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番外編
獣王家の日常
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獣王国の朝は、鳥のさえずりと共に始まる。
しかし、王の寝室だけは、もう少しだけ遅い特別な朝を迎えていた。
「……ん……」
ユリアンが、心地よい温もりの中で目を覚ますと、すぐ隣には、愛しい二つの寝顔があった。
夫であるライオネルと、その腕の中で、まるで小さな雛のように丸まって眠る、息子のアステル。
アステルは、最近ようやく一人で寝返りができるようになったばかりで、眠っている間に、どういうわけか父親の腕の中にもぐりこんでしまうのが常だった。
(……本当に、そっくり)
黄金の髪も、少し気難しそうな眉の形も、眠っていてもきゅっと結ばれがちな口元も、父親であるライオネルに生き写しだ。
その光景が、あまりに愛おしくて、ユリアンは思わず笑みをこぼした。
「……起きたのか、ユリアン」
ライオネルが、低い声で囁きながら、薄く目を開けた。その琥珀の瞳は、朝の光を受けて、蜂蜜のようにとろりと甘い。
「おはよう、ライオネル。よく眠れた?」
「ああ。……お前たちが隣にいれば、悪夢を見ることもない」
そう言って、ライオネルは、ユリアンの額に優しいキスを落とす。
そして、自分の腕の中で眠るアステルの柔らかな頬にも。
かつて、孤独な獣のように、広いベッドで一人眠っていた王の姿は、もうどこにもない。
「んー……あう?」
二人の気配を感じたのか、アステルが、身じろぎをして、小さな声で喃語を漏らした。そして、ぱちり、と大きな青い瞳を開ける。その瞳は、母親であるユリアンから受け継いだ、澄んだ空の色をしていた。
「おはよう、アステル。よく眠れた?」
ユリアンが、その小さな頬を撫でると、アステルは、きゃっきゃと嬉しそうに笑い、小さな手を伸ばして、父親の髪をぎゅっと掴んだ。
「おい、こら。痛いだろうが」
ライオネルは、眉をひそめてみせるが、その声には、怒りの色など微塵もない。むしろ、たまらなく愛おしいとでも言うかのように、その瞳は細められていた。
朝食は、いつも家族三人で、陽光が差し込むバルコニーでとるのが習慣だった。
まだ固形物が食べられないアステルのためには、ユリアンが厨房を借りて、愛情を込めて作った特製の野菜スープが用意される。
「ほら、アステル。あーん」
ライオネルが、慣れない手つきで、小さな銀の匙をアステルの口元へ運ぶ。
しかし、アステルは、ぷい、と顔を背けてしまった。
「……なぜだ。なぜ食べん」
「ふふっ。ライオネル、もっと、優しくしないと」
ユリアンは、ライオネルから匙を受け取ると、にこやかにアステルに語りかけた。
「アステル、美味しいよ。父上が、昨夜、畑から採ってきてくれた、甘い人参のスープだよ」
すると、アステルは、今度は素直に口を開け、こくこくとスープを飲み始めた。
「……なぜ、お前だと食べるんだ?」
むすっとした顔で、ライオネルが呟く。その様子は、まるで拗ねた子供のようで、ユリアンは、思わず吹き出してしまった。
「まだまだ、父親修行が足りませんね」
「うるさい。……だが、まあいい。次こそは、俺が食わせてやる」
かつて、国中の全てを力で支配してきた王が、今や、たった一人の息子の食事に、一喜一憂している。
その光景を、少し離れた場所から見守っていた宰相グレンが、満足そうに頷いているのを、ユリアンは見逃さなかった。
午後、二人が執務に励む間、アステルは、乳母や侍女たちに囲まれて、子供部屋で過ごす。
しかし、ライオネルは、仕事の合間に、何度も子供部屋を覗きに行っては、グレンに「陛下、公私混同はおやめください」と、釘を刺されるのが常だった。
夕食を終え、寝室に戻る頃には、アステルはもう、遊び疲れて、ユリアンの腕の中で、こくりこくりと舟を漕いでいる。
「……俺が、寝かしつけよう」
ライオネルは、そっとアステルを抱き上げると、広いベッドへと運んだ。
そして、その小さな背中を、大きな掌で優しく、一定のリズムで叩き始める。
やがて、アステルが、すーすーと安らかな寝息を立て始めると、ライオネルは、ユリアンの隣に腰を下ろし、その肩をそっと抱き寄せた。
「……今日も、一日が終わったな」
「はい。とても、幸せな一日でした」
「ああ。……毎日が、奇跡のようだ」
二人は、言葉もなく、眠る我が子の寝顔を見つめる。
そこには、王と王妃の姿はなく、ただ愛する我が子を見守る、一組の夫婦の姿があるだけだった。
多くの試練を乗り越え、今、こんなにも穏やかで、温かい、日常という名の幸せに、たどり着いた。
この幸せが、一日でも長く続くように。
