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第七章:立場逆転の愛
第二十七話:初めての懇願
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王都への凱旋は、熱狂的な歓迎に包まれた。
民衆は、国を救った若き王と、その勇敢なる番を、惜しみない歓声と花吹雪で迎えた。道沿いにはびっしりと人が埋め尽くし、誰もが「ライオネル陛下、万歳!」
「ユリアン様、万歳!」と声を張り上げている。
ユリアンは、ライオネルと共に馬上に揺られながら、その光景をまるで夢でも見ているかのような心地で眺めていた。
ほんの数ヶ月前、人質としてこの国に来た自分が、今、民衆から英雄として迎えられている。振り返れば、誇らしげに民の声に応える、愛する人の顔が見える。その事実に胸が熱くなった。
しかし、城に戻り安堵の息をついたその日の夜。
ユリアンの体は、原因不明の高熱に襲われた。
戦場での極度の緊張が、一気に解けた反動だろうか。体は燃えるように熱く、骨の芯までが軋むように痛む。意識は霧がかかったように朦朧とし現実と夢の境目が曖昧になっていった。
「ユリアン!しっかりしろ!ユリアン!」
ライオネルの、必死な声が遠くに聞こえる。
彼はすぐに侍医を呼びつけ自らも徹夜でユリアンの看病にあたった。
冷たい水で濡らした布で熱い体を何度も拭い、乾いた唇を湿らせ、そして祈るようにその名を呼び続ける。
その姿は、もはや国を統べる冷徹な獣王のそれではない。ただ、愛する者を失うことを何よりも恐れる、一人の無力な男の姿だった。
だが、侍医が処方するどんな高価な薬草を飲ませても、熱は一向に下がる気配を見せなかった。
それどころか、日に日にユリアンの体は衰弱していく。雪のように白かった肌は輝きを失い、呼吸もか細く浅くなっていく。ライオネルが握りしめるその手は、恐ろしいほどに冷たくなっていた。やがて、腕利きの侍医たちも、なすすべなく首を振り、さじを投げるしかなかった。
「……なぜだ……なぜ、こうなる……」
ライオネルは、衰弱していくユリアンを腕に抱きながら、絶望に打ち震えていた。
当初、彼は王としてのプライドと、セラフィオへの個人的な嫉妬心から、大神官の介入を頑なに拒んでいた。「医学で治せぬものを、祈りで治せるものか」と。
だが、日に日に命の光が消えていくユリアンを前に、そんなちっぽけな意地はもはや何の役にも立たなかった。
ようやく、素直な気持ちを伝えられたのに。
ようやく、二人で幸せになれると思ったのに。
なぜ神は、これほどまでに過酷な試練を与えるのか。
ライオネルが、最後の望みを託してセラフィオを呼びにやろうとした、まさにその時。
大神官セラフィオが、まるで彼の心の叫びを聞きつけたかのように、音もなく静かに部屋に入ってきた。
「……陛下。おそらく、それは、予言の代償でございましょう」
「代償、だと……?」
ライオネルが、獣のように低い声で問い返す。
「ユリアン様は、ご自分の命と引き換えに国を守る『最後の手段』を実行する覚悟をなさいました。
戦いは回避されましたが、一度発動しかけた禁断の儀式は、ユリアン様の生命力を少しずつ、しかし確実に蝕んでいるのです」
その言葉は、無慈悲な宣告だった。ライオネルは、絶望の最も深い淵へと叩き落とされた。
国を救った英雄への褒美が、番の死だというのか。そんな理不尽が、あってたまるか。
「……助ける方法は、ないのか。どんなことでもする。何か、方法があるはずだ」
「……一つだけ。ですが、それは、陛下ご自身の命にも関わる、極めて危険な賭けでございます」
セラフィオが語ったのは、神殿の最も古い文献に、わずかに記されているという、もう一つの禁断の儀式だった。
