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第三章:獣の本能とΩの力
第十四話:王の所有印
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「――ユリアンは、俺の番だ」
その言葉が廊下に響き渡った瞬間、全ての音が消えた。
兵士たちは、信じられないものを見たかのように目を剥き、顔面蒼白でその場にへたり込んだまま、ただわなわなと震えて剣を取り落としそうになっている。
そして、その言葉を一番信じられない思いで聞いていたのは、他でもないユリアン自身だった。
(……番……?彼が、今……)
耳鳴りがする。心臓が、肋骨を突き破らんばかりに激しく鼓動していた。
これまで「番など認めぬ」と、あれほど頑なに拒絶し続けてきた王が、今、大勢の前で自分を「番だ」と宣言したのだ。
ライオネルは、呆然とするユリアンにゆっくりと近づくと、その細い腕を掴んでぐいと引き寄せた。
突然のことにユリアンはよろめき、彼のたくましい胸に顔を埋める形になる。
むせ返るような濃密なαの香り。それがユリアンの思考を麻痺させた。
「いいか。二度はない」
ライオネルは、ユリアンを腕の中に抱きしめたまま、氷のような視線で兵士たちを睥睨した。
「こいつは、この国の王である俺が選んだ、ただ一人の番だ。こいつを侮辱することは、この俺を、そしてこの獣王国そのものを侮辱することに等しい。次に同じような真似をしてみろ。その時は、全滅させる」
その声には、一切の熱がない。だからこそ、その言葉が揺るぎない真実であることを、その場にいる誰もが理解した。
それは、王としての絶対的な宣告。逆らうことなど、誰にも許されない。
「も、申し訳……ございません……!」
兵士たちは、這いつくばるようにして頭を下げ許しを乞う。ライオネルは、彼らにもう一瞥もくれることなく、ユリアンを抱いたまま踵を返した。
「行くぞ」
有無を言わさぬ力強さで腕を引かれ、ユリアンは夢遊病者のように彼の後をついていく。
背後で、兵士たちが慌てて道を開ける気配がした。もう、侮蔑の視線はどこにもない。そこにあるのは、畏怖と、そして王の番に対する敬意だけだった。
長い廊下を、ただ無言で歩く。
ライオネルの大きな手が、自分の腕を固く掴んでいる。その熱が、じかに肌に伝わってきて、ユリアンの全身を駆け巡った。
連れてこられたのは、ライオネルの私室だった。
これまでユリアンがいた北塔の簡素な部屋とは比べ物にならない、豪奢で広々とした部屋。部屋の中には、まだライオネルの残り香が満ちている。
ライオネルは、部屋に入るなり、乱暴にユリアンの腕を離した。そして、何も言わずに窓辺に立つと、苛立たしげに髪をかきむしる。
ユリアンは、どうしていいか分からず、ただ入り口に立ち尽くしていた。
「……あの……先ほどは、助けていただき、ありがとうございました」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、震えていた。
「だが、なぜ……あのようなことを……。『番だ』と、仰いました……?」
恐る恐る尋ねると、ライオネルはゆっくりと振り返った。その琥珀の瞳は、激しい感情の嵐で揺らめいている。怒り、戸惑い、そして……後悔。
「……あれは、その場を収めるための、ただの方便だ。勘違いするな」
吐き捨てるように、彼は言った。その言葉に、ユリアンの心はちくりと痛んだ。やはり、そうなのか。ただ、自分を助けるためだけの、嘘。
「ですが……」
「うるさい!」
ライオネルが、感情を抑えきれないように叫んだ。
「お前が!お前が俺を狂わせる!番など認めぬと決めていた俺の信念を、お前という存在が、いともたやすく揺るがすのだ!あの下衆どもがお前に触れようとした瞬間、俺は……俺は、我を忘れた……!」
それは、彼の魂からの叫びだった。
ユリアンを自分のものだと示さずにはいられなかった。あの瞬間、彼の内なる獣が、本能のままに吠えたのだ。お前の番はここにいる、と。
ライオネルは、苦しげに顔を歪めると、数歩でユリアンの目の前まで詰め寄った。そして、その両肩を掴む。
「なぜだ……なぜ、お前なのだ……」
答えを求めるように、その瞳がユリアンを射抜く。
ユリアンは、何も答えられない。ただ、彼の苦しみが、痛いほど伝わってきた。
ライオネルは、まるで何かに耐えるかのように、きつく目を閉じた。そして、次の瞬間、彼はユリアンの顎を掴んで上を向かせると、その唇を乱暴に塞いだ。
「――っ!?」
それは、キスと呼ぶにはあまりにも激しく、荒々しいものだった。
驚きに見開かれたユリアンの唇をこじ開け、ライオネルは貪るようにその内側を味わう。苦しさと、彼の激情と、そしてむせ返るようなαの香りが一気になだれ込んできて、ユリアンの思考は完全に停止した。
それは、まるで所有印を刻み込むかのような支配的で、一方的な口づけ。
お前は俺のものだ、と。
誰にも渡さない、と全身で訴えかけてくるかのようだった。
長い、長い時間が過ぎて、ライオネルはゆっくりと唇を離した。
互いの息が荒く、見つめ合う瞳には、熱っぽい光が宿っている。
「……もう、お前を一人にはしておけん」
ライオネルは、ぜえぜえと息をしながら、低い声で言った。
「今日から、お前はこの部屋で暮らせ。俺の目の届く場所から、一歩も離れるな」
それは、命令だった。
しかし、その声には、もう以前のような冷たさはない。
ただ、手に入れた宝を二度と手放すまいとするかのような、切実な響きが込められていた。
ユリアンは、まだ痺れの残る唇にそっと触れる。
