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甘い香りと隠しきれない想い
しおりを挟む翌朝、陸は母親が作ってくれたお弁当を手に登校した。久しぶりに朝食もきちんと食べ、昨日よりは体調が良い。
「おはよう、陸」
教室に入ると、大輝がいつものように隣の席で待っていた。
「おはよう。昨日はありがとう」
「どういたしまして。調子どう?」
「昨日よりは……でも、まだちょっと」
陸は正直に答えた。確かに昨日よりはマシだが、体の奥に潜む熱は消えていない。
「無理すんなよ。今日も様子見ながらだからな」
大輝の言葉に、陸は小さく頷いた。
一時間目の国語。
陸は久しぶりに集中して授業を受けることができた。大輝が隣にいる安心感が大きい。
休み時間、大輝が安堵の表情を見せる。
「うん。昨日、おばさんとおじさんに優しくしてもらったから」
「良かった。久しぶりだったもんな」
「……そうだね」
陸は少し寂しそうに微笑んだ。両親が忙しく、最近は家族での時間が少なかった。
二時間目の数学もなんとか乗り切った。しかし、三時間目の体育で陸の表情が曇る。
「今日も見学?」
担任の先生が心配そうに尋ねる。
「はい……すみません」
「無理しないでいいからね。保健室で休んでても構わないよ」
陸は見学届を提出し、体育館の隅で他の生徒たちの様子を見ていた。自分も普通に参加したいのに。
「白石、また見学かよ」
不意に声をかけられ、振り返ると飯田が立っていた。
「……はい」
「やっぱり発情期近いんだ。匂いでバレバレだぞ」
陸の血の気が引いた。
「匂い……?」
「甘い匂いしてるじゃん。Ωの発情期前の匂いって有名だろ?」
陸は慌てて自分の制服の匂いを嗅ぐ。
確かに、ほんのりと甘い香りがする。
「やば……」
「まあ、自然なことだから気にすんなよ。
でも、αの連中は反応するかもな」
昼休み、陸は一人で中庭のベンチに座っていた。
人気のない場所で、一人になりたかった。
「こんなところにいたのか」
振り返ると、大輝が心配そうに立っていた。
「大輝……」
「教室にいなかったから探したぞ。どうした?」
大輝は陸の隣に座る。その瞬間、陸の甘い香りがふわりと漂う。
「……やっぱり」
大輝の表情が少し変わった。
「匂い、出てるよね」
陸は恥ずかしそうに俯く。
「うん。でも、俺は全然気にしないから」
「でも、他の人に迷惑……」
「迷惑じゃない」
大輝は陸の肩に手を置いた。
「お前の匂い、俺は好きだから」
その言葉に、陸の心臓がドキンと跳ねる。
「す、好きって……」
「あ、いや……その……」
今度は大輝が慌てる番だった。
「つまり、嫌じゃないってこと」
「……そう」
午後の授業中、陸の症状はさらに進行していた。五時間目の英語では、途中で息苦しくなる。
「大丈夫?」
隣の大輝が小声で尋ねる。
「ちょっと……暑くて」
「窓開けようか?」
「ありがとう……」
大輝が窓を開けてくれたが、陸の体の熱は引かない。むしろ、大輝の優しさに触れるたび胸の奥が甘く疼く。
六時間目の社会。陸はとうとう我慢できなくなった。
「先生、気分が悪いので保健室に……」
「分かりました。桐谷君、付き添ってもらえますか?」
「はい」
大輝に支えられながら、陸は保健室に向かう。廊下を歩く間も、甘い香りは濃くなる一方だ。
「もう、隠しきれないな」
大輝が小さく呟く。
「ごめん……迷惑かけて」
「迷惑じゃないって言ってるだろ」
保健室で横になった陸を見て、養護教諭が声をかける。
「最近、よく来るわね。発情期が近いの?」
「……はい」
「匂いでも分かるわ。無理しないで、早退してもいいのよ」
陸は迷った。明日は試験前最後の授業だ。
「明日まで頑張りたいんです」
「そう……でも、無理は禁物よ」
養護教諭は陸の額に手を当てた。
「微熱もあるわね。今日はもう帰った方がいいと思うけど」
「でも……」
「俺が送ってく」
大輝が当然のように言う。
「でも、授業……」
「お前の方が大事だ」
その言葉に、陸の胸が熱くなる。
結局、陸は早退することになった。大輝も一緒に帰ると言って聞かない。
二人は並んで学校を出る。街には人が少ない。
「今日も、うち来るか?」
「でも……」
「お母さん、昨日すごく嬉しそうだったから。また来いって言ってたし」
陸は少し心が揺れた。
「……お邪魔してもいい?」
「もちろん」
桐谷家に着くと、里奈が洗濯物を取り込んでいた。
「あら、陸くん。大丈夫なの?」
「はい……」
「体調悪い時は無理しちゃダメ」
リビングで横になった陸の隣に、大輝が座った。
「楽になった?」
「うん……ちょっと」
しかし、大輝が近くにいると、胸がドキドキする。甘い香りも、さらに濃くなる。
「大輝……ちょっと離れて」
「え?なんで?」
「その……匂いが……」
大輝は理解して少し離れた椅子に座り直す。
「これでどう?」
「……うん」
でも本当は、離れてほしくない。心は複雑だった。
「陸」
「何?」
「俺のこと、嫌いになった?」
「そんなわけない!」
「でも、離れろって……」
「それは……その……」
陸は顔を真っ赤にしながら答えた。
「大輝が近くにいると、ドキドキして……変になっちゃうから」
その告白に、大輝の胸が高鳴る。
「変って?」
「言わない……」
陸は枕に顔を埋めた。
「俺も同じだよ」
大輝の小さな呟きに、陸は顔を上げた。
「え?」
「俺も、お前が近くにいるとドキドキする。特に最近は……お前のことばっかり考えてる」
二人の間に、甘い空気がゆっくり満ちていく。
「陸……」
「大輝……」
その時、里奈の声が響き、二人は慌てて離れた。
「お茶、入れたわよー」
「あ、ありがとうございます」
体調と想いの狭間で揺れる陸。その胸には、甘く熱い余韻が静かに残った。
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