握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透

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入試のあの子

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 大学の正門まで迎えに来てくれていた養父の姿を見つけ、足早に駆け寄る。
「康介、お疲れさま」
 養父の松雲しょううんが朗らかに笑う。いつも通りの着物姿だから、やたらと目立っている。現に受験生もその親もみんながちらちらと彼を見ている。康介は小さく苦笑した。
「おや、何だか浮かない顔ですね。試験は難しかったのですか?」
 康介の表情を明後日の方向に勘違いしたようで、彼は心配そうに康介の顔を覗き込んだ。
「いや、うーん……」
「煮え切らない返事ですね。まぁ、康介はあれだけ頑張っていたのですから、後はなるようになれば良いくらいの気持ちでいれば大丈夫ですよ」
「うん」
 正直、試験の内容なんてほぼ覚えてなかったし落ち込んでいるのも全く別の事についてなのだけど。それを言ってしまうとゲンコツを食らうこと請け合いなので、神妙な顔で返事をしておいた。
「さ、取り敢えず今は駅まで急ぎましょう。電車が行っちゃいます」
「そうだな」
 県外から受験しに来ているので、これから電車に乗って家まで帰らなくてはならない。大きな荷物を抱えた二人は駅へと向かう歩調を速めた。
「よかった、間に合ったみたいですね」
「つーかまだ電車来てすらねェけど」
 駅に着き、改札を抜けてホームに出たが、まだまだ時間に余裕がある。どうやら急ぎすぎたようだ。康介はふぅっと息をついた。早足で歩き続けたせいで速くなった鼓動を、何度か深呼吸を繰り返して落ち着かせようとする。
 そのとき、ふと視界の隅に捉えた人影。ハッとして顔を上げる。
 そこにいたのは、あの前の席の彼だった。
 同じように大きな荷物を抱えながら、向かいのホームに立っている。俯き加減だから表情までは見えないが、纏う雰囲気から彼だと分かる。
 凛と伸びた背中。スラリと長くしなやかな脚。やっぱり、綺麗だ。
 夕陽に照らされてたった一人で佇む彼は、オレンジと黒のコントラストによって神秘的ですらあった。その姿を見つめていると、また動悸が激しくなってくる。さっき深呼吸で落ち着けたはずの心は、今回も彼によってその効果が薄れてしまった。
 ぶっきらぼうだけど、優しい彼。
 もっと彼を見ていたい。話してみたい。……もっと彼を知りたい。
 そんな願いが胸の中でむくむくと膨らんでいく。康介は学制服の心臓あたりをぎゅっと掴んだ。
 不意に鳴り響く、電車の到着を告げるベルの音。ハッと我に返る。
 大きな音を立ててホームへ滑りこんだ電車が連れてきた風が制服の裾を弄ぶ。もう彼の姿は電車に遮られて見えなかった。
 間抜けな音と共に目の前で開いたドア。
 だけど、足が動かない。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。そう思うと、動けなかった。
「康介? どうかしましたか?」
 松雲が問い掛ける声が、随分近くで聞こえた気がした。
「ううん、何でもねぇよ」
 からからに乾いた口で、やっとのことでそれだけ答える。それから、重い足を何とか地面から引き剥がす。
 やっと乗り込んだ電車の中、熱心に窓の外を眺める。
 やっと見つけた、彼の姿。その風に靡く黒髪も、涼しい目元も、凛とした立ち姿も、その全てを瞳に焼きつけようとする。試験の結果次第で、もう二度と、会うことが出来ないかもしれないから。考えたくない未来だけど、入試の倍率だって低くはないのだ。どうなるかなんて誰にも分からない。康介は冷たい窓にふれた左手をぎゅっと握りしめる。
 発車の合図を告げた後、ゆっくりと電車が動き出す。少しずつ遠くなっていく彼を必死になって見つめていると、ふいに彼と目が合った。あ、と思うのと同時に、彼の顔にも驚きに似た色が走る。目を少し見開いて口を「あ」の形に開けた彼の姿を捉えた次の瞬間には、速度を上げた電車によってたちまちその姿は見えなくなってしまった。
 あの反応を見るかぎり、彼も自分のことを覚えていてくれたらしい。康介はぎゅっと心臓を掴まれたような気分になった。
 飛ぶように後ろへと流れてゆく景色をぼんやりと眺めていると、松雲が不思議そうに顔を覗き込んだ。
「随分と熱心に窓を見ていますね。何か面白いものでもあるんですか」
「……べつに、そんなんじゃないけど」
「何はともあれ、今日から君は自由の身です。お祝いにお寿司でも食べに行っちゃいましょう」
 平生なら何事にも動じない康介がいつになく神妙な様子だから、松雲はなにやら勘違いをしているらしい。ぱっと明るく笑ってみせる彼につられるように、康介も顔を綻ばせる。
 やれることはやりきった、はずだ。あとは無事に大学で再会できるよう祈るしかない。
 康介は膝の上の両手をそっと握りしめた。
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