握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透

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口実カレー

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 ごくん、と飲み込んだ涼は、わずかに眉尻を下げた。康介の顔を見て、ふっと息をこぼすように笑う。
「すげえ、美味しい」
 ゆっくりと噛みしめるように告げられる。
「ほんと?」
「うん、ほんとに美味いよ」
 いつもは涼しげな瞳が今はきらきらと子どものように輝いていて、きっと本心だろうと思わせるような説得力がある。康介はホッと胸を撫で下ろした。
「野菜がとろとろなのも肉にウィンナー使ってるのも、俺は好きだな。すげえ美味しい」
 もぐもぐとせわしなく口を動かす様子がどこか小動物のようで可愛い。次々とスプーンを口に運ぶ涼の姿に、面映ゆい気持ちで胸のあたりがむずむずとする。
 康介もスプーンを手に取り、カレーを食べる。野菜にもカレーの味がしっかり染み込んでいて、手前味噌だが美味しい。野菜を小さめに切り、とろける寸前まで煮込むという作り方は、松雲に教えてもらったものだ。また、ウィンナーを入れるというのも松雲の好みだ。いつでも着物をまとい落ち着いた物腰をしているくせに、松雲の味覚は案外お子様なのである。
 一緒に暮らすようになってしばらく経った頃に初めて教えてもらった料理だから、このカレーは康介にとって思い出深いものであり、また得意料理のひとつでもある。それを褒めてもらえたことは、康介にとってひどく嬉しいことだった。
 ほこほこと心を浮き立たせながら、馴染みの味を口いっぱいに頬張った。

「はあー、お腹いっぱい」
 すっかりカラになったどんぶりとお皿を見下ろしながら、康介はぱんぱんに膨らんだ腹を撫でた。おかわりを二回もしてしまったのでちょっと苦しいくらいだ。最初は遠慮していた涼も、「まだまだたくさんあるから、おかわりしてくれた方が嬉しいかな」と言えばおずおずとどんぶりを差し出してくれた。涼も康介と同じだけおかわりをしてくれたので、やっぱり気に入ってもらえたようだ。
「ごちそうさま、すげえ美味かった」
 満足そうな声で告げられ、康介はぽりぽりと頭をかいた。
「へへ、ありがとう。お粗末さまです」
「料理、得意なんだな」
「まあ、一人暮らしする前からずっと料理は俺の役目だったから」
「そっか、すごいな」
 一瞬ちらりと康介の目を見た涼は、ふっとその目を細めて笑った。
「涼はあんまり料理しないほう?」
「うん。あんまりしたことない」
「ご飯どうしてるの?」
「だいたいいつもレトルトとか、インスタントとかかな」
 長い脚を折り曲げて膝を抱えた涼は、その上にこてんと頭を乗せた。子どものようなその様子が可愛くて胸がキュンと音を立てる。
「そうなんだ」
「今日も袋ラーメンで済ませるつもりだったから、こんな美味いカレーが食えるなんて思わなかった」
 上目遣いでそう告げた涼は、それからにこっと笑った。
 康介は思わず胸を押さえた。ありがとう、勢いだけで誘いに行った一時間前の自分。よくやった、図太いと言われる自分の性格。自分自身に心の中でグッと親指を立てる。
「気に入ってもらえたみたいで嬉しいよ」
 高鳴る胸の鼓動をひた隠しつつ、平静を装いながら微笑んでみせる。
 とは言え、純粋な好意だけじゃなくて半分くらいは下心が混じっているから、あまり喜ばれてしまうと少し良心が疼いてしまう。康介は小さく目を逸らした。
「それにしてもすごい量だったな」
 涼がカラになったどんぶりを見下ろしながら苦笑をもらした。
「まだ鍋にルー残ってるよ。おかわりする?」
「さすがにもう入らねぇよ」
 ふざけて言うと、涼は呆れたみたいに小さく眉を寄せて笑った。つられるように康介もへへっと笑う。
「実家だとアホみたいに食う人がいるから、そのクセで作ったらこんなことになっちゃったんだよ」
「それって、あの着物の人だろ?」
 涼がぽつりと尋ねる。
「そうそう」
 康介は頷いた。入試のときと引越しのとき、涼は松雲のことを見かけている。
「たしか養父なんだよな」
「うん」
 彼が康介の養父であるということは、前にちょっとした会話の流れで告げている。そのときも、涼はただナチュラルに「そうなんだ」と受け止めてくれた。過剰に驚いてみせたり同情してみせたりしないその態度は、これまで会った誰とも違っていて新鮮で、心地よかった。
「あの人ってさ」
 抱えた脚のつま先をいじりながら、涼が呟く。伏せた長いまつ毛に覆われた瞳は、灰色の靴下に包まれた自分のつま先をじっと見つめている。
 どうしたのだろう。康介は内心で首を傾げた。言おうか言うまいか迷っているような、ずっと遠くを見つめているような涼の目に、少し身が強張る。
 伏せていた目を上げて、涼は康介を見た。
 二つの視線が交わる。

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