天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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家基が毒キノコを食した時期を推理する

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 それから意知おきともはそのシロタマゴテングタケ、それにドクツルタケの毒性の症状しょうじょうについて、善之よしゆきくわしい説明を求めた。

「さればシロタマゴテングタケにしろ、ドクツルタケにしろ、いや、この国では蝦夷えぞにしか自生じせいしていないタマゴテングタケにしろ、その症状しょうじょうは同一にて…、されば摂食せっしょく後、三刻(約6時間)から一日後に嘔吐おうと腹痛ふくつう下痢げりなどの消化器しょうかき症状しょうじょう現出げんしゅつし…」

「それで死にいたると?」

 意知おきともさきまわりしてそう尋ねると、善之よしゆきかぶりを振った。

「いや、それからさらに半日後から一日後に一時いっとき快復かいふくしたように見える時期がありましてな…」

一時いっとき…」

 意知おきともがその言葉をり返すと、善之よしゆきは「ええ」とうなずいてみせた。

「それはつまり、まこと快復かいふくなどしていないにもかかわらず、そう…、快復かいふくしたように見える、と?」

 意知おきともが確かめるようにそう尋ねると、善之よしゆきは「左様さよう…」とり返した後、

「さればこれをにせ快復かいふく期を称し申す…」

 そう補足ほそくしたのであった。

「さればその…、偽物にせもの快復かいふく、それを…、その期間を過ぎれば再び、苦しむことになる、と?」

「ご明察めいさつ。さればにせ快復かいふく期…、意知おきとも殿が申されし偽物にせもの快復かいふく期間は1日から長くて3日程度ていどに過ぎず、さればそれを過ぎれば…、すなわち、1日後、遅くとも3日後には再び毒の症状しょうじょうが、さればかんぞうあるいはじんぞう異常いじょう現出げんしゅつ、それからさらに1日後には意識いしき混濁こんだくとなり、そうなればもって2日、遅くとも一週間後には…」

 善之よしゆきがそこで言葉を区切ったので、意知おきともがその先を引き取った。

「死にいたる、と?」

左様さよう…、されば大納言だいなごん様が亡くなられたのは…」

「安永…、いや、2月の24日の昼の四つ半(午前11時頃)にて…」

「24日の昼の四つ半(午前11時頃)ですか…、それではそれより2日前から…」

 善之よしゆきがそう言いかけると、意知おきともがやはりさきまわりして答えた。

「されば大納言だいなごん様の意識いしき混濁こんだくせしは2日前のやはりちょうど昼の四つ半(午前11時頃)にて…」

 意知おきともがそう答えると、善之よしゆき意知おきともの年齢について尋ねた。

「されば16歳にて…」

 意知おきとも家基いえもと行年ぎょうねんを教えると、善之よしゆきは、「ああ、やはり…」と声を上げた。

「ああ、やはり、とは?」

 意知おきともが尋ねた。

「さればこの毒は若ければ若いほど、まわりが早いと申すものにて…」

成程なるほど…」

「されば22日の同じく昼の四つ半(午前11時頃)より大納言だいなごん様の意識いしき混濁こんだくし始めたということは、それよりもさらに1日前に…」

「1日前と申せば21日…、されば21日に品川の東海寺にて急の腹痛ふくつうに襲われたらしく…」

 やはり家基いえもとたかりにしたがった目付めつけがそんなことまで、それこそ家基いえもとが苦しむのを横目に、日記に記録しており、そのおかげ意知おきともはこうして正確な情報を得ることが出来、やはりさきまわりして答えることが出来たのであった。

「その急の腹痛ふくつうこそが、じんぞう、あるいはかんぞう異常いじょうによる痛みだったと…」

 意知おきともがそうつぶやくや、「左様さよう…」という善之よしゆきの声が聞かれた。

「されば21日にじんぞう、あるいはかんぞう異常いじょうからくる痛みに襲われ始めたということは、その前に最大で3日、最少で1日の快復かいふく…、偽物にせもの快復かいふく期間があったはずにて…」

 善之よしゆきよりそう示唆しさされ、意知おきともは当時のことを…、家基いえもとが死ぬ間際まぎわのことを思い出そうとつとめた。

「されば…、前日の20日には大納言だいなごん様には特に異変いへん見受みうけられませなんだ…」

 20日…、2月の20日と言えば有徳ゆうとくいんすなわち、将軍・家治が崇拝すはいしてやまない、八代将軍・吉宗の祥月しょうつき命日めいにちに当たり、何よりまなむすめであった萬壽ます姫の命日に当たるため、そこで安永8(1779)年の2月20日には東叡とうえいざん寛永かんえいまつられている有徳ゆうとくいんこと八代将軍・吉宗の霊廟れいびょうには意知おきともの父、意次を代参だいさん…、将軍・家治が己の代わりに意次を東叡とうえいざん寛永かんえいへと差し向け、有徳ゆうとくいんこと八代将軍・吉宗が眠る霊廟れいびょうもうでさせたのであった。

 それと同時に、同じく東叡とうえいざんまつられている萬壽ます姫こと乗台じょうだいいん霊牌れいはいじょには松平まつだいら右京うきょう大夫だゆう輝高てるたか阿部あべ豊後守ぶんごのかみ正允まさちかの両名を代参だいさん…、松平まつだいら輝高てるたかは家治の代わりとして、一方、阿部あべ正允まさちか家基いえもとの代わりとして、それぞれ東叡とうえいざんへと参り、乗台じょうだいいんこと萬壽ます姫の眠る霊廟れいびょうにて行われる法会ほうえに参加したのであった。

 八代将軍・吉宗の霊廟れいびょうには家治が意次を代参だいさん…、己の代わりにもうでさせ、一方、萬壽ます姫の霊牌れいはいじょにて行われた法会ほうえには家治はさらに松平まつだいら輝高てるたかを、一方、家基いえもと阿部あべ正允まさちかをそれぞれ差し向けてその法会ほうえに参加させたのは、将軍・家治と次期将軍・家基いえもと、それぞれの意思による差配さはいと言うよりはすべて将軍・家治の差配さはいであった。

 つまり家基いえもとの代わりに阿部あべ正允まさちか東叡とうえいざんへと差し向け、そこに眠る乗台じょうだいいん霊牌れいはいじょにおいて行われた法会ほうえ阿部あべ正允まさちかを己の代わりに参加させたのも、家基いえもと差配さはいではなく、父・家治の差配さはいによるものであった。
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