【完結】獣王の番

なの

文字の大きさ
15 / 40
第三章:獣の本能とΩの力

第十四話:王の所有印

しおりを挟む
「――ユリアンは、俺の番だ」

その言葉が廊下に響き渡った瞬間、全ての音が消えた。

兵士たちは、信じられないものを見たかのように目を剥き、顔面蒼白でその場にへたり込んだまま、ただわなわなと震えて剣を取り落としそうになっている。
そして、その言葉を一番信じられない思いで聞いていたのは、他でもないユリアン自身だった。

(……番……?彼が、今……)

耳鳴りがする。心臓が、肋骨を突き破らんばかりに激しく鼓動していた。
これまで「番など認めぬ」と、あれほど頑なに拒絶し続けてきた王が、今、大勢の前で自分を「番だ」と宣言したのだ。

ライオネルは、呆然とするユリアンにゆっくりと近づくと、その細い腕を掴んでぐいと引き寄せた。
突然のことにユリアンはよろめき、彼のたくましい胸に顔を埋める形になる。
むせ返るような濃密なαの香り。それがユリアンの思考を麻痺させた。

「いいか。二度はない」

ライオネルは、ユリアンを腕の中に抱きしめたまま、氷のような視線で兵士たちを睥睨した。

「こいつは、この国の王である俺が選んだ、ただ一人の番だ。こいつを侮辱することは、この俺を、そしてこの獣王国そのものを侮辱することに等しい。次に同じような真似をしてみろ。その時は、全滅させる」

その声には、一切の熱がない。だからこそ、その言葉が揺るぎない真実であることを、その場にいる誰もが理解した。
それは、王としての絶対的な宣告。逆らうことなど、誰にも許されない。

「も、申し訳……ございません……!」

兵士たちは、這いつくばるようにして頭を下げ許しを乞う。ライオネルは、彼らにもう一瞥もくれることなく、ユリアンを抱いたまま踵を返した。

「行くぞ」

有無を言わさぬ力強さで腕を引かれ、ユリアンは夢遊病者のように彼の後をついていく。
背後で、兵士たちが慌てて道を開ける気配がした。もう、侮蔑の視線はどこにもない。そこにあるのは、畏怖と、そして王の番に対する敬意だけだった。

長い廊下を、ただ無言で歩く。
ライオネルの大きな手が、自分の腕を固く掴んでいる。その熱が、じかに肌に伝わってきて、ユリアンの全身を駆け巡った。

連れてこられたのは、ライオネルの私室だった。
これまでユリアンがいた北塔の簡素な部屋とは比べ物にならない、豪奢で広々とした部屋。部屋の中には、まだライオネルの残り香が満ちている。

ライオネルは、部屋に入るなり、乱暴にユリアンの腕を離した。そして、何も言わずに窓辺に立つと、苛立たしげに髪をかきむしる。

ユリアンは、どうしていいか分からず、ただ入り口に立ち尽くしていた。

「……あの……先ほどは、助けていただき、ありがとうございました」

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、震えていた。

「だが、なぜ……あのようなことを……。『番だ』と、仰いました……?」

恐る恐る尋ねると、ライオネルはゆっくりと振り返った。その琥珀の瞳は、激しい感情の嵐で揺らめいている。怒り、戸惑い、そして……後悔。

「……あれは、その場を収めるための、ただの方便だ。勘違いするな」

吐き捨てるように、彼は言った。その言葉に、ユリアンの心はちくりと痛んだ。やはり、そうなのか。ただ、自分を助けるためだけの、嘘。

「ですが……」

「うるさい!」

ライオネルが、感情を抑えきれないように叫んだ。

「お前が!お前が俺を狂わせる!番など認めぬと決めていた俺の信念を、お前という存在が、いともたやすく揺るがすのだ!あの下衆どもがお前に触れようとした瞬間、俺は……俺は、我を忘れた……!」

それは、彼の魂からの叫びだった。
ユリアンを自分のものだと示さずにはいられなかった。あの瞬間、彼の内なる獣が、本能のままに吠えたのだ。お前の番はここにいる、と。

ライオネルは、苦しげに顔を歪めると、数歩でユリアンの目の前まで詰め寄った。そして、その両肩を掴む。

「なぜだ……なぜ、お前なのだ……」

答えを求めるように、その瞳がユリアンを射抜く。
ユリアンは、何も答えられない。ただ、彼の苦しみが、痛いほど伝わってきた。

ライオネルは、まるで何かに耐えるかのように、きつく目を閉じた。そして、次の瞬間、彼はユリアンの顎を掴んで上を向かせると、その唇を乱暴に塞いだ。

「――っ!?」

それは、キスと呼ぶにはあまりにも激しく、荒々しいものだった。
驚きに見開かれたユリアンの唇をこじ開け、ライオネルは貪るようにその内側を味わう。苦しさと、彼の激情と、そしてむせ返るようなαの香りが一気になだれ込んできて、ユリアンの思考は完全に停止した。

それは、まるで所有印を刻み込むかのような支配的で、一方的な口づけ。
お前は俺のものだ、と。
誰にも渡さない、と全身で訴えかけてくるかのようだった。

長い、長い時間が過ぎて、ライオネルはゆっくりと唇を離した。
互いの息が荒く、見つめ合う瞳には、熱っぽい光が宿っている。

「……もう、お前を一人にはしておけん」

ライオネルは、ぜえぜえと息をしながら、低い声で言った。

「今日から、お前はこの部屋で暮らせ。俺の目の届く場所から、一歩も離れるな」

それは、命令だった。
しかし、その声には、もう以前のような冷たさはない。
ただ、手に入れた宝を二度と手放すまいとするかのような、切実な響きが込められていた。

ユリアンは、まだ痺れの残る唇にそっと触れる。
拒絶から始まった二人の関係が、今、大きく、そして決定的に変わろうとしていた。



(第三章 完)

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました

ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。 落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。 “番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、 やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。 喋れぬΩと、血を信じない宰相。 ただの契約だったはずの絆が、 互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。 だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、 彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。 沈黙が祈りに変わるとき、 血の支配が終わりを告げ、 “番”の意味が書き換えられる。 冷血宰相×沈黙のΩ、 偽りの契約から始まる救済と革命の物語。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

オメガのブルーノは第一王子様に愛されたくない

あさざきゆずき
BL
悪事を働く侯爵家に生まれてしまった。両親からスパイ活動を行うよう命じられてしまい、逆らうこともできない。僕は第一王子に接近したものの、騙している罪悪感でいっぱいだった。

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

処理中です...