婚約破棄された公爵令嬢は心を閉ざして生きていく

おいどん

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許されぬ甘い囁き

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それから何度か、アメリアは学園での時間をレオナールと共に過ごした。
最初は婚約破棄されたアメリアが何かをしでかさないかという監視が目的かと疑っていたが、その疑惑はすぐに払拭された。
図書室で勉強をしたり、昼食をとったり、時にはレオナールが街で人気のお菓子を持ってきてくれることもあった。
明るく楽しいレオナールと過ごすそのひと時だけ、アメリアは苦しみを紛らわすことができた。

そしてしばしの時が経ち、グランシエール家の庭園の花々が咲き乱れる頃、アメリアは屋敷にレオナールを招待した。



「今日はご招待ありがとう、アメリア嬢」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」

両親を交えしばしの歓談をした後、二人は庭園へと降りた。
暖かな日差しが降り注ぐ中、色とりどりの美しい花々が整然と咲き誇っている。

「これは…見事だな」
「ありがとうございます」

自然に差し出されたレオナールの左腕に、アメリアはそっと手を添える。
男性のエスコートには慣れたつもりではあったが、服の上からでもわかる筋肉の付いたレオナールの逞しい腕に、アメリアは少しだけ緊張していた。

「グランシエール公は花がお好きなのか?」
「元は、母が好きだったのです。母のために、父が美しい庭園を…と」
「そうか、グランシエール公は夫人のことを大切にされているのだな」
「えぇ、娘の私から見ても、憧れますわ」
「それはとても良いことだ」

アメリアは隣に立つレオナールの横顔をちらりと見上げる。
美しい金色の長髪に、澄んだ青い瞳、バランスの良い筋肉と背筋の伸びた佇まいは、王族でなくとも学園中の女性を虜にしただろう。
それでも、彼には婚約者がいなかった。
しかしそれも、時間の問題だろう。
レオナールさえ頷けば、彼と共になりたい女性など数多いるのだから。

「ん、どうかしたか?」

アメリアの視線に気付き、レオナールが首を傾げる。
アメリアは慌てて目を逸らし、えぇと、と口ごもった。

「レオナール様は、とても素敵な方だな…と」
「…えっ?」

思いもよらぬアメリアの発言に、レオナールは彼らしからぬ間抜けな声を漏らした。

「私を案じて、声をかけてくださったのですよね
おかげで最近は、穏やかに日々を過ごせております」

そう言って微笑んだアメリアの顔を見て、レオナールは僅かに顔を顰めた。
半分は本心で言ってくれてるのだろう。
しかし、とてもじゃないが心中穏やかに過ごしているとは思えなかった。

「…確かに最初は、アメリア嬢が気がかりで話しかけた
だが今は、貴女と…共に時間を過ごしたいと思って」

レオナールは、自身の体が熱を帯びていくのを感じた。
アメリアがルシアンの婚約者であった頃は、一定の距離を保つようにしていた。
相手はいずれこの国の王妃となる令嬢であり、自身の上に立つ存在である――と。
しかし今このような関係になって、レオナールは誤魔化すことができない程、アメリアに惹かれていた。
貴族令嬢らしい気品溢れる振る舞いも、時折見せる年相応の女の子らしい表情も、もっと側で見たいと思うようになった。
苦しみや悲しみを閉じ込めて、決して誰のことも悪く言わず、常に強く美しくいようとするアメリアを、レオナールは守ってあげたかった。

でも、アメリアは未だに誰にも心を開かない―――

「そのような…私にはもったないないお言葉でございます」
「もったいないなど…俺の本当の気持ちだ」
「レオナール様…ありがとうございます」
「アメリア嬢」

レオナールは立ち止まり、左手でアメリアの右手を優しく包む。

「貴女はとても聡明で美しく――その――可愛らしい方だ」
「かわいらしい…?」

レオナールの言葉に、アメリアは驚きと恥じらいで言葉を詰まらせた。
「可愛らしい」なんて、幼い頃以来言われたことがなかった。
気品があるとか、大人びているとか、そんな褒め言葉はあったものの、「可愛い」なんて言葉は、自分には似つかわしくないものだと思っていた。

