31 / 40
第七章:立場逆転の愛
第三十話:溺愛の始まり
しおりを挟む
ユリアンが、自らの意志でライオネルを求めたあの夜を境に、二人の関係は、甘く、そして穏やかなものへと変わっていった。
ライオネルの心から焦りや嫉妬といった棘は完全に消え去り、その代わりにユリアンに対する深い愛情と、そして「溺愛」と呼ぶにふさわしい感情が、泉のように湧き上がってくるのを、自分でも止められなくなっていた。
「ユリアン、少し顔色が悪いのではないか。今日の政務は休め」
「いいえ、大丈夫ですよ、ライオネル。少し、寝不足なだけです」
「駄目だ。休め。これは王命だ」
朝、ユリアンが少しでも顔をしかめようものなら、ライオネルはすぐに駆けつけ、半ば強引に彼をベッドへと押し戻す。
そして、ユリアンが眠りにつくまで、その手を握り、髪を優しく撫で続けるのだ。
以前の彼からは、到底考えられないような、過保護なまでの甲斐甲斐しさだった。
力を失ったライオネルは、日中は、書庫で治世に関する書物を読んだり、ユリアンが目を通す書類に、先に目を通して助言を与えたりして過ごした。
彼は、もはや剣を振るうことはできなくとも、その明晰な頭脳と、王としての経験は、何一つ失われてはいなかった。むしろ、これまで力に頼りがちだった部分が削ぎ落とされたことで、その知性は、より深く、鋭く、磨きがかかっているようでもあった。
「ここの関税だが、もう少し引き下げるべきだ。民の負担が大きすぎる」
「ですが、そうすると、国の歳入が……」
「その分、貴族どもに課している贅沢税を、さらに引き上げればいい。文句を言う者もいるだろうが俺が黙らせる」
ユリアンが政務を終えて部屋に戻ると、ライオネルは、必ず彼を温かく迎え入れた。
疲れた体をマッサージし、温かい茶を淹れ、そして、その日あった出来事を優しく聞いてやる。
それは、かつてユリアンが、孤独な王の心を癒そうとしていた時と、全く同じ光景だった。
「……ふふっ」
ある夜、ライオネルに髪を梳かされながら、ユリアンは思わず笑みを漏らした。
「どうした?」
「なんだか立場が、すっかり逆になってしまいましたね」
その言葉に、ライオネルは、ユリアンの髪を梳く手を止め、その肩を優しく抱きしめた。
「……そうだな。俺は、ずっとお前に甘えてばかりだ」
「いいんです。僕は、あなたに甘えられるのが、幸せですから」
「ユリアン……」
ライオネルは、ユリアンを自分の方へと向き直らせると、その瞳をじっと見つめた。
その琥珀の瞳は、もう獣のような激しさはなく、ただ蕩けるように甘く、そして穏やかな光をたたえている。
「……愛している。お前が俺の全てだ」
毎日のように、彼は、その言葉を囁いた。
朝、目覚めた時も食事の時も、そして、夜、体を重ねる時も。
かつて父が母にしたように、愛がいつか番を傷つけることを恐れていた。だが今は違う。この愛を言葉にし、伝え続けなければ、腕の中にある温もりも、幸せも、まるで砂のように指の間からこぼれ落ちてしまいそうで、ただ怖かったのだ。
その溺愛ぶりは、城の者たちの間でも、微笑ましい噂となっていた。
「陛下は、ユリアン様が可愛くて仕方がないらしい」
「あれほど冷徹だったお方が、まるで人の変わったようだ」
「それだけ、ユリアン様が、陛下にとって、かけがえのない存在だということだろう」
宰相グレンも、そんな二人の姿を、目を細めて見守っていた。
力を失ったことで、王は真の愛と、そして、人を信じることの温かさを知った。それは、この国にとって、何物にも代えがたい、大きな財産となるだろう。
そんなある日、大神官セラフィオが、二人の元を訪れた。
「陛下、ユリアン様。
お二人を祝福する聖獣たちがお見えになりました」
セラフィオに導かれて、二人が向かったのは、城の最も奥にある、聖域の庭園だった。
そこには、この国を守護するといわれる、伝説の聖獣たちが集まっていた。
黄金の鬣を持つ巨大な獅子、純白の体毛を持つ狼、そして、空を舞う銀色の翼を持つグリフォン。
彼らは、これまで、王であるライオネルにすら滅多にその姿を見せることはなかった。
聖獣たちは、ライオネルとユリアンの前に進み出ると、恭しく、その頭を垂れた。
聖獣たちは、ライオネルとユリアンの前に進み出ると、恭しく、その頭を垂れた。
それは、彼らが、この二人を、真の王と、その番として、認めた証だった。
ライオネルは驚きに目を見張り、隣に立つユリアンを見た。ユリアンもまた、信じられないという表情でライオネルを見つめ、そして、幸せそうに微笑んだ。
「……なぜ、だ……」
ライオネルが、戸惑うように呟くと、セラフィオは、にこやかに答えた。
「聖獣たちは、力の強さだけで、主を選ぶのではございません。その魂の高潔さ、そして慈愛の深さを見ているのです。
