30 / 40
第七章:立場逆転の愛
第二十九話:始まりの朝
しおりを挟む
ライオネルが意識を取り戻し、二人が本当の意味で心を通わせたあの日から穏やかな時間が流れた。
王と、その番が命の危機から生還したという報せは、城下に安堵と喜びをもたらした。
しかし、王がその力の大部分を失ったという事実は、ごく一部の者しか知らない極秘事項とされた。
「……美味いか?」
「はい。とても」
王の私室のバルコニーで、ユリアンは、ライオネルの手ずから、スープを匙で口に運んでもらっていた。
まだ、お互いに体力は完全には戻っていない。
だが、こうして寄り添い、同じ時間を過ごせるだけで二人は満たされていた。
「まさか、この俺が、お前に飯を食わせてやることになるとはな」
ライオネルは、自嘲するように笑う。その表情は、以前の冷徹な王の面影はなく、ただ愛する者を慈しむ、一人の男の顔だった。
「……もう、以前のように、剣を振るうことはできないかもしれない」
ぽつり、とライオネルが呟く。
その声に、ユリアンは、スープを飲むのをやめ、彼の顔を真っ直ぐに見つめた。
「それでも、あなたは、僕の王様です」
「……ユリアン」
「あなたの強さは、その腕力だけではありません。
その知性、そのカリスマ、そして何より……民を想うその優しい心。それこそが、真の王の力です。
僕が、あなたの剣になります。あなたの盾になります。
だから……一人で、背負わないでください」
その言葉に、ライオネルは、息を呑んだ。
ずっと、一人で戦ってきた。
王として、αとして弱さを見せることなど、決して許されなかった。
だが今、目の前の愛しい番は、その全てを、共に背負うと言ってくれている。
「……お前は、本当に、敵わんな」
ライオネルは、ユリアンの頬にそっと触れた。
「俺は、お前に何もしてやれていない。与えるどころか、奪ってばかりだ」
「いいえ、そんなことはありません。あなたは、僕に、生きる意味をくれました。愛される喜びを、教えてくれました。……僕には、あなたがいれば、それだけでいいのです」
二人の視線が、絡み合う。
どちらからともなく、顔を寄せ、そっと唇を重ねた。
それは、夜の闇の中で交わされる、激しいものではない。陽の光の中で、互いの魂を確かめ合うような、穏やかで、優しいキスだった。
その日から、二人の立場は、完全に入れ替わった。
体力の戻らないライオネルに代わり、ユリアンは、宰相グレンの補佐として、本格的に政務に関わるようになる。以前、被災地を視察した経験を元に、彼は誰もが思いつかなかったような効率的な復興計画を立案し、財政を預かるグレンをも唸らせた。 彼の聡明さと、民に寄り添う姿勢は、瞬く間に大臣たちの信頼を勝ち得ていった。
一方、ライオネルは、そんなユリアンの姿を、少しだけ複雑な思いで見守っていた。
誇らしい。自分の番が、これほどまでに優秀で、民に愛されていることが、自分のことのように嬉しい。
だが、同時に、これまで自分がいた場所に、ユリアンが立っていることに、一抹の寂しさと、そして焦りを覚えてしまう。
自分は、もう彼の隣に立つに、相応しくないのではないか。
力を失った自分は、もう、彼の重荷になるだけではないのか。
そんなライオネルの不安を、ユリアンは敏感に感じ取っていた。
その日の夜。
政務を終えたユリアンが部屋に戻ると、ライオネルは、一人で窓の外を眺めていた。その背中が、ひどく小さく、そして孤独に見えた。
「……ライオネル」
ユリアンは、そっと背後から彼を抱きしめた。
びくり、とライオネルの肩が震える。
「……お前が、どんどん、遠くへ行ってしまうような気がする」
か細い、弱々しい声だった。
ユリアンは、胸が締め付けられるような思いで、彼の背中にぎゅっと顔を埋めた。
「どこにも、行きません」
「だが、俺はもう……」
「いいのです」
ユリアンは、彼の体を自分の方へと向き直らせると、その唇を、自らの指でそっと塞いだ。
「今度は、私が、あなたを守る番です。あなたが、私にしてくれたように」
そして、ユリアンは、ライオネルの服の合わせに、そっと手を入れた。
驚いて目を見開くライオネル。
「ユリアン……?何を……」
「あなたを、感じたいのです。……今夜は、私が、あなたを愛したい」
それは、二人の関係が、また新しいステージへと進む、始まりの合図だった。
これまでは、常にライオネルが与え、ユリアンが受け入れるだけだった関係。
だが、今夜は違う。
ユリアンが、自らの意志で、愛する人を求め、そして、その全てを、愛で満たそうとしている。
