婚約破棄された令息の華麗なる逆転劇 ~偽りの番に捨てられたΩは、氷血公爵に愛される~

なの

文字の大きさ
11 / 18

第十章:試練の時

しおりを挟む
昨夜の甘い愛の誓いが、夢だったのではないか……。エリアスは朝の光の中で、まだ熱を帯びた自分の体に問いかけていた。

庭に出ると、花々がいつもより鮮やかに目に映る。
薔薇は香り高く咲き誇り、小鳥たちの歌声も祝祭のように心地よく響いていた。

――アレクシスが、僕を愛していると言ってくれた。

その事実が、彼の心を満たし、世界を輝かせていた。月光の下での熱い抱擁、彼の力強い言葉。
そして自分の口から確かにこぼれた愛の告白。すべてが現実だったのだと、胸の奥が温かく震える。

しかし、その幸福感と同時に、冷たい不安の影が忍び寄るのも感じていた。
ヴィクトルのような高貴な身分の青年がいる中で、自分のような素性の知れないΩが、本当に彼の隣に立つ資格があるのだろうか。

ヴィクトルの美しさ、揺るぎない自信、そして何より、アレクシスと対等に言葉を交わせる血筋の確かさ。
すべてが、今のエリアスには手の届かないものだった。

僕は、彼の重荷になるだけではないだろうか。
その不安を振り払うように、エリアスは庭の手入れに集中しようとした。
だが、心はどうしても昨夜のことばかりを思い出してしまう。

「エリアス」

背後からの声に振り返ると、アレクシスが立っていた。朝の柔らかな光を浴びた彼の姿は、いつもよりずっと穏やかに見える。
銀髪が陽光にきらめき、その神々しいほどの美しさに、エリアスは改めて息を呑んだ。 

「おはようございます。アレクシス」

エリアスの頬に、薄っすらと赤みが差す。
昨夜の出来事を思い出し、急に全身が熱くなるのを感じた。

「昨夜のことだが……」

彼が真剣な面持ちで言いかけた、まさにその時だった。
屋敷のテラスから、ヴィクトルの明るい声が響いてきた。

「アレクシス、朝の散歩に付き合ってくれないかい?君の美しい庭を、ぜひ案内してほしいな」

その声は、親しみに満ちているが、同時にエリアスへの牽制を含んでいるようにも聞こえた。
アレクシスの眉が、わずかに不機嫌に寄せられる。エリアスは、自分がその不機嫌の原因であるかのように感じ、慌てて一歩後ずさった。

「失礼いたします。お客様がお待ちですので」

「エリアス、待て」

アレクシスの制止する声も聞かず、エリアスは足早にその場を立ち去った。
彼の心に、再び暗く冷たい不安の影が広がっていた。昨夜の甘い時間が、急に遠い幻のように色褪せて感じられた。

その日の午後、エリアスの不安は現実のものとなった。彼が庭の奥、薔薇のアーチに囲まれた人目につかない場所で作業をしていると、ヴィクトルが音もなく現れた。
彼は美しい若草色のフロックコートに身を包み、その手にはレースのハンカチを優雅に持っている。

「君がエリアスだね。少し話があるんだ」

ヴィクトルの美しい顔には、完璧な笑みが浮かんでいた。
しかし、そのサファイアの瞳の奥には、氷のような冷たさと、侮蔑の色が宿っている。

「……何でしょうか」

エリアスは作業の手を止め、土に汚れた手を慌ててエプロンで拭った。
ヴィクトルの完璧な美しさと、汚れひとつない高価な衣服の前で、自分の惨めな姿が恥ずかしくてたまらなかった。

「単刀直入に言おう。アレクシスから離れてくれないか」

その言葉は、まるで上質な絹の刃のように、静かに、しかし鋭くエリアスの胸に突き刺さった。

「君のような素性の知れないΩが、あの孤高の公爵様にふさわしいとでも思っているのかい?」

ヴィクトルの言葉は、エリアスの心の最も柔らかく、傷つきやすい部分を的確に抉ってくる。
彼は、エリアスが何を一番恐れているのかを、正確に理解していた。

「見ていれば分かるよ。君がどこの馬の骨とも知れない、身分の低いΩだということが。
アレクシスは優しいからね、君のような哀れな子に同情しているだけなんだ。それを愛情だと勘違いするなんて、滑稽だとは思わないかい?」

エリアスの顔から、さっと血の気が引いた。
もし彼が真実を知ったら……元公爵子息でありながら、偽りの番契約を破棄され、家族に捨てられた忌まわしい過去を知ったら、どんなに嘲笑うだろうか。