拒絶から始まった二人の関係が、今、大きく、そして決定的に変わろうとしていた。
(第三章 完)
その言葉が廊下に響き渡った瞬間、全ての音が消えた。
兵士たちは、信じられないものを見たかのように目を剥き、顔面蒼白でその場にへたり込んだまま、ただわなわなと震えて剣を取り落としそうになっている。
そして、その言葉を一番信じられない思いで聞いていたのは、他でもないユリアン自身だった。
(……番……?彼が、今……)
耳鳴りがする。心臓が、肋骨を突き破らんばかりに激しく鼓動していた。
これまで「番など認めぬ」と、あれほど頑なに拒絶し続けてきた王が、今、大勢の前で自分を「番だ」と宣言したのだ。
ライオネルは、呆然とするユリアンにゆっくりと近づくと、その細い腕を掴んでぐいと引き寄せた。
突然のことにユリアンはよろめき、彼のたくましい胸に顔を埋める形になる。
むせ返るような濃密なαの香り。それがユリアンの思考を麻痺させた。
「いいか。二度はない」
ライオネルは、ユリアンを腕の中に抱きしめたまま、氷のような視線で兵士たちを睥睨した。
「こいつは、この国の王である俺が選んだ、ただ一人の番だ。こいつを侮辱することは、この俺を、そしてこの獣王国そのものを侮辱することに等しい。次に同じような真似をしてみろ。その時は、全滅させる」
その声には、一切の熱がない。だからこそ、その言葉が揺るぎない真実であることを、その場にいる誰もが理解した。
それは、王としての絶対的な宣告。逆らうことなど、誰にも許されない。
「も、申し訳……ございません……!」
兵士たちは、這いつくばるようにして頭を下げ許しを乞う。ライオネルは、彼らにもう一瞥もくれることなく、ユリアンを抱いたまま踵を返した。
「行くぞ」
有無を言わさぬ力強さで腕を引かれ、ユリアンは夢遊病者のように彼の後をついていく。
背後で、兵士たちが慌てて道を開ける気配がした。もう、侮蔑の視線はどこにもない。そこにあるのは、畏怖と、そして王の番に対する敬意だけだった。
長い廊下を、ただ無言で歩く。
ライオネルの大きな手が、自分の腕を固く掴んでいる。その熱が、じかに肌に伝わってきて、ユリアンの全身を駆け巡った。
連れてこられたのは、ライオネルの私室だった。
これまでユリアンがいた北塔の簡素な部屋とは比べ物にならない、豪奢で広々とした部屋。部屋の中には、まだライオネルの残り香が満ちている。
ライオネルは、部屋に入るなり、乱暴にユリアンの腕を離した。そして、何も言わずに窓辺に立つと、苛立たしげに髪をかきむしる。
ユリアンは、どうしていいか分からず、ただ入り口に立ち尽くしていた。
「……あの……先ほどは、助けていただき、ありがとうございました」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、震えていた。
「だが、なぜ……あのようなことを……。『番だ』と、仰いました……?」
恐る恐る尋ねると、ライオネルはゆっくりと振り返った。その琥珀の瞳は、激しい感情の嵐で揺らめいている。怒り、戸惑い、そして……後悔。
「……あれは、その場を収めるための、ただの方便だ。勘違いするな」
吐き捨てるように、彼は言った。その言葉に、ユリアンの心はちくりと痛んだ。やはり、そうなのか。ただ、自分を助けるためだけの、嘘。
「ですが……」
「うるさい!」
ライオネルが、感情を抑えきれないように叫んだ。
「お前が!お前が俺を狂わせる!番など認めぬと決めていた俺の信念を、お前という存在が、いともたやすく揺るがすのだ!あの下衆どもがお前に触れようとした瞬間、俺は……俺は、我を忘れた……!」
それは、彼の魂からの叫びだった。
ユリアンを自分のものだと示さずにはいられなかった。あの瞬間、彼の内なる獣が、本能のままに吠えたのだ。お前の番はここにいる、と。
ライオネルは、苦しげに顔を歪めると、数歩でユリアンの目の前まで詰め寄った。そして、その両肩を掴む。
「なぜだ……なぜ、お前なのだ……」
答えを求めるように、その瞳がユリアンを射抜く。
ユリアンは、何も答えられない。ただ、彼の苦しみが、痛いほど伝わってきた。
ライオネルは、まるで何かに耐えるかのように、きつく目を閉じた。そして、次の瞬間、彼はユリアンの顎を掴んで上を向かせると、その唇を乱暴に塞いだ。
「――っ!?」
それは、キスと呼ぶにはあまりにも激しく、荒々しいものだった。
驚きに見開かれたユリアンの唇をこじ開け、ライオネルは貪るようにその内側を味わう。苦しさと、彼の激情と、そしてむせ返るようなαの香りが一気になだれ込んできて、ユリアンの思考は完全に停止した。
それは、まるで所有印を刻み込むかのような支配的で、一方的な口づけ。
お前は俺のものだ、と。
誰にも渡さない、と全身で訴えかけてくるかのようだった。
長い、長い時間が過ぎて、ライオネルはゆっくりと唇を離した。
互いの息が荒く、見つめ合う瞳には、熱っぽい光が宿っている。
「……もう、お前を一人にはしておけん」
ライオネルは、ぜえぜえと息をしながら、低い声で言った。
「今日から、お前はこの部屋で暮らせ。俺の目の届く場所から、一歩も離れるな」
それは、命令だった。
しかし、その声には、もう以前のような冷たさはない。
ただ、手に入れた宝を二度と手放すまいとするかのような、切実な響きが込められていた。
ユリアンは、まだ痺れの残る唇にそっと触れる。
拒絶から始まった二人の関係が、今、大きく、そして決定的に変わろうとしていた。
(第三章 完)
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