立場が逆転した、新しい愛の形。
二人は、互いの傷を舐め合うように、そして、互いの存在を確かめ合うように、深く、そして優しく、求め合った。
夜が明ける頃。
疲れ果てて眠るユリアンの寝顔を見ながら、ライオネルは、静かに涙を流した。
失ったものは、大きい。だが、得たものは、それ以上に、計り知れないほどに、大きかった。
この腕の中にある温もりこそが、自分の全てだ。
もう二度と、この手を、離さない。
ライオネルは、愛しい番の額に、誓いのキスを落とした。
彼の心の中で、燻っていた嫉妬や焦りの炎は、完全に消え失せていた。
そこにあったのは、ただ、ひたすらに、深く、そしてどこまでも穏やかな、溺愛の感情だけだった。
王と、その番が命の危機から生還したという報せは、城下に安堵と喜びをもたらした。
しかし、王がその力の大部分を失ったという事実は、ごく一部の者しか知らない極秘事項とされた。
「……美味いか?」
「はい。とても」
王の私室のバルコニーで、ユリアンは、ライオネルの手ずから、スープを匙で口に運んでもらっていた。
まだ、お互いに体力は完全には戻っていない。
だが、こうして寄り添い、同じ時間を過ごせるだけで二人は満たされていた。
「まさか、この俺が、お前に飯を食わせてやることになるとはな」
ライオネルは、自嘲するように笑う。その表情は、以前の冷徹な王の面影はなく、ただ愛する者を慈しむ、一人の男の顔だった。
「……もう、以前のように、剣を振るうことはできないかもしれない」
ぽつり、とライオネルが呟く。
その声に、ユリアンは、スープを飲むのをやめ、彼の顔を真っ直ぐに見つめた。
「それでも、あなたは、僕の王様です」
「……ユリアン」
「あなたの強さは、その腕力だけではありません。
その知性、そのカリスマ、そして何より……民を想うその優しい心。それこそが、真の王の力です。
僕が、あなたの剣になります。あなたの盾になります。
だから……一人で、背負わないでください」
その言葉に、ライオネルは、息を呑んだ。
ずっと、一人で戦ってきた。
王として、αとして弱さを見せることなど、決して許されなかった。
だが今、目の前の愛しい番は、その全てを、共に背負うと言ってくれている。
「……お前は、本当に、敵わんな」
ライオネルは、ユリアンの頬にそっと触れた。
「俺は、お前に何もしてやれていない。与えるどころか、奪ってばかりだ」
「いいえ、そんなことはありません。あなたは、僕に、生きる意味をくれました。愛される喜びを、教えてくれました。……僕には、あなたがいれば、それだけでいいのです」
二人の視線が、絡み合う。
どちらからともなく、顔を寄せ、そっと唇を重ねた。
それは、夜の闇の中で交わされる、激しいものではない。陽の光の中で、互いの魂を確かめ合うような、穏やかで、優しいキスだった。
その日から、二人の立場は、完全に入れ替わった。
体力の戻らないライオネルに代わり、ユリアンは、宰相グレンの補佐として、本格的に政務に関わるようになる。以前、被災地を視察した経験を元に、彼は誰もが思いつかなかったような効率的な復興計画を立案し、財政を預かるグレンをも唸らせた。 彼の聡明さと、民に寄り添う姿勢は、瞬く間に大臣たちの信頼を勝ち得ていった。
一方、ライオネルは、そんなユリアンの姿を、少しだけ複雑な思いで見守っていた。
誇らしい。自分の番が、これほどまでに優秀で、民に愛されていることが、自分のことのように嬉しい。
だが、同時に、これまで自分がいた場所に、ユリアンが立っていることに、一抹の寂しさと、そして焦りを覚えてしまう。
自分は、もう彼の隣に立つに、相応しくないのではないか。
力を失った自分は、もう、彼の重荷になるだけではないのか。
そんなライオネルの不安を、ユリアンは敏感に感じ取っていた。
その日の夜。
政務を終えたユリアンが部屋に戻ると、ライオネルは、一人で窓の外を眺めていた。その背中が、ひどく小さく、そして孤独に見えた。
「……ライオネル」
ユリアンは、そっと背後から彼を抱きしめた。
びくり、とライオネルの肩が震える。
「……お前が、どんどん、遠くへ行ってしまうような気がする」
か細い、弱々しい声だった。
ユリアンは、胸が締め付けられるような思いで、彼の背中にぎゅっと顔を埋めた。
「どこにも、行きません」
「だが、俺はもう……」
「いいのです」
ユリアンは、彼の体を自分の方へと向き直らせると、その唇を、自らの指でそっと塞いだ。