ライオネルは、眠るユリアンとアステルを、まとめて腕の中に抱きしめながら、夜空に浮かぶ月に静かに、そう祈った。
しかし、王の寝室だけは、もう少しだけ遅い特別な朝を迎えていた。
「……ん……」
ユリアンが、心地よい温もりの中で目を覚ますと、すぐ隣には、愛しい二つの寝顔があった。
夫であるライオネルと、その腕の中で、まるで小さな雛のように丸まって眠る、息子のアステル。
アステルは、最近ようやく一人で寝返りができるようになったばかりで、眠っている間に、どういうわけか父親の腕の中にもぐりこんでしまうのが常だった。
(……本当に、そっくり)
黄金の髪も、少し気難しそうな眉の形も、眠っていてもきゅっと結ばれがちな口元も、父親であるライオネルに生き写しだ。
その光景が、あまりに愛おしくて、ユリアンは思わず笑みをこぼした。
「……起きたのか、ユリアン」
ライオネルが、低い声で囁きながら、薄く目を開けた。その琥珀の瞳は、朝の光を受けて、蜂蜜のようにとろりと甘い。
「おはよう、ライオネル。よく眠れた?」
「ああ。……お前たちが隣にいれば、悪夢を見ることもない」
そう言って、ライオネルは、ユリアンの額に優しいキスを落とす。
そして、自分の腕の中で眠るアステルの柔らかな頬にも。
かつて、孤独な獣のように、広いベッドで一人眠っていた王の姿は、もうどこにもない。
「んー……あう?」
二人の気配を感じたのか、アステルが、身じろぎをして、小さな声で喃語を漏らした。そして、ぱちり、と大きな青い瞳を開ける。その瞳は、母親であるユリアンから受け継いだ、澄んだ空の色をしていた。
「おはよう、アステル。よく眠れた?」
ユリアンが、その小さな頬を撫でると、アステルは、きゃっきゃと嬉しそうに笑い、小さな手を伸ばして、父親の髪をぎゅっと掴んだ。
「おい、こら。痛いだろうが」
ライオネルは、眉をひそめてみせるが、その声には、怒りの色など微塵もない。むしろ、たまらなく愛おしいとでも言うかのように、その瞳は細められていた。
朝食は、いつも家族三人で、陽光が差し込むバルコニーでとるのが習慣だった。
まだ固形物が食べられないアステルのためには、ユリアンが厨房を借りて、愛情を込めて作った特製の野菜スープが用意される。
「ほら、アステル。あーん」
ライオネルが、慣れない手つきで、小さな銀の匙をアステルの口元へ運ぶ。
しかし、アステルは、ぷい、と顔を背けてしまった。
「……なぜだ。なぜ食べん」
「ふふっ。ライオネル、もっと、優しくしないと」
ユリアンは、ライオネルから匙を受け取ると、にこやかにアステルに語りかけた。
「アステル、美味しいよ。父上が、昨夜、畑から採ってきてくれた、甘い人参のスープだよ」
すると、アステルは、今度は素直に口を開け、こくこくとスープを飲み始めた。
「……なぜ、お前だと食べるんだ?」
むすっとした顔で、ライオネルが呟く。その様子は、まるで拗ねた子供のようで、ユリアンは、思わず吹き出してしまった。
「まだまだ、父親修行が足りませんね」
「うるさい。……だが、まあいい。次こそは、俺が食わせてやる」
かつて、国中の全てを力で支配してきた王が、今や、たった一人の息子の食事に、一喜一憂している。
その光景を、少し離れた場所から見守っていた宰相グレンが、満足そうに頷いているのを、ユリアンは見逃さなかった。
午後、二人が執務に励む間、アステルは、乳母や侍女たちに囲まれて、子供部屋で過ごす。
しかし、ライオネルは、仕事の合間に、何度も子供部屋を覗きに行っては、グレンに「陛下、公私混同はおやめください」と、釘を刺されるのが常だった。
夕食を終え、寝室に戻る頃には、アステルはもう、遊び疲れて、ユリアンの腕の中で、こくりこくりと舟を漕いでいる。
「……俺が、寝かしつけよう」
ライオネルは、そっとアステルを抱き上げると、広いベッドへと運んだ。
そして、その小さな背中を、大きな掌で優しく、一定のリズムで叩き始める。
やがて、アステルが、すーすーと安らかな寝息を立て始めると、ライオネルは、ユリアンの隣に腰を下ろし、その肩をそっと抱き寄せた。
「……今日も、一日が終わったな」
「はい。とても、幸せな一日でした」
「ああ。……毎日が、奇跡のようだ」
二人は、言葉もなく、眠る我が子の寝顔を見つめる。
そこには、王と王妃の姿はなく、ただ愛する我が子を見守る、一組の夫婦の姿があるだけだった。
多くの試練を乗り越え、今、こんなにも穏やかで、温かい、日常という名の幸せに、たどり着いた。
この幸せが、一日でも長く続くように。
ライオネルは、眠るユリアンとアステルを、まとめて腕の中に抱きしめながら、夜空に浮かぶ月に静かに、そう祈った。
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