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本当の気持ち
しおりを挟む送らせてほしいというレオナールの申し出を断るわけにもいかず、馬車の中で並んで座り、グランシエール家への帰り道を共にする。
互いに話すことなく、馬たちのテンポの良い足音とタイヤが石畳をこする音だけが響く。
アメリアは先程のことをレオナールに謝りたかった。
レオナールは、アメリアを心配して言ってくれたのだ。
それでも、口を開けば我慢しているものが途切れてしまいそうで、何も言うことができなかった。
ああ、このままだと屋敷に着いてしまう。
そんなことをぼんやり考えていると、突然、レオナールがアメリアの右手に自身の手を重ね、ぎゅぅと力強く握った。
アメリアは驚き、レオナールを見上げる。
レオナールの全てを見透かそうとするような瞳が、じっとアメリアを見つめる。
その力強い瞳から、アメリアは目を離すことができなかった。
「…アメリア」
「…はい」
名を呼ばれ、アメリアの胸が高鳴る。
「もし君が、苦しみや悲しみも全てさらけ出したいと思った時は、俺を頼ってほしい
誰が何と言おうと、俺は、アメリアの味方だ」
とても優しい声色で、レオナールがそう囁いた。
…あぁ、もう、我慢できない。
つぅ、と、アメリアの頬を涙がつたう。
一度堰を切ると、それは止まらなかった。
「わ、わたし…っ」
アメリアが何かを言う前に、レオナールはアメリアを自身の胸に引き寄せた。
レオナールの胸に顔を埋め、アメリアは幼子のように泣きじゃくる。
「ずっと、王妃になるために、頑張ってきました」
「あぁ、知ってる」
「どうしてですか?私よりもロゼット様の方が相応しいのですか?」
「そんなことはない。アメリアはとても素晴らしい女性だ」
「わ、わかっているのです。殿下は、理性を上回る恋をしてしまったのだと」
「…あぁ」
「では、残された私は何のためにいるのですか!?」
アメリアを抱きしめるレオナールの腕に力がこもる。
少し力を込めたら折れてしまうのではないかと思うほどアメリアの体は細く、この小さな体でどれだけの重圧と苦しみに耐えてきたのかと思うと、レオナールの胸が痛んだ。
それからグランシエール家に着くまで、レオナールは黙ってアメリアを抱きしめ続けた。
腕の中で泣き続けるアメリアに軽々しくかけていい言葉などなく、ただここにいて良いのだと示すように、一時も離さなかった。
馬の足音が緩やかになり始めた頃、アメリアは何度か深呼吸をした後、顔を上げた。
レオナールの腕の力が緩み、二人の目が合う。
レオナールは優しく微笑み、ハンカチを取り出してアメリアの目元を拭う。
「…今度は、街に出かけよう。劇場もいいな、船で海に出てもいい」
「…えぇ、レオナール様となら、どこへ出かけても楽しいです」
「あぁ、俺もだよ、アメリア」
あたたかな空気の中、二人はくすくすと笑い合う。
それはアメリアにとって、苦しみから解放された、自由で穏やかな時間だった。
それからアメリアは、レオナールのアドバイスもあり、友人のソフィーに全てを打ち明けることを決めた。
生きる意味を失った喪失感、ルシアンへの恨み、ロゼットへの嫉妬心―――
不思議と穏やかな気持ちで話し終えた頃には、なぜかソフィーの方が大粒の涙を流していた。
「な、なんでソフィーが泣くのよ」
「だっ、だって、アメリアは、ずっと、頑張ってきたのよ!」
アメリアがハンカチでソフィーの涙を拭おうとすると、突然、ソフィーにぎゅっと抱きしめられる。
「ソフィー?」
「…ありがとう、私に話してくれて」
その言葉に、アメリアも自然と涙が零れ落ちる。
最初から、こうすれば良かったのね…
二人でひとしきり泣いた後、ぼろぼろの顔を見合わせて笑った。
ハンカチで涙を拭い、一息ついた後、ところで――と、ソフィーがアメリアの顔を覗き込んだ。
「レオナール様とはどうなの?」
「れ、レオナール様?」
「最近よくデートしてるじゃない」
「デートじゃないわ!レオナール様は私を励まそうとしてくださるだけで…」
「ふぅん?じゃ、アメリアは何とも思ってないの?」
「そ、それは…」
ソフィーがにやにやと意地の悪い笑みをアメリアに向ける。
「レオナール様のことを話すアメリアは、いつも乙女の顔をしているけれど?」
返す言葉もなく、アメリアは顔を赤くする。
確かに、アメリアにとってレオナールはとても大切で、離れがたい存在だった。
これが恋ではないのだとしたら、一体何を恋と呼ぶのだろうか。
「アメリア、私はいつだって貴女を応援してるわ!」
「ありがとう、ソフィー」
アメリアの両手を力強く握って笑うソフィーに、アメリアは安心したように笑顔を返した。
「そうか、ソフィー嬢とお話しできたんだね」
「はい、レオナール様のおかげです」
「俺は何もしていないさ」
アメリアとレオナールは学園の屋上にあがり、夕暮れに染まる王都を見渡しながら、二人だけの時間を過ごしていた。
とうに下校時間を過ぎていることもあり、屋上には二人以外誰もおらず、時折緩やかな風が吹き抜けていく。
「こんなに、穏やかな気持ちになれる日が来るとは思っておりませんでした
苦しみが全てなくなった、と言っては噓になりますが…
それでも、次に進もうと思えるようになったのです」
「そうか…」
レオナールは、風になびくアメリアの髪に手を伸ばし、そっと彼女の耳にかける。
くすぐったいような、恥ずかしそうな表情で、アメリアがレオナールを見上げた。
「では、俺もそろそろ次に進んでも良いのかな?」
「レオナール様…?」
レオナールの指がアメリアの耳をなぞり、頬を優しく包む。
「好きだ、アメリア。俺の一生をかけて君を守ると誓う」
味方だと言ってくれた時と同じ、力強く、まっすぐで、優しい瞳。
「私も、レオナール様をお慕いしております」
頬に添えられたレオナールの手に、アメリアは愛おしそうに自分の手を重ねる。
オレンジ色に輝くあたたかな夕日が、二人を照らしていた。
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