「今度は、私が、あなたを守る番です。あなたが、私にしてくれたように」
そして、ユリアンは、ライオネルの服の合わせに、そっと手を入れた。
驚いて目を見開くライオネル。
「ユリアン……?何を……」
「あなたを、感じたいのです。……今夜は、私が、あなたを愛したい」
それは、二人の関係が、また新しいステージへと進む、始まりの合図だった。
これまでは、常にライオネルが与え、ユリアンが受け入れるだけだった関係。
だが、今夜は違う。
ユリアンが、自らの意志で、愛する人を求め、そして、その全てを、愛で満たそうとしている。
立場が逆転した、新しい愛の形。
二人は、互いの傷を舐め合うように、そして、互いの存在を確かめ合うように、深く、そして優しく、求め合った。
夜が明ける頃。
疲れ果てて眠るユリアンの寝顔を見ながら、ライオネルは、静かに涙を流した。
失ったものは、大きい。だが、得たものは、それ以上に、計り知れないほどに、大きかった。
この腕の中にある温もりこそが、自分の全てだ。
もう二度と、この手を、離さない。
ライオネルは、愛しい番の額に、誓いのキスを落とした。
彼の心の中で、燻っていた嫉妬や焦りの炎は、完全に消え失せていた。
そこにあったのは、ただ、ひたすらに、深く、そしてどこまでも穏やかな、溺愛の感情だけだった。
241
あなたにおすすめの小説
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
悪役令嬢と呼ばれた侯爵家三男は、隣国皇子に愛される
木月月
BL
貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー
※この話は小説家になろうにも掲載しています。
推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!
木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。
この話は小説家になろうにも投稿しています。
『君を幸せにする』と毎日プロポーズしてくるチート宮廷魔術師に、飽きられるためにOKしたら、なぜか溺愛が止まらない。
春凪アラシ
BL
「君を一生幸せにする」――その言葉が、これほど厄介だなんて思わなかった。
チート宮廷魔術師×うさぎ獣人の道具屋。
毎朝押しかけてプロポーズしてくる天才宮廷魔術師・シグに、うんざりしながらも返事をしてしまったうさぎ獣人の道具屋である俺・トア。
でもこれは恋人になるためじゃない、“一目惚れの幻想を崩し、幻滅させて諦めさせる作戦”のはずだった。
……なのに、なんでコイツ、飽きることなく俺の元に来るんだよ?
“うさぎ獣人らしくない俺”に、どうしてそんな真っ直ぐな目を向けるんだ――?
見た目も性格も不釣り合いなふたりが織りなす、ちょっと不器用な異種族BL。
同じ世界観の「「世界一美しい僕が、初恋の一目惚れ軍人に振られました」僕の辞書に諦めはないので全力で振り向かせます」を投稿してます!トアも出てくるので良かったらご覧ください✨
君さえ笑ってくれれば最高
大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。
(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
不定期更新
【完結済】氷の貴公子の前世は平社員〜不器用な恋の行方〜
キノア9g
BL
氷の貴公子と称えられるユリウスには、人に言えない秘めた想いがある――それは幼馴染であり、忠実な近衛騎士ゼノンへの片想い。そしてその誇り高さゆえに、自分からその気持ちを打ち明けることもできない。
そんなある日、落馬をきっかけに前世の記憶を思い出したユリウスは、ゼノンへの気持ちに改めて戸惑い、自分が男に恋していた事実に動揺する。プライドから思いを隠し、ゼノンに嫌われていると思い込むユリウスは、あえて冷たい態度を取ってしまう。一方ゼノンも、急に避けられる理由がわからず戸惑いを募らせていく。
近づきたいのに近づけない。
すれ違いと誤解ばかりが積み重なり、視線だけが行き場を失っていく。
秘めた感情と誇りに縛られたまま、ユリウスはこのもどかしい距離にどんな答えを見つけるのか――。
プロローグ+全8話+エピローグ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる