塩対応な悪役令嬢なのに、溺愛逆ハーレムって本当ですか?

夏乃みのり

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中庭は、ミレイナ・ハートという名の「金魚のフン」によって占拠された。
静かなはずの図書館も、なぜか皇太子アルフォンス殿下が視察(という名の待ち伏せ)に来ており、平穏ではなかった。

(……もう、学園内にわたくしの安息の地は無いの……?)

セレスティナは、心底うんざりしながら、新たな昼寝スポットを求めて学園を徘徊していた。

魔術科の校舎、貴族科のサロン、大食堂のテラス席……。
どこもかしこも、人の話し声がして落ち着かない。

(静かで、日当たりが良く、人通りが少ない場所……)

彼女は、ふと敷地の外れにある、騒がしい一角に目を向けた。

(……騎士科の訓練場?)

掛け声や、剣戟の音が遠くから聞こえてくる。

(あそこは、うるさいわね)

そう判断して踵を返そうとした時、彼女は気づいた。
訓練場は、非常に広大だ。
声が聞こえるのは、中心の第一訓練場だけ。

(……確か、奥には使われていない第三訓練場があったはず)

そこなら、騎士科の生徒も来ないだろう。
セレスティナは、微かな期待を胸に、足音を忍ばせて騎士科の敷地へと足を踏み入れた。

そして、彼女はついに見つけた。
第三訓練場の、さらに片隅。
武具庫の裏手にあたる、日当たりの良い芝生。

「(……素晴らしい)」

剣戟の音はここまで届かず、時折聞こえる風の音だけが耳に心地よい。
まさに、極上の昼寝スポットだった。

「(ようやく、眠れるわ……)」

セレスティナは、侍女に用意させたクッションを取り出し、満足げにそこに横たわった。
春の柔らかな日差しが、彼女の銀髪を照らす。

(……ああ、平穏だわ……)

意識が、ゆっくりと微睡みの中に沈んでいく。
面倒な皇太子も、勘違いのヒロインもいない、至福の時間。

その、時だった。

「おい、貴様。ここで何をしている」

地を這うような、低い声。
不機嫌さを隠そうともしない、荒々しい声だった。

(……嘘でしょう……?)

セレスティナは、心の底から絶望しながら、ゆっくりと目を開けた。
日差しを遮るように、自分を見下ろす大きな人影。

汗まみれの訓練着。
日に焼けた肌。
逆立った黒髪と、獲物を狩る狼のような鋭い金色の瞳。

平民出身でありながら、その実力だけで騎士科のエースに上り詰めた男。
ギルバート・“黒狼”・アシュフォードだった。

(……一番、柄の悪いのに見つかったわ)

セレスティナは、面倒くさそうに上半身を起こした。

ギルバートは、貴族が大嫌いだった。
特に、魔術科の連中が騎士科を「脳筋」と見下している風潮が、我慢ならなかった。

今、目の前にいる女。
ひらひらのドレス。高価なクッション。
ここは神聖な訓練場だ。それを、ピクニック気分で昼寝に使っている。

ギルバートの怒りは、沸点に達していた。

「聞こえなかったのか、公爵令嬢」

彼が、セレスティナがヴァイスハイト家の令嬢であることは知っていた。
入学式の時、あの完璧超人の皇太子が、べったりと隣にいたからだ。

「ここは貴様のような『お姫様』が、お遊びで足を踏み入れる場所ではない。不敬だぞ」

その声には、明確な敵意と侮蔑が込められていた。
普通の令嬢なら、その威圧感に泣き出すか、ヒステリーを起こすだろう。

しかし、セレスティナは。

「……はぁ」

大きな溜息を一つ。
そして、眠気をこらえるように、赤い瞳をゆっくりと瞬かせた。

「……ここ、静かですので」

「……あ?」

ギルバートは、思わず間の抜けた声を出した。
予想していた反応と、あまりにも違いすぎたからだ。

「静かで、日当たりも良く、風も心地よい。昼寝には最適ですわ」

セレスティナは、心の底からそう思っている、とでも言いたげな顔で答えた。

「(……は?)」

ギルバートは混乱した。
自分が今、どれだけ威圧したか分かっているのか?
この俺を前にして、この女、全く動じていない。
それどころか、「昼寝を邪魔されて不愉快だ」と、その赤い瞳が雄弁に語っていた。

