握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透

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口実カレー

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 数秒後、ドアの隙間から顔を覗かせた涼は驚いたように片眉を上げた。
「どうかした?」
「いや、えーと」
 訝しげな表情を浮かべる涼に、康介は思わず口ごもってしまう。
 勢いだけで誘いに来てしまったが、いきなり食事に誘うのはやっぱり迷惑だろうか。嫌な顔をされたらどうしよう。弱気な考えが黒い影のように次々と頭をよぎる。康介は両手の指先をすり合わせた。
 ごくりと唾を飲み込み、思い切って口を開く。
「カレー、作りすぎちゃったんだけどさ。もしよかったら一緒に食べない?」
 もごもごと告げると、意表を突かれたように涼が目をぱちくりとさせた。慌てて言葉を付け足す。
「いやっ、もうご飯の準備してるなら全然構わないんだけどさ! もしよかったら、だから!」
 わたわたと手を振りながら言いつのる。
 すると涼は、ぷっとおかしそうに吹き出した。
「うん。まだ全然準備してなかったから、お言葉に甘えてごちそうになるよ」
 その言葉に、康介は光が射したように顔を綻ばせた。
「ほ、ほんと!?」
「ああ。康介の部屋に行けばいい?」
「うん! あっ、ごめんちょっとだけ待って、軽く部屋の掃除するから」
「べつに気にしねぇよ」
「俺が気にするの! だから十分だけ待って」
「分かった」
 涼が頷いたのを見届けて、康介はすぐさま自室へと駆け戻った。
 ドアを閉めた後、康介は思わず「よし!」と力強いガッツポーズをしていた。これから、この部屋に涼が来る。この部屋で一緒にご飯を食べるのだ。そう考えると、どうしたってドキドキと胸が弾んでしまう。締まりのない顔をそのままに、康介はドタバタと部屋の片付けに取り掛かった。
 床に散らばる本や教科書を部屋の隅にまとめて、掃除機をかけて。料理は好きだが掃除は苦手なせいで、部屋はいつだって綺麗とは言えない状態なのだ。
 必死で部屋を片し、ふう、と息をついたところでちょうどインターホンが鳴り響いた。慌てて玄関に飛んでいきドアを開ける。
「もう入っていいか?」
 小首を傾げてみせる涼はいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。おそらく掃除機の音が止まったタイミングで訪ねてきたのだろう。必死になって部屋を片付けている様子が筒抜けだったのかと思うと、少し気恥ずかしくていたたまれない気持ちになる。
 康介はぽりぽりと頬をかきながら「うん、どうぞ」と頷いて彼を招き入れた。
「お邪魔します」
 部屋に上がった涼は、キッチンに充満するカレーの匂いに鼻をひくつかせて「すげえ、うまそう」とこぼす。康介は胸中でまたガッツポーズをした。
「今支度するから、座って待ってて」
「何か手伝おうか」
「いや、大丈夫。俺から招いたんだし、お客さんにそんなことさせられないよ」
 首を振ると、涼は大人しくカーペットの上に腰を下ろした。所在なさげに、部屋のあちこちに控えめな視線を向けているのが、子どものようで可愛らしい。胸がキュンとうずいてしまう。にやけそうな顔を隠すため、康介は慌ててキッチンへと向かった。
 どんぶりによそったカレー二つと大皿に盛ったもやしの玉子炒め、それからサラダをテーブルの上に並べる。ほかほかと湯気をたてる目の前のカレーに、涼がごくりと喉を鳴らした。続いてクゥ、と控えめに響いたのはおそらくお腹の音だろう。恥ずかしそうに頬を染めながら目を伏せる彼に、思わず口元が緩んでしまった。
「どうぞ、召し上がれ」
「……いただきます」
 スプーンを手に取ってカレーをひと口頬張った涼を、康介はドキドキしながら見つめる。

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