それは、番であるαが、自らの生命力と魂の一部を、Ωに直接分け与えるというもの。
成功すれば、Ωは失われた生命力を取り戻し、命を取り留めることができる。だが、一度始めたら中断はできず、もしΩの体がαの魂を拒絶すれば、失敗し、αもまた魂の大部分を失い共倒れとなる。
「……やらせろ」
ライオネルは、一瞬の迷いもなく、そう言った。
「こいつのいない世界など、俺には意味がない。
こいつを救える可能性が少しでもあるのなら俺の命など、惜しくはない」
その夜、月の祭壇で、再び儀式が執り行われることになった。
ぐったりと意識のないユリアンを抱きかかえ、ライオネルは祭壇の中央に立つ。月光が、力なく横たわるユリアンの顔を青白く照らしていた。
「ユリアン……俺の番……。どうか、逝かないでくれ。俺を、一人にしないでくれ……」
それは、生まれて初めて彼が誰かに見せた涙だった。
王としてのプライドも、獣としての誇りも、全てかなぐり捨て、ただ愛する者の命を乞う、一人の男の、魂からの叫びだった。
ライオネルは、セラフィオから受け取った儀式用のナイフで、自らの胸を静かに傷つけた。溢れ出た赤い血を、ユリアンの唇へと垂らす。そして、その唇に、自らの唇を重ねた。
(どうか、俺の命を、お前に。俺の魂の半分を、お前に。だから、戻ってきてくれ、ユリアン――)
その瞬間、二人の体を、まばゆい黄金の光が包み込んだ。
それは、あの夜、ユリアンが一人で見た光よりも、ずっと強く、ずっと温かい光だった。二つの魂が一つに溶け合っていくような、絶対的な愛の光。
光の中で、ユリアンの意識が、深い海の底からゆっくりと浮上していく。
最後に聞こえたのは、涙に濡れた、愛しくてたまらない人の声。
『――俺の、番でいてくれ』
その言葉を胸に、ユリアンは、再び深い眠りへと落ちていった。
だが、それはもう、死へと向かう冷たい眠りではなかった。
愛する人の魂の半分をその身に宿し、新たな命を育むための、温かい再生の眠りだった。
民衆は、国を救った若き王と、その勇敢なる番を、惜しみない歓声と花吹雪で迎えた。道沿いにはびっしりと人が埋め尽くし、誰もが「ライオネル陛下、万歳!」
「ユリアン様、万歳!」と声を張り上げている。
ユリアンは、ライオネルと共に馬上に揺られながら、その光景をまるで夢でも見ているかのような心地で眺めていた。
ほんの数ヶ月前、人質としてこの国に来た自分が、今、民衆から英雄として迎えられている。振り返れば、誇らしげに民の声に応える、愛する人の顔が見える。その事実に胸が熱くなった。
しかし、城に戻り安堵の息をついたその日の夜。
ユリアンの体は、原因不明の高熱に襲われた。
戦場での極度の緊張が、一気に解けた反動だろうか。体は燃えるように熱く、骨の芯までが軋むように痛む。意識は霧がかかったように朦朧とし現実と夢の境目が曖昧になっていった。
「ユリアン!しっかりしろ!ユリアン!」
ライオネルの、必死な声が遠くに聞こえる。
彼はすぐに侍医を呼びつけ自らも徹夜でユリアンの看病にあたった。
冷たい水で濡らした布で熱い体を何度も拭い、乾いた唇を湿らせ、そして祈るようにその名を呼び続ける。
その姿は、もはや国を統べる冷徹な獣王のそれではない。ただ、愛する者を失うことを何よりも恐れる、一人の無力な男の姿だった。
だが、侍医が処方するどんな高価な薬草を飲ませても、熱は一向に下がる気配を見せなかった。
それどころか、日に日にユリアンの体は衰弱していく。雪のように白かった肌は輝きを失い、呼吸もか細く浅くなっていく。ライオネルが握りしめるその手は、恐ろしいほどに冷たくなっていた。やがて、腕利きの侍医たちも、なすすべなく首を振り、さじを投げるしかなかった。
「……なぜだ……なぜ、こうなる……」
