだろうか。
君を愛している。一生、大事にしたい。
これからは騎士団の仲間としてではなく、生涯の伴侶として、傍にいて欲しい。」
祈るように、一輪の花が差し出された。
眼前で楚々と揺れる白い花。
その光景はあの日の朝、部屋に残した一輪と重なる。
あの花は、私の代わりに彼を爽やかな香りで起こして、その役目を終えたら、いつの間にか枯れていったのだろうと思っていた。
思って、いたのに…。
不意に鼻の奥がツンとする。
こみ上げてくる涙を必死に抑えながら、花を持つ彼の手を、今度は私の両手がゆっくりと包み込む。
「ビックリした…
アーサーの方が、この花をよく知ってるんだね。」
感極まって声が微かに震えてしまう。
「…私は番じゃないから、ずっと一緒にはいられないだろうと思ってた。
あの花は、これで自分の気持ちも終わりにしなきゃと思って、置かせてもらっただけなんだ。」
「!イヴ…それは…」
アーサーが紅潮した頬で瞳を輝かせる。
一筋の涙が頬を伝うのもそのままに、私も彼を見つめた。
「アーサー・ベルファスト様…、
…私でよければ、謹んでお受けいたします。
その、これからも…よろしくお願いします。」
白い花を受け取り、そっと胸に抱いた。
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