塩対応な悪役令嬢なのに、溺愛逆ハーレムって本当ですか?

夏乃みのり

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「――以上が、古代魔法における術式(フォーミュラ)の多重構築である。非常に高度だが、諸君らなら理解できるはずだ」

魔術理論学の教室。
教鞭をとる男の、鈴を転がすような声が響く。

ルシアン・ヴァーミリオン。
学園で教鞭をとりながら、王宮魔術師の筆頭も務める天才。
年齢不詳のその美貌は、生徒たちの憧れの的でもあった。

「はぁ……ルシアン先生、今日も素敵……」
「あの流れるような魔力の使いこなし、見惚れてしまいますわ」

女子生徒たちが、うっとりとため息をついている。

(……今日も、退屈だわ)

その熱狂の片隅で、セレスティナ・フォン・ヴァイスハイトは、欠伸を噛み殺すのに必死だった。

(古代魔法の構築など、五歳の時に全て叩き込まれている。今更、基礎理論を聞かされても……)

彼女の今の最大の関心事は、どうすればこの授業で「良」以上の評価を取り、面倒な再試験や補習を回避できるか、だけである。

「では、少し実践してみようか」

ルシアンが、楽しそうに指を鳴らす。
教室内に出現したのは、複雑な幾何学模様を描く、光の魔法陣。

「この魔法陣に、各自魔力を流し込んでもらう。魔力の親和性と、制御の精度を見る簡単なテストだ」

生徒たちが、次々と前に出ていく。

「おお、良い魔力だね」
「君は、もう少し制御を意識した方がいい」

ルシアンは、一人一人に的確なアドバイスを与えていく。
やがて、セレスティナの番が来た。

「(……面倒だわ)」

セレスティナは、ゆっくりと席を立ち、魔法陣の前に立つ。
そして、要求される魔力量、ギリギリ。
学年平均を、ほんのわずかに下回る程度の魔力を、そっと流し込んだ。

(こんなものでしょう。目立たず、劣等生すぎず。完璧な『平均以下』だわ)

魔法陣は、ぼんやりとした薄い光を放ち、すぐに消えた。

「はい、ありがとうございました」

セレスティナは、さっさと席に戻ろうと一礼した。

「……待って」

だが、ルシアンの静かな声が、彼女を呼び止めた。

(……何かしら)

セレスティナが振り返ると、ルシアンは、先ほどまでの穏やかな笑みを消し、心底興味深そうな、探るような目で彼女を凝視していた。

「(……?)」

「……なるほど。面白い」

ルシアンは、何を納得したのか、ふっと笑みをこぼした。

「今、君が流した魔力。あれは、本当に君の全力かい?」

「……と、申しますと?」

「君の魔力は、あまりにも『綺麗』すぎた」

ルシアンが、ゆっくりと彼女に歩み寄る。

「普通、魔力を流し込めば、その人間の『癖』が出る。流れにムラができたり、属性がわずかに漏れ出たり……。だが、君のは違った」

「……」

「まるで、膨大な水量を誇るダムが、あえて蛇口から一滴だけ水を垂らしたような……。完璧すぎる『制御』だ」

教室内が、ざわめく。
「出来損ない」と噂されるセレスティナが、天才魔術師に「完璧な制御」と評されたのだ。

「先生。何をおっしゃっているのか、分かりかねますわ」

セレスティナは、完璧な淑女の笑み(無表情)を浮かべる。

「わたくしの魔力が、平均以下であることは、入学時の測定(テスト)でも証明されております」

「ああ、知っているよ。あの測定結果も、実に『面白かった』」

ルシアンの目が、好奇心に細められる。
この男は、気づいている。
セレスティナが、意図的に力を隠蔽していることに。

「(……面倒な人に、目をつけられたわ)」

皇太子や騎士とは、質の違う面倒さだ。
これは、蛇のようにしつこいタイプだ。

授業の終了を告げる鐘が鳴った。

「よし、今日はここまで。質問がある者は研究室に」

「(帰ろう)」

セレスティナは、誰よりも早く教室を出ようと、荷物をまとめた。

「セレスティナ・フォン・ヴァイスハイト嬢」

「……はい」

出口の寸前で、やはり呼び止められた。

「少し、お時間いいかな」

「申し訳ありませんが、この後、わたくし……」

「君、面白いね」

ルシアンは、セレスティナの言い訳を遮り、単刀直入に言った。

「わたくしが、ですか?」

「そう。君の、その『隠し方』が。非常に興味深い」

ルシアンの瞳は、珍しい研究対象を見つけた子供のように、無邪気に輝いていた。

「これほどの隠蔽術式を、無意識下で常に発動し続けるなど、並大抵のことじゃない。君は一体、何を隠しているんだい?」

「……何も隠しておりませんが」

「嘘だ」

ルシアンは、楽しそうに笑う。

「ねえ、君。私の研究室に来ないかい? 君のその膨大な魔力を、ぜひ解析させてほしい」

「お断りいたしますわ」

セレスティナは、一ミリの迷いもなく即答した。

「……おや。即答だね」

「わたくし、研究対象とされる趣味はございませんので」

「もったいない! 君ほどの才能を、こんな学園で腐らせるなんて!」

ルシアンが、芝居がかった様子で肩をすくめる。

「君がその気なら、私があのアルフォンス皇太子より、君を輝かせてあげられるよ?」

「結構ですわ。わたくし、輝きたくありませんので」

「……ははっ」

ルシアンは、セレスティナの塩対応に、ついに声を上げて笑い出した。

「皇太子にも、あの『黒狼』にもなびかないと聞いていたが、まさか私にまで、その態度を貫くとは」

「(……なぜ、あの騎士のことまで知っているのかしら)」

セレスティナの面倒事リストが、さらに更新される。

「先生。わたくし、これ以上、面倒事に関わるのは望みませんの」

「面倒事、ね」

「わたくしの願いは、平穏に卒業すること。ただ、それだけです」

セレスティナは、今度こそ帰ろうと、ドアノブに手をかけた。

「ああ、そうだ。先生」

思い出したように、彼女が振り返る。

「何かな?」

「単位だけは、よろしくお願いいたしますわね」

落第して、補習や再試験になるのだけは、絶対に避けたかった。

「……」

ルシアンは、一瞬きょとんとし、そして、心の底から愉快そうに噴き出した。

「ククッ……! あはははは! 最高だ、君は!」

規格外の魔力を隠しておきながら、望みは「単位」だけ。

「いいよ。実にいい! 君ほど面白い研究対象は、久しぶりだ!」

「(……話が、通じていないわ)」

天才魔術師は、彼女の塩対応を「最高の研究素材」と勘違いし、新たなフラグを強固に打ち立てた。

(……もう、だめだわ。帰って寝よう)

セレスティナは、研究室に響き渡る高笑いを背に、重い足取りで廊下へと消えるのだった。
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