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入試のあの子
③
しおりを挟むそれからの日々は飛ぶように過ぎていった。
これまでの勉強漬けの日々の反動からしばらくダラダラとして過ごし、そうしている間に卒業式も終わっていた。
そしていつの間にやら、運命の分かれ道。合格発表の日がやってきたのである。
大学のホームページを立ち上げ、特設された合格発表のサイトを開く。松雲はと言えば、ドキドキするので康介が先に見てください、とか何とか言って違う部屋で待機している。確かに、一人で見る方が自分のタイミングで見られるから良いのだけれど。
康介は震えそうになる指を何とか動かして、合格者の受験番号が書かれたPDFファイルを開いた。ずらりと並んだ数字を辿り、自分の番号を探し出す。
心臓がばくばくと音を立てる。喉がカラカラに乾いている。見たいような、見たくないような。期待と恐怖とが入り混じった複雑な気持ちで指を動かしてゆく。
やがて受験番号と上二桁が一致する行に辿り着いた。ごくりと唾を飲み込み、恐るおそる画面をスクロールして。
見つけた、自分の番号。
信じられない気持ちで手元の受験票を確認するも、そこに示された番号は紛れもなく画面にある。
何度もなんども確認して、ようやくじわじわと実感が湧いてくる。
受かった。本当に、受かったのだ。
康介は思わずはぁっと大きく息を吐いた。身体中から力が抜けていく。
「こ、康介? どうでしたか?」
待ちきれなくなって隣の部屋から出てきた松雲が、襖の隙間から顔を覗かせている。普段は飄々としているくせに、珍しく眉毛を下げて不安そうな表情を浮かべている。おかしい気持ちになりながら、康介はぐっと親指を立てて見せた。
すると松雲は、さっきの康介と同じようにふにゃりと力の抜けた笑顔になった。よかった、よかったと呟きながら、着物の袂を振り回してぴょこぴょこと飛び跳ねる。
「良かった、本当に良かった。よく頑張りましたね、康介」
何度もなんども繰り返しそう告げながら、松雲は康介の肩を叩いた。
「さ、明日からはまた忙しくなりますからね」
「え、なんで」
「決まっているでしょう、引っ越しの準備ですよ。新居を決めて家具を揃えて、あっ、入学の手続きなんかもしなくちゃいけませんね」
指折り数えていた松雲は、でも、と言ってくるりと振り返った。
「今日のところはまずお祝いをしましょう!いっぱいご馳走を用意しなくちゃね」
「うん、ありがと」
足取り軽く松雲が部屋から出て行くと、康介はもう一度スマホの画面に視線を落とした。あの綺麗な黒髪の彼の番号を確かめるためである。
彼は康介の前の席に座っていたのだから、受験番号も康介の一つ前だろう。
康介は祈るような気持ちで、自分の番号の一つ上の番号を確認した。
果たしてそこに、彼の番号はあった。
よかった。よかった。
ぐっと息が詰まる。喜びが熱となって身体中を駆けめぐる。ついさっき、自分の受験番号を確かめたときと同じくらい嬉しい。思わず顔がにやけてしまう。
これで、また会える。
二人が合格した大学は国立なので、よほどのことがない限り彼もこの大学に進学してくるはずだ。
また会える。今度はちゃんと言葉を交わしたい。仲良くなりたい。もっとたくさん、彼を知りたい。
こんな熱烈な気持ちははじめてだった。
松雲からも友人からも、淡々としていると評されることが多い康介は、自分のなかに生まれた鮮烈な感情が新鮮だった。なんとなく面映ゆい気持ちになり、ひとり苦笑する。
四月の入学式が楽しみで楽しみで仕方ない。
まあその前に、松雲の言う通り下宿するアパートを探したり手続きをしたりと、やらなければならない煩雑なことは山積みなのだけれど。それでも、四月を迎えるため、新しい生活を迎えるためだと思えば全然苦じゃないどころか、むしろ楽しいことのように思えてくる。
康介はキラキラとした目を窓の方へと向けた。外では春を迎えたばかりの澄んだ青空が輝いている。
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