【完結】獣王の番

なの

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第七章:立場逆転の愛

第三十話:溺愛の始まり

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ユリアンが、自らの意志でライオネルを求めたあの夜を境に、二人の関係は、甘く、そして穏やかなものへと変わっていった。

ライオネルの心から焦りや嫉妬といった棘は完全に消え去り、その代わりにユリアンに対する深い愛情と、そして「溺愛」と呼ぶにふさわしい感情が、泉のように湧き上がってくるのを、自分でも止められなくなっていた。

「ユリアン、少し顔色が悪いのではないか。今日の政務は休め」

「いいえ、大丈夫ですよ、ライオネル。少し、寝不足なだけです」

「駄目だ。休め。これは王命だ」

朝、ユリアンが少しでも顔をしかめようものなら、ライオネルはすぐに駆けつけ、半ば強引に彼をベッドへと押し戻す。
そして、ユリアンが眠りにつくまで、その手を握り、髪を優しく撫で続けるのだ。
以前の彼からは、到底考えられないような、過保護なまでの甲斐甲斐しさだった。

力を失ったライオネルは、日中は、書庫で治世に関する書物を読んだり、ユリアンが目を通す書類に、先に目を通して助言を与えたりして過ごした。

彼は、もはや剣を振るうことはできなくとも、その明晰な頭脳と、王としての経験は、何一つ失われてはいなかった。むしろ、これまで力に頼りがちだった部分が削ぎ落とされたことで、その知性は、より深く、鋭く、磨きがかかっているようでもあった。

「ここの関税だが、もう少し引き下げるべきだ。民の負担が大きすぎる」

「ですが、そうすると、国の歳入が……」

「その分、貴族どもに課している贅沢税を、さらに引き上げればいい。文句を言う者もいるだろうが俺が黙らせる」

ユリアンが政務を終えて部屋に戻ると、ライオネルは、必ず彼を温かく迎え入れた。
疲れた体をマッサージし、温かい茶を淹れ、そして、その日あった出来事を優しく聞いてやる。
それは、かつてユリアンが、孤独な王の心を癒そうとしていた時と、全く同じ光景だった。

「……ふふっ」

ある夜、ライオネルに髪を梳かされながら、ユリアンは思わず笑みを漏らした。

「どうした?」

「なんだか立場が、すっかり逆になってしまいましたね」

その言葉に、ライオネルは、ユリアンの髪を梳く手を止め、その肩を優しく抱きしめた。

「……そうだな。俺は、ずっとお前に甘えてばかりだ」

「いいんです。僕は、あなたに甘えられるのが、幸せですから」

「ユリアン……」

ライオネルは、ユリアンを自分の方へと向き直らせると、その瞳をじっと見つめた。
その琥珀の瞳は、もう獣のような激しさはなく、ただ蕩けるように甘く、そして穏やかな光をたたえている。

「……愛している。お前が俺の全てだ」

毎日のように、彼は、その言葉を囁いた。
朝、目覚めた時も食事の時も、そして、夜、体を重ねる時も。

かつて父が母にしたように、愛がいつか番を傷つけることを恐れていた。だが今は違う。この愛を言葉にし、伝え続けなければ、腕の中にある温もりも、幸せも、まるで砂のように指の間からこぼれ落ちてしまいそうで、ただ怖かったのだ。

その溺愛ぶりは、城の者たちの間でも、微笑ましい噂となっていた。

「陛下は、ユリアン様が可愛くて仕方がないらしい」
「あれほど冷徹だったお方が、まるで人の変わったようだ」
「それだけ、ユリアン様が、陛下にとって、かけがえのない存在だということだろう」

宰相グレンも、そんな二人の姿を、目を細めて見守っていた。
力を失ったことで、王は真の愛と、そして、人を信じることの温かさを知った。それは、この国にとって、何物にも代えがたい、大きな財産となるだろう。


そんなある日、大神官セラフィオが、二人の元を訪れた。

「陛下、ユリアン様。
お二人を祝福する聖獣たちがお見えになりました」

セラフィオに導かれて、二人が向かったのは、城の最も奥にある、聖域の庭園だった。
そこには、この国を守護するといわれる、伝説の聖獣たちが集まっていた。

黄金の鬣を持つ巨大な獅子、純白の体毛を持つ狼、そして、空を舞う銀色の翼を持つグリフォン。
彼らは、これまで、王であるライオネルにすら滅多にその姿を見せることはなかった。

聖獣たちは、ライオネルとユリアンの前に進み出ると、恭しく、その頭を垂れた。

聖獣たちは、ライオネルとユリアンの前に進み出ると、恭しく、その頭を垂れた。
それは、彼らが、この二人を、真の王と、その番として、認めた証だった。

ライオネルは驚きに目を見張り、隣に立つユリアンを見た。ユリアンもまた、信じられないという表情でライオネルを見つめ、そして、幸せそうに微笑んだ。

「……なぜ、だ……」

ライオネルが、戸惑うように呟くと、セラフィオは、にこやかに答えた。

「聖獣たちは、力の強さだけで、主を選ぶのではございません。その魂の高潔さ、そして慈愛の深さを見ているのです。

陛下、あなたは愛する者のために、自らの命を投げ出す覚悟を示された。そしてユリアン様は、その全てを、愛で包み込まれた。
お二人のその魂こそが、この国を導くにふさわしいと、聖獣たちも認めたのでございます」

その言葉を聞きながら、ライオネルは、隣に立つユリアンの手を、強く、強く握りしめた。
失った力など、どうでもよかった。
自分には、このかけがえのない番がいる。
それだけで、自分は、世界で一番、幸せな王なのだから。



(第七章 完)


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