陛下、あなたは愛する者のために、自らの命を投げ出す覚悟を示された。そしてユリアン様は、その全てを、愛で包み込まれた。
お二人のその魂こそが、この国を導くにふさわしいと、聖獣たちも認めたのでございます」
その言葉を聞きながら、ライオネルは、隣に立つユリアンの手を、強く、強く握りしめた。
失った力など、どうでもよかった。
自分には、このかけがえのない番がいる。
それだけで、自分は、世界で一番、幸せな王なのだから。
(第七章 完)
ライオネルの心から焦りや嫉妬といった棘は完全に消え去り、その代わりにユリアンに対する深い愛情と、そして「溺愛」と呼ぶにふさわしい感情が、泉のように湧き上がってくるのを、自分でも止められなくなっていた。
「ユリアン、少し顔色が悪いのではないか。今日の政務は休め」
「いいえ、大丈夫ですよ、ライオネル。少し、寝不足なだけです」
「駄目だ。休め。これは王命だ」
朝、ユリアンが少しでも顔をしかめようものなら、ライオネルはすぐに駆けつけ、半ば強引に彼をベッドへと押し戻す。
そして、ユリアンが眠りにつくまで、その手を握り、髪を優しく撫で続けるのだ。
以前の彼からは、到底考えられないような、過保護なまでの甲斐甲斐しさだった。
力を失ったライオネルは、日中は、書庫で治世に関する書物を読んだり、ユリアンが目を通す書類に、先に目を通して助言を与えたりして過ごした。
彼は、もはや剣を振るうことはできなくとも、その明晰な頭脳と、王としての経験は、何一つ失われてはいなかった。むしろ、これまで力に頼りがちだった部分が削ぎ落とされたことで、その知性は、より深く、鋭く、磨きがかかっているようでもあった。
「ここの関税だが、もう少し引き下げるべきだ。民の負担が大きすぎる」
「ですが、そうすると、国の歳入が……」
「その分、貴族どもに課している贅沢税を、さらに引き上げればいい。文句を言う者もいるだろうが俺が黙らせる」
ユリアンが政務を終えて部屋に戻ると、ライオネルは、必ず彼を温かく迎え入れた。
疲れた体をマッサージし、温かい茶を淹れ、そして、その日あった出来事を優しく聞いてやる。
それは、かつてユリアンが、孤独な王の心を癒そうとしていた時と、全く同じ光景だった。
「……ふふっ」
ある夜、ライオネルに髪を梳かされながら、ユリアンは思わず笑みを漏らした。
「どうした?」
「なんだか立場が、すっかり逆になってしまいましたね」
その言葉に、ライオネルは、ユリアンの髪を梳く手を止め、その肩を優しく抱きしめた。
「……そうだな。俺は、ずっとお前に甘えてばかりだ」
「いいんです。僕は、あなたに甘えられるのが、幸せですから」
「ユリアン……」
ライオネルは、ユリアンを自分の方へと向き直らせると、その瞳をじっと見つめた。
その琥珀の瞳は、もう獣のような激しさはなく、ただ蕩けるように甘く、そして穏やかな光をたたえている。
「……愛している。お前が俺の全てだ」
毎日のように、彼は、その言葉を囁いた。
朝、目覚めた時も食事の時も、そして、夜、体を重ねる時も。
かつて父が母にしたように、愛がいつか番を傷つけることを恐れていた。だが今は違う。この愛を言葉にし、伝え続けなければ、腕の中にある温もりも、幸せも、まるで砂のように指の間からこぼれ落ちてしまいそうで、ただ怖かったのだ。
その溺愛ぶりは、城の者たちの間でも、微笑ましい噂となっていた。
「陛下は、ユリアン様が可愛くて仕方がないらしい」
「あれほど冷徹だったお方が、まるで人の変わったようだ」
「それだけ、ユリアン様が、陛下にとって、かけがえのない存在だということだろう」
宰相グレンも、そんな二人の姿を、目を細めて見守っていた。
力を失ったことで、王は真の愛と、そして、人を信じることの温かさを知った。それは、この国にとって、何物にも代えがたい、大きな財産となるだろう。
そんなある日、大神官セラフィオが、二人の元を訪れた。
「陛下、ユリアン様。
お二人を祝福する聖獣たちがお見えになりました」
セラフィオに導かれて、二人が向かったのは、城の最も奥にある、聖域の庭園だった。
そこには、この国を守護するといわれる、伝説の聖獣たちが集まっていた。
黄金の鬣を持つ巨大な獅子、純白の体毛を持つ狼、そして、空を舞う銀色の翼を持つグリフォン。
彼らは、これまで、王であるライオネルにすら滅多にその姿を見せることはなかった。
聖獣たちは、ライオネルとユリアンの前に進み出ると、恭しく、その頭を垂れた。
聖獣たちは、ライオネルとユリアンの前に進み出ると、恭しく、その頭を垂れた。
それは、彼らが、この二人を、真の王と、その番として、認めた証だった。
ライオネルは驚きに目を見張り、隣に立つユリアンを見た。ユリアンもまた、信じられないという表情でライオネルを見つめ、そして、幸せそうに微笑んだ。
「……なぜ、だ……」
