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番外編
賢臣の追憶
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獣王国の宰相、グレン・アシュフォードは、執務室の窓から、庭で穏やかな時を過ごす二人の王と、その腕に抱かれた幼い王子の姿を、目を細めて眺めていた。
(……あの嵐のような日々が、まるで遠い昔のことのようだ)
数年前、隣国から人質としてΩの少年が献上されると聞いた時、グレンは、また厄介事が増える、と内心で深くため息をついたものだ。先王の暴走と、その後の混乱。若き新王ライオネルは、確かに優れた資質を持っていたが、その心は深い孤独と、父王へのトラウマによって、氷のように固く閉ざされていた。
その心を溶かすどころか、刺激しかねない「番」という存在。グレンは、最悪の事態ばかりを予測していた。
そして、その予測は、ある意味で的中した。
ライオネル陛下は、明らかにユリアン様に惹かれながらも、頑なにそれを拒絶し、傷つけた。ユリアン様もまた、その孤独な魂に寄り添おうと、必死にもがいていた。
見ていて、歯がゆい日々だった。だが、老練な宰相は、ただ静観することしかできなかった。王の心の壁は、他人が外から壊せるほど、やわなものではなかったからだ。
「宰相、あのΩをどう思う」と、不機嫌そうに問われたことも一度や二度ではない。
その度に、「陛下の御心のままに」と当たり障りのない返答をしながらも、内心では「素直におなりくだされ」と何度叫びそうになったことか。
転機となったのは、セレスタ国の侵攻だった。
あの時、ユリアン様が、たった一人で敵陣に乗り込むと告げた時の、あの澄んだ瞳を、グレンは生涯忘れることはないだろう。
それは、ただのか弱いΩのものではなかった。国を、民を、そして何より愛する王を守ろうとする、気高い「王妃」の瞳だった。
そして、そのユリアン様を救うため、単騎で敵陣に突入したライオネル陛下。
あの時、グレンは、初めて王の心の奥底にある、燃えるような情熱と、深い愛を見た。
(あのお二人は、互いを傷つけ合い、そして、互いを救い合ったのだ)
力を失い、絶望の淵に立たされた王を、今度はユリアン様がその深い愛で支えた。
力を失ったことで、陛下は、真の王の器を手に入れた。恐怖による支配ではなく、対話と信頼によって国を導くという、本当の強さを。
そしてユリアン様は、その聡明さと慈愛の心で、陛下の隣に立つ、もう一人の王となった。
(……見事なものだ)
庭では、ライオネル陛下が、慣れない手つきでアステル王子を抱き上げ、高い高いをしている。
かつての冷徹な獣王の姿は、どこにもない。ただ、我が子を愛する、一人の父親の顔があるだけだ。
その隣で、ユリアン様が、少しはらはらしながらも、幸せそうに微笑んでいる。
あれほど忌み嫌っていた「家族」という温もりを、陛下は、ようやくその手にされたのだ。
先王の呪縛は、完全に断ち切られた。
ふと、グレンは、自分の目元が熱くなっていることに気づき、そっとハンカチで拭った。
この国に仕えて、数十年。これほどまでに、心が満たされたことはない。
「宰相閣下、いかがなされましたか?」
若い書記官が、心配そうに声をかける。
「……いや、何でもない。少し、陽光が眩しかっただけだ」
グレンは、そう言って微笑むと、再び窓の外に視線を戻した。
二人の王と、一人の王子。
獣王国の未来は、あの三人のもとに、どこまでも明るく、輝いている。
(陛下、ユリアン様。どうか、末永く、お幸せに。
この老いぼれは、もう少しだけ、あなた方の治世を見届けさせていただきますぞ)
宰相は、誰に聞かせるともなく、そう心の中で呟き、長年仕えてきた国と、その新しい未来に、深く、そして静かに、一礼した。
(……あの嵐のような日々が、まるで遠い昔のことのようだ)
数年前、隣国から人質としてΩの少年が献上されると聞いた時、グレンは、また厄介事が増える、と内心で深くため息をついたものだ。先王の暴走と、その後の混乱。若き新王ライオネルは、確かに優れた資質を持っていたが、その心は深い孤独と、父王へのトラウマによって、氷のように固く閉ざされていた。
その心を溶かすどころか、刺激しかねない「番」という存在。グレンは、最悪の事態ばかりを予測していた。
そして、その予測は、ある意味で的中した。
ライオネル陛下は、明らかにユリアン様に惹かれながらも、頑なにそれを拒絶し、傷つけた。ユリアン様もまた、その孤独な魂に寄り添おうと、必死にもがいていた。
見ていて、歯がゆい日々だった。だが、老練な宰相は、ただ静観することしかできなかった。王の心の壁は、他人が外から壊せるほど、やわなものではなかったからだ。
「宰相、あのΩをどう思う」と、不機嫌そうに問われたことも一度や二度ではない。
その度に、「陛下の御心のままに」と当たり障りのない返答をしながらも、内心では「素直におなりくだされ」と何度叫びそうになったことか。
転機となったのは、セレスタ国の侵攻だった。
あの時、ユリアン様が、たった一人で敵陣に乗り込むと告げた時の、あの澄んだ瞳を、グレンは生涯忘れることはないだろう。
それは、ただのか弱いΩのものではなかった。国を、民を、そして何より愛する王を守ろうとする、気高い「王妃」の瞳だった。
そして、そのユリアン様を救うため、単騎で敵陣に突入したライオネル陛下。
あの時、グレンは、初めて王の心の奥底にある、燃えるような情熱と、深い愛を見た。
(あのお二人は、互いを傷つけ合い、そして、互いを救い合ったのだ)
力を失い、絶望の淵に立たされた王を、今度はユリアン様がその深い愛で支えた。
力を失ったことで、陛下は、真の王の器を手に入れた。恐怖による支配ではなく、対話と信頼によって国を導くという、本当の強さを。
そしてユリアン様は、その聡明さと慈愛の心で、陛下の隣に立つ、もう一人の王となった。
(……見事なものだ)
庭では、ライオネル陛下が、慣れない手つきでアステル王子を抱き上げ、高い高いをしている。
かつての冷徹な獣王の姿は、どこにもない。ただ、我が子を愛する、一人の父親の顔があるだけだ。
その隣で、ユリアン様が、少しはらはらしながらも、幸せそうに微笑んでいる。
あれほど忌み嫌っていた「家族」という温もりを、陛下は、ようやくその手にされたのだ。
先王の呪縛は、完全に断ち切られた。
ふと、グレンは、自分の目元が熱くなっていることに気づき、そっとハンカチで拭った。
この国に仕えて、数十年。これほどまでに、心が満たされたことはない。
「宰相閣下、いかがなされましたか?」
若い書記官が、心配そうに声をかける。
「……いや、何でもない。少し、陽光が眩しかっただけだ」
グレンは、そう言って微笑むと、再び窓の外に視線を戻した。
二人の王と、一人の王子。
獣王国の未来は、あの三人のもとに、どこまでも明るく、輝いている。
(陛下、ユリアン様。どうか、末永く、お幸せに。
この老いぼれは、もう少しだけ、あなた方の治世を見届けさせていただきますぞ)
宰相は、誰に聞かせるともなく、そう心の中で呟き、長年仕えてきた国と、その新しい未来に、深く、そして静かに、一礼した。
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