「そ、そんな、私が可愛らしいだなんて…」
「本当だよ。俺は、そんな貴女と過ごす時間がとても楽しいんだ」

カァッと、アメリアの顔が赤くなる。
覗き見たレオナールの顔も熱を帯びていて、決して彼も女性を口説き慣れているわけではないことが読み取れた。
例えお世辞やアメリアを励ますために言ったことであっても、レオナールが勇気を出してそう言ってくれたことが、アメリアは嬉しかった。

「レオナール様、ありがとうございます
私も、とても楽しく思っております」

ニコッと笑ったアメリアを見て、レオナールはほっとしたように笑みを浮かべた。

それから二人で庭園を散歩した後、レオナールは「また二人で会おう」と言い残して帰っていった。
アメリアにとって、ルシアン以外の男性とこうして親密になるのは当然のことながら初めてだった。
だからこそ、レオナールの言葉が社交辞令によるものなのか、異性としての甘い囁きなのか、アメリアには判断できなかった。

例え、後者だったとしても、それを信じたくはない。
信じて期待して、そうではなかったときの苦しみを、もう味わいたくはない。
政治的な利益の上結ばれた婚姻の方が、確固たる私の生きる意味となるもの…





それから数日が経ち、アメリアはレオナールから食事の招待を受けた。
随分と食が細くなったこともあり、王都での食事を共にするのは少し不安はあったが、断る理由もなく、むしろ楽しみな気持ちが勝っていた。
レオナールに案内されたレストランは、さすが王族御用達ともありとても豪奢で、奥まった個室に二人は通された。

「とても素敵なレストランですね」
「ここは料理も美味しいんだ、期待していいぞ」
「ふふ、楽しみですわ」

レオナールの言った通り、出てくる食事はとても美味しく、見た目でも楽しめるものだった。
スープや野菜を中心とした食べやすい内容に加え、アメリアの分はかなり量を減らしているようで、あらかじめレオナールがそう頼んでおいてくれたのだろう。
その気遣いが、アメリアはとても嬉しく、ありがたかった。

「食事は楽しめたか?」

食後の紅茶を飲みながら、レオナールは優しい笑みをアメリアに向ける。

「えぇ、とても美味しかったです」

沈黙が流れ、レオナールはカップをテーブルに置く。
そして少し躊躇った後、口を開いた。

「今更にはなってしまったが、この度のこと、本当に申し訳なかった」

突然の謝罪に、アメリアは目を丸くして驚く。
この度というのは、婚約破棄のことだろう。
レオナールは確かに王族ではあるが、彼自身には何の責任もない。

「レオナール様が謝ることではありませんわ」
「殿下は年も近く、幼い頃の俺にとっては弟のような存在だったんだ
そんな殿下がこんなことをしでかしたのは、正直情けない」
「…それだけのお考えが、殿下にもおありだったのでしょう」

アメリアの返答に、レオナールは納得していないようだった。

「もっと早くアメリア嬢に謝りたかったんだが、苦しみを思い出させてしまうかと思うと…なかなか言い出せなかった」
「そのお気持ちだけで十分でございます」
「余計なお世話かもしれないが…心配なんだ」
「王家からは、十分な対応をしていただいたと聞きました
グランシエール家としては、これ以上何かを求めるつもりはございません」
「グランシエール家ではなく、アメリア嬢自身のことだ!」

突然大きな声でそう言われ、アメリアの肩がびくっと跳ねる。

「君は国のために、ルシアンのために尽くしてきた!
それなのにこんな仕打ち、あんまりだろう」
「レオナール様…」
「君は本当に強い女性だ。文句も言わず、黙って受け入れて…
ルシアンのことも、ロゼット嬢のことも、君には非難する権利があるのに」

感情高ぶるレオナールから出る言葉は、アメリアの核心をついていた。
心の奥底にしまった渦巻く負の感情が、今にも出てしまいそうなのをぐっと堪える。

「…私には、お二人を責める権利などございません」
「そんなことはない!言っていいんだ、君だけは」

そんな甘い誘惑、囁かないで。
口に出したら認めてしまう。
この薄汚い恨みも、妬みも、嫉妬も―――

アメリアは口を閉ざし、レオナールから視線を逸らした。
それを見て、レオナールは悲しそうに眉を八の字に寄せ、俯いた。

「…すまない、不躾だった。帰ろうか」

そう言ったレオナールの声は、微かに震えていた。



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