ライオネルが、戸惑うように呟くと、セラフィオは、にこやかに答えた。
「聖獣たちは、力の強さだけで、主を選ぶのではございません。その魂の高潔さ、そして慈愛の深さを見ているのです。
陛下、あなたは愛する者のために、自らの命を投げ出す覚悟を示された。そしてユリアン様は、その全てを、愛で包み込まれた。
お二人のその魂こそが、この国を導くにふさわしいと、聖獣たちも認めたのでございます」
その言葉を聞きながら、ライオネルは、隣に立つユリアンの手を、強く、強く握りしめた。
失った力など、どうでもよかった。
自分には、このかけがえのない番がいる。
それだけで、自分は、世界で一番、幸せな王なのだから。
(第七章 完)
274
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
『君を幸せにする』と毎日プロポーズしてくるチート宮廷魔術師に、飽きられるためにOKしたら、なぜか溺愛が止まらない。
春凪アラシ
BL
「君を一生幸せにする」――その言葉が、これほど厄介だなんて思わなかった。
チート宮廷魔術師×うさぎ獣人の道具屋。
毎朝押しかけてプロポーズしてくる天才宮廷魔術師・シグに、うんざりしながらも返事をしてしまったうさぎ獣人の道具屋である俺・トア。
でもこれは恋人になるためじゃない、“一目惚れの幻想を崩し、幻滅させて諦めさせる作戦”のはずだった。
……なのに、なんでコイツ、飽きることなく俺の元に来るんだよ?
“うさぎ獣人らしくない俺”に、どうしてそんな真っ直ぐな目を向けるんだ――?
見た目も性格も不釣り合いなふたりが織りなす、ちょっと不器用な異種族BL。
同じ世界観の「「世界一美しい僕が、初恋の一目惚れ軍人に振られました」僕の辞書に諦めはないので全力で振り向かせます」を投稿してます!トアも出てくるので良かったらご覧ください✨
推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!
木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。
この話は小説家になろうにも投稿しています。
虐げられた令息の第二の人生はスローライフ
りまり
BL
僕の生まれたこの世界は魔法があり魔物が出没する。
僕は由緒正しい公爵家に生まれながらも魔法の才能はなく剣術も全くダメで頭も下から数えたほうがいい方だと思う。
だから僕は家族にも公爵家の使用人にも馬鹿にされ食事もまともにもらえない。
救いだったのは僕を不憫に思った王妃様が僕を殿下の従者に指名してくれたことで、少しはまともな食事ができるようになった事だ。
お家に帰る事なくお城にいていいと言うので僕は頑張ってみたいです。
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、
両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。
フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。
丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。
他サイトでも公開しております。
沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました
ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。
落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。
“番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、
やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。
喋れぬΩと、血を信じない宰相。
ただの契約だったはずの絆が、
互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。
だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、
彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。
沈黙が祈りに変わるとき、
血の支配が終わりを告げ、
“番”の意味が書き換えられる。
冷血宰相×沈黙のΩ、
偽りの契約から始まる救済と革命の物語。
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる