【完結】獣王の番

なの

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第七章:立場逆転の愛

第二十八話:夜明けの告白

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黄金の光が祭壇を包み込んでから、どれくらいの時が流れただろうか。

やがて、まばゆい光はゆっくりと収束し、まるで夜明けの光のように、穏やかなものへと変わっていった。
光が完全に消えた時、祭壇の中央には、ぐったりとしたライオネルと、その腕の中で静かに寝息を立てるユリアンの姿があった。

「……陛下!」

宰相グレンが、駆け寄る。
ライオネルの顔色は悪く、全身から汗が噴き出している。
自らの生命力を分け与えた代償は彼の屈強な体にも、大きな負担をかけたようだ。

「……ユリアンは……ユリアンは、無事か」

ライオネルは、かすれた声で、それだけを尋ねた。
大神官セラフィオが、ユリアンの首筋にそっと手を当てる。そして、安堵の息を漏らした。

「……脈拍、呼吸、共に安定しておられます。熱も、完全に下がっております。……儀式は、成功いたしました」

その言葉を聞いて、ライオネルの全身から、ふっと力が抜けた。
彼は愛しい番の寝顔を見つめながら、まるで子供のように、安堵の笑みを浮かべた。
その笑顔を最後に、彼の意識もまた深い闇の中へと沈んでいった。


ユリアンが、次に目を覚ましたのは、それから三日後のことだった。

見慣れた、王の私室の天蓋付きベッドの上。窓から差し込む陽光が、柔らかく部屋を照らしている。

「……ここは……」

体を起こそうとして、ユリアンは、自分の体に全く力が入らないことに気づいた。だが、以前のような、命が削られていくような冷たい苦しさはない。それどころか、体の奥深く、魂の中心に、ライオネルの力強い生命力の温もりが、確かに宿っているのを感じる。 ただ、心地よい倦怠感が、全身を包んでいるだけだ。

「お気づきになられましたか?ユリアン様」

ベッドの脇で、うたた寝をしていたらしい侍女が慌てて駆け寄ってきた。

「すぐに、陛下を……いえ、宰相閣下をお呼びしてまいります!」

侍女が部屋を飛び出していく。その様子に、ユリアンは首を傾げた。
なぜ、ライオネルではないのだろうか?

やがて、グレンとセラフィオが、神妙な面持ちで部屋に入ってきた。
そして、二人の口から儀式の全てが語られた。
自分が予言の代償で命を落としかけていたこと。
そして、ライオネルが、自らの命を賭して、自分を救ってくれたこと。

「……ライオネルは……彼は、どこにいるのですか」

ユリアンは、震える声で尋ねた。
グレンは、答えにくそうに視線を伏せた。

「……陛下は、あなた様を救った代償として、ご自身の力の大部分を失われました。今は、別室で、療養なさっておられます」

その言葉に、ユリアンの心臓は、再び冷たい手で鷲掴みにされたかのような衝撃を受けた。

彼が、力を失った……?
自分の、ために……?

「……会わせて、ください」

まだ思うように動かない体に鞭を打ち、ユリアンはベッドから降りようとする。グレンが慌ててそれを支えた。

「なりません、ユリアン様!あなた様のお体も、まだ万全ではないのです!」

「それでも……!彼に、会わなければ……!」

ユリアンの、あまりに必死な形相に、グレンとセラフィオは、顔を見合わせ、そして静かに頷いた。

グレンに肩を支えられながら、ユリアンが案内されたのは、隣の、一回り小さな部屋だった。
ベッドの上でライオネルは静かに眠っていた。
その顔色は、まだ青白い。だが、その寝顔は、これまで見たことがないほどに、穏やかだった。

ユリアンはベッドの脇に静かに座ると、眠るライオネルの手を、そっと握りしめた。
その手は、以前のような力強さはなく、少しだけ、冷たい。

(……あなたが、僕を……)

涙が、次から次へと溢れ出して、止まらなかった。
拒絶され、虐げられ、それでも、この人を愛することをやめられなかった。
そして、その愛は、一方通行ではなかったのだ。彼もまた、自分の命を賭してまで、自分を愛してくれていた。

「……ユリアン……?」

不意に、ライオネルが、薄く目を開けた。その琥珀の瞳が、涙に濡れるユリアンの姿を捉える。

「……良かった……目が、覚めたのか……」

「ライオネル……!」

ユリアンは、彼の手に自分の額を押し付け、嗚咽を漏らした。

「ごめんなさい……!
僕のせいで……!力を……!」

「……馬鹿を言うな」

ライオネルは、まだ力の入らない手で、それでも優しく、ユリアンの頭を撫でた。

「お前を救えたのだ。力など、惜しくはない。

……いや、むしろ、良かったのかもしれん。この強すぎる力が、俺を孤独にし、お前を苦しめていたのだからな」

その声は、ひどく穏やかだった。
絶対的な王として君臨してきた男が、初めて、その重荷から解放されたかのような、安らかな声。

「……ずっと、言いたかったことがある」

ユリアンは、顔を上げた。
ライオネルは、愛しそうにユリアンの頬に触れる。

「俺が、お前を拒絶していたのは愛していたからだ」

「……え……?」

「初めて会った時から、分かっていた。お前が、俺の運命の番なのだと。
だが、それを認めるのが怖かった。愛することに臆病になっていた。……すまなかった」

「ライオネル……」

「でも、もう、迷わない。ユリアン。……俺の、本当の番になってくれ。これからは、王としてではなく、ただ一人の男として、お前を愛し、お前と共に生きていきたい」

その瞳は、王の威厳ではなく、愛する者にすべてを捧げた男の、ひたむきな光に満ちていた。

それは、世界で一番、甘い告白だった。
拒絶していた王が、涙ながらに愛を乞い、そして虐げられていたΩが、その全てを愛で包み込む。

「……はい」

ユリアンは、涙に濡れた笑顔で、頷いた。

「ずっと……ずっと、認めてほしかった。僕も……愛しています。ライオネル」

二人の唇が、自然に重なり合う。
それは、以前のような、激しいものではない。ただ、ひたすらに優しく、慈しみに満ちた、愛の口づけだった。


夜が明け、新しい朝の光が、二人を優しく照らしていた。
拒絶から始まった、すれ違い続けた二人の関係は、長い冬を越え、ようやく、本当の春を迎えようとしていた。


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