「貴様……俺を誰だか分かっているのか」

「存じ上げておりますわ。騎士科エースの、ギルバート・アシュフォード様でしょう?」

「分かっていて、その態度か」

「わたくし、何か問題でも?」

「問題だらけだ! ここは訓練場だと言っている!」

ギルバートが、思わず声を荒らげる。

セレスティナは、心底面倒くさそうに、ゆっくりと立ち上がった。

「ここは第三訓練場。現在は使用されていないと伺っております」

「……っ」

「そして、わたくしは、この武具庫の裏手から一歩も出ておりません」

「それは……」

「訓練の邪魔をした覚えも、訓練の妨害になるような行為をした覚えもありませんわ」

セレスティナは、淡々と事実だけを述べる。

「ただ、静かな場所で、少し休みたい。それだけですのに」

「(……なんだ、この女)」

ギルバートは、狼狽していた。
貴族の女が嫌いだった。
権力を笠に着て、平民を見下し、きゃあきゃあと騒ぐ。
そんな存在だと、心の底から軽蔑していた。

だが、目の前の女は。
公爵令嬢という、貴族の頂点にいながら。
平民の自分を前にしても、全く動じない。
見下すでもなく、媚びるでもなく、ただ、「どうでもよさそうに」そこにいる。

「……面白い」

ギルバートの口から、思わず本音がこぼれた。

「何が、ですの?」

「貴様だ、セレスティナ・フォン・ヴァイスハイト」

ギルバートは、ニヤリと、獰猛な笑みを浮かべた。
狼が、初めて興味を引く獲物を見つけた時の笑みだ。

「貴様のような貴族の女は、初めてだ」

「(面倒なことに、なってきたわ……)」

セレスティナは、新たなフラグが立った音を、確かに聞いた。

「わたくしは、ただ眠りたいだけです。失礼いたしますわ」

これ以上関わると、さらに面倒が増える。
セレスティナは、さっさとクッションを侍女に回収させ、その場を立ち去ろうとした。

「待て」

ガシッ、とギルバートが彼女の腕を掴んだ。

「!」

セレスティナは、初めて少しだけ目を見開いた。

「(……汚れるでしょう、わたくしの服が)」

汗まみれの手で、純白のドレスを掴まれたことに、わずかな不快感を覚える。

「離していただけますか」

「気が向いたらな。……おい、セレスティナ。貴様、皇太子の婚約者だそうだな」

「それが何か?」

「気に食わねえ。あの完璧超人も、お前のような女も」

ギルバートが、セレスティナの顔を覗き込むように、距離を詰める。

「(……近い。汗臭いわ……)」

「だが、少し興味が湧いた。その氷みたいな仮面、いつか俺が剥がしてやる」

セレスティナは、掴まれた腕を、面倒くさそうに振り払った。

「……ご自由にどうぞ。ですが、わたくしに触れるのはおやめくださいまし」

「ほう?」

「わたくし、汗臭いのは苦手ですの」

「なっ……!?」

ギルバートが、今度こそ本気で絶句した。
鍛え上げられた騎士の肉体を「汗臭い」と一刀両断する令嬢など、後にも先にも彼女だけだろう。

「それでは、ごきげんよう」

セレスティナは、今度こそ完璧なカーテシーを見せ、優雅に立ち去っていく。

残されたギルバートは、掴んだ腕がまだ熱を持っているかのように、自分の手を見つめていた。

「(汗臭い、だと……?)」

そして、ふっと笑いがこみ上げてきた。

「ククッ……。面白い。面白い女だ、セレスティナ!」

彼の胸に、皇太子への対抗心と、未知の女への独占欲という、新しい炎が灯った。

(わたくしの平穏は、一体どこにあるの……)

セレスティナの溜息は、誰にも聞こえることなく、訓練場の空気に溶けていった。
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