ライオネルは、衰弱していくユリアンを腕に抱きながら、絶望に打ち震えていた。
当初、彼は王としてのプライドと、セラフィオへの個人的な嫉妬心から、大神官の介入を頑なに拒んでいた。「医学で治せぬものを、祈りで治せるものか」と。
だが、日に日に命の光が消えていくユリアンを前に、そんなちっぽけな意地はもはや何の役にも立たなかった。
ようやく、素直な気持ちを伝えられたのに。
ようやく、二人で幸せになれると思ったのに。
なぜ神は、これほどまでに過酷な試練を与えるのか。
ライオネルが、最後の望みを託してセラフィオを呼びにやろうとした、まさにその時。
大神官セラフィオが、まるで彼の心の叫びを聞きつけたかのように、音もなく静かに部屋に入ってきた。
「……陛下。おそらく、それは、予言の代償でございましょう」
「代償、だと……?」
ライオネルが、獣のように低い声で問い返す。
「ユリアン様は、ご自分の命と引き換えに国を守る『最後の手段』を実行する覚悟をなさいました。
戦いは回避されましたが、一度発動しかけた禁断の儀式は、ユリアン様の生命力を少しずつ、しかし確実に蝕んでいるのです」
その言葉は、無慈悲な宣告だった。ライオネルは、絶望の最も深い淵へと叩き落とされた。
国を救った英雄への褒美が、番の死だというのか。そんな理不尽が、あってたまるか。
「……助ける方法は、ないのか。どんなことでもする。何か、方法があるはずだ」
「……一つだけ。ですが、それは、陛下ご自身の命にも関わる、極めて危険な賭けでございます」
セラフィオが語ったのは、神殿の最も古い文献に、わずかに記されているという、もう一つの禁断の儀式だった。
それは、番であるαが、自らの生命力と魂の一部を、Ωに直接分け与えるというもの。
成功すれば、Ωは失われた生命力を取り戻し、命を取り留めることができる。だが、一度始めたら中断はできず、もしΩの体がαの魂を拒絶すれば、失敗し、αもまた魂の大部分を失い共倒れとなる。
「……やらせろ」
ライオネルは、一瞬の迷いもなく、そう言った。
「こいつのいない世界など、俺には意味がない。
こいつを救える可能性が少しでもあるのなら俺の命など、惜しくはない」
その夜、月の祭壇で、再び儀式が執り行われることになった。
ぐったりと意識のないユリアンを抱きかかえ、ライオネルは祭壇の中央に立つ。月光が、力なく横たわるユリアンの顔を青白く照らしていた。
「ユリアン……俺の番……。どうか、逝かないでくれ。俺を、一人にしないでくれ……」
それは、生まれて初めて彼が誰かに見せた涙だった。
王としてのプライドも、獣としての誇りも、全てかなぐり捨て、ただ愛する者の命を乞う、一人の男の、魂からの叫びだった。
ライオネルは、セラフィオから受け取った儀式用のナイフで、自らの胸を静かに傷つけた。溢れ出た赤い血を、ユリアンの唇へと垂らす。そして、その唇に、自らの唇を重ねた。
(どうか、俺の命を、お前に。俺の魂の半分を、お前に。だから、戻ってきてくれ、ユリアン――)
その瞬間、二人の体を、まばゆい黄金の光が包み込んだ。
それは、あの夜、ユリアンが一人で見た光よりも、ずっと強く、ずっと温かい光だった。二つの魂が一つに溶け合っていくような、絶対的な愛の光。
光の中で、ユリアンの意識が、深い海の底からゆっくりと浮上していく。
最後に聞こえたのは、涙に濡れた、愛しくてたまらない人の声。
『――俺の、番でいてくれ』
その言葉を胸に、ユリアンは、再び深い眠りへと落ちていった。
だが、それはもう、死へと向かう冷たい眠りではなかった。
愛する人の魂の半分をその身に宿し、新たな命を育むための、温かい再生の眠りだった。
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