「僕とアレクシスは、幼い頃から互いを意識してきた仲なんだ。
家同士も、いずれはという話になっている。君のような存在は、所詮、彼の気まぐれに過ぎない」

ヴィクトルの声には、絶対的な自信と、生まれながらの勝者だけが持つ傲慢さが満ちていた。

「君が本当にアレクシスを想うなら、彼の輝かしい未来を考えるべきだ。
公爵には、公爵にふさわしい、血筋も力もあるパートナーが必要なんだよ。政治的にも、社交界においても、彼を支えられる存在がね」

ヴィクトルの言葉は、冷たい真実としてエリアスの心に重くのしかかった。
確かに、彼の言う通りかもしれない。アレクシスには、彼を支え、共に高みへと上れる相手が必要だ。

自分のような、ただ「恵みの魔法」を持つだけの無力なΩではない。

「君のような存在は、彼の足を引っ張るだけだ。
彼の完璧な経歴に傷をつけることになる。社交界でも笑いものになるだろうね。あの氷血公爵が、得体の知れない庭師のΩに現を抜かしている、とね」

ヴィクトルの美しい唇が、残酷な笑みを形作った。

「それに、君のその過去……何か、よほど人に言えないようなことを隠しているんだろう? 
その目がそう語っているよ。その秘密が白日の下に晒された時、一番傷つくのは誰だと思う?アレクシスだよ」

エリアスの心臓が、恐怖で激しく跳ね上がった。彼は確信を持って、エリアスの弱点を突いてくる。

「よく考えることだね。賢い子なら、正しい選択ができるはずだよ。
愛する人のために、自ら身を引くという、美しい自己犠牲も時には必要だということさ」

ヴィクトルが優雅に踵を返し去った後、エリアスは、その場に崩れ落ちた。
涙が後から後から溢れ出し、土を濡らす。美しく咲き誇る薔薇が、今は彼の絶望を嘲笑っているかのようだった。

僕は、アレクシスの足枷になる……。
ヴィクトルの言葉が、呪いのように頭の中で何度も繰り返される。
愛しているからこそ、離れなければならないのか。彼が本当に幸せになるためには、僕という存在が消えることが最善なのか。

昨夜の幸福が、あまりにも遠い幻だったかのように感じられた。
愛だけでは、身分という越えられない現実の壁を乗り越えることはできないのかもしれない。 

夕日が庭を血のように赤く染める中、エリアスは一人、薔薇に囲まれて泣き続けた。愛する人の未来のために、自分はこの身を捧げ、彼の前から消えるべきなのか。
そんな残酷な決断が、彼の心を容赦なく締め付けていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます

こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

騎士団長を追放した平和ボケ王国は、七日で滅びました

藤原遊
ファンタジー
長らく戦のなかった王国で、 騎士団長の父を病で失った令嬢は、その座を引き継いだ。 だが王城に呼び出された彼女に告げられたのは、 騎士団の解体と婚約破棄。 理由はただ一つ―― 「武力を持つ者は危険だから」。 平和ボケした王子は、 非力で可愛い令嬢を侍らせ、 彼女を“国の火種”として国外追放する。 しかし王国が攻められなかった本当の理由は、 騎士団長家が持つ“戦況を覆す力”への恐れだった。 追放された令嬢は、即座に隣国帝国へ迎えられ、 軍人として正当に評価され、安泰な地位を得る。 ――そして一週間後。 守りを捨てた王国は、あっけなく陥落した。 これは、 「守る力」を理解しなかった国の末路と、 追放された騎士団長令嬢のその後の物語。

悪役令嬢と呼ばれた侯爵家三男は、隣国皇子に愛される

木月月
BL
貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー ※この話は小説家になろうにも掲載しています。

婚約破棄されて追放された僕、実は森羅万象に愛される【寵愛者】でした。冷酷なはずの公爵様から、身も心も蕩けるほど溺愛されています

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男アレンは、「魔力なし」を理由に婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡され、社交界の笑い者となる。家族からも見放され、全てを失った彼の元に舞い込んだのは、王国最強と謳われる『氷の貴公子』ルシウス公爵からの縁談だった。 「政略結婚」――そう割り切っていたアレンを待っていたのは、噂とはかけ離れたルシウスの異常なまでの甘やかしと、執着に満ちた熱い眼差しだった。 「君は私の至宝だ。誰にも傷つけさせはしない」 戸惑いながらも、その不器用で真っ直ぐな愛情に、アレンの凍てついた心は少しずつ溶かされていく。 そんな中、領地を襲った魔物の大群を前に、アレンは己に秘められた本当の力を解放する。それは、森羅万象の精霊に愛される【全属性の寵愛者】という、規格外のチート能力。 なぜ彼は、自分にこれほど執着するのか? その答えは、二人の魂を繋ぐ、遥か古代からの約束にあった――。 これは、どん底に突き落とされた心優しき少年が、魂の番である最強の騎士に見出され、世界一の愛と最強の力を手に入れる、甘く劇的なシンデレラストーリー。

処理中です...