【完結】獣王の番

なの

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第三章:獣の本能とΩの力

第十三話:仕組まれた罠

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二人の奇妙な夜の共犯関係は、誰にも知られることなく続いていた。
昼間は決して交わることのない王と人質。
しかし夜の帳が下りると、二人は書庫という静かな聖域で言葉少なな時間を共有する。それはもはや、彼らにとって欠かすことのできない心を癒すための儀式のようになっていた。

ユリアンは、ライオネルの纏う空気が、以前よりも少しだけ柔らかくなったように感じていた。  
政務の合間に見せる険しい表情は相変わらずだが、ユリアンを避けるような露骨な態度は減り、時折、遠くからその視線を感じることが増えた。その眼差しに宿るのは、もはや冷たい拒絶ではなく、もっと複雑で、熱を帯びた何かだった。

その変化は、城の者たちも敏感に感じ取っていた。
特に、宰相グレンは、王の僅かな変化を見逃さなかった。かつてあれほど頑なにΩの存在を否定していた王が、今やその存在を許容し、むしろ心の拠り所にしてさえいる。グレンは、その事実を静かに受け入れ、二人の関係を密かに見守るようになっていた。

しかし、城内の全ての者が、その変化を好意的に見ていたわけではない。

その日、ユリアンは薬草園の管理を終え、自室に戻るために西塔へと続く長い廊下を歩いていた。時刻は、夕暮れ時。人通りはほとんどなく、廊下には夕陽が長く影を落としている。
角を曲がった、その時だった。
目の前に、数人の屈強な獣人の兵士たちが立ち塞がった。その誰もが、ユリアンに対して剥き出しの敵意と侮蔑の視線を向けている。中心にいるのは、兵士たちの中でも、ひときわ大柄で威圧感のある男が、その場を仕切っていた。

「よう、Ω様のお通りか。近頃、陛下にご執心だと伺っておりますが?」

男は、下卑た笑みを浮かべて言った。周囲の兵士たちも、くつくつと喉を鳴らして笑う。
ユリアンは、相手にせず黙って脇を通り抜けようとした。だが、男は行く手を阻むように一歩前に出る。

「まあ、そう邪険になさるな。我々も、お前に興味がある。陛下を誑かしたその体で、どれほどのものか、確かめさせてはくれまいか?」

「……道を、開けてください」

ユリアンは、静かに、しかし毅然とした声で言った。恐怖で心臓は早鐘のように鳴っていたが、ここで怯えを見せれば相手を喜ばせるだけだ。

「口の利き方を知らんようだな。所詮、男のΩなど、発情してαに媚を売ることしか能のない出来損ないだろうが!」

男がそう言い放った瞬間、カッと頭に血が上った。
何を言われても耐えようと決めていた。だが、その言葉だけは、Ωとして生まれた自らの存在そのものを否定する許しがたい侮辱だった。

「……撤回、してください」

「ああ?なんだと?」

「その言葉を、撤回してください!!」

ユリアンが声を荒らげた、その時だった。
男は、待ってましたとばかりに口の端を吊り上げると、わざとらしく大げさな声で叫んだ。

「ぐわっ!な、何をする!人質の分際で、この私に手を上げるとは!」

男は、ユリアンに突き飛ばされたかのように、派手に後ろへ倒れ込んだ。
もちろん、ユリアンは指一本触れていないが、周囲の兵士たちが一斉に剣を抜いた。

「無礼者!」
「人質の分際で、何をする」
「この場で切り捨てるぞ!」

しまった、罠だ――。

ユリアンが気づいた時には、もう遅かった。
彼らは最初から、自分を陥れるつもりだったのだ。手を上げたという大義名分を作り、それを理由に自分を排除しようとしている。

兵士たちが、じりじりと距離を詰めてくる。抜身の剣が、夕陽を反射して不気味にきらめいた。絶体絶命。ユリアンは、きつく唇を噛みしめ、死を覚悟した。

「――そこで何をしている」

その声が響いた瞬間、場の空気が凍りついた。
地の底から響くような、絶対的な支配者の声。
兵士たちが、弾かれたように声のした方を振り返る。廊下の向こうから、ゆっくりと歩いてくるのは、獣王ライオネルだった。

彼の表情は、見たこともないほどに冷え切っていた。しかし、その奥で、琥珀の瞳は燃えるような怒りの炎を宿している。

「へ、陛下!こ、こ奴が!このΩが、突然私に襲いかかり……!」

兵士が慌てて弁解しようとする。だが、ライオネルは、その言葉を最後まで聞こうともしなかった。

「黙れ、下衆が」

吐き捨てるような一言で、男の言葉を遮る。ライオネルの視線は、兵士たちの背後で震えるユリアンに注がれていた。その瞳に宿る激しい感情。それは、自分の所有物を傷つけられようとしたことに対する、純粋な怒りだった。

「いいか、よく聞け。こいつに指一本でも触れることは、この俺に弓を引くことと同義と知れ」

ライオネルは、その場にいる全ての者に聞こえるように、静かに、しかしはっきりと宣言した。






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