塩対応な悪役令嬢なのに、溺愛逆ハーレムって本当ですか?

夏乃みのり

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授業が終わり、昼休み。
セレスティナは、昨日見つけた中庭の大樹に向かっていた。

(素晴らしい木陰……。風の通りも完璧だわ。ここでなら、三時間は眠れそう)

彼女は、持参した最高級のクッション(もちろん侍女に持たせた)を芝生に置き、優雅に寝転がる準備を始めた。

ようやく訪れた、平穏な時間。
誰にも邪魔されない、至福のひととき。

「あ! セレスティナ様! いらっしゃった!」

その声は、セレスティナの安寧(あんねい)を無慈悲に打ち破った。

(……来たわ。面倒事の中心人物が)

ピンクブロンドの髪を揺らし、息を切らして走ってくる少女。
医務室で休んでいたはずの、ミレイナ・ハートその人だった。

「はぁ……はぁ……! よかった、お会いできて……!」

「……ごきげんよう、ハートさん。何か、わたくしにご用でしょうか」

セレスティナは、寝転がる寸前の姿勢のまま、心底面倒くさそうに尋ねる。

ミレイナは、その場で勢いよく、深く頭を下げた。

「昨日は! 本当に、ありがとうございました!」

「……何のことです?」

「とぼけないでください! 昨日の実技室で、暴走した私の聖女の力を、止めてくださったのでしょう?」

ミレイナが、キラキラとした瞳でセレスティナを見上げる。

(……なぜ、バレたのかしら。完璧に隠蔽したはずなのに)

セレスティナは、即座に否定することにした。
これ以上、関わり合いになるのはごめんだ。

「人違いではございませんか」

「え?」

「わたくしは、あなたを助けた覚えなど、一切ありませんわ」

セレスティナは、完璧な無表情で言い切る。

「そ、そんな……! でも、私、確かに感じたんです! 教室が壊れそうになったあの時、すごく強くて、それでいて優しい力が、私を包み込んでくれたのを……!」

「それは、あなたの気のせいか。あるいは、担当の教師がうまく対処してくださったのでしょう」

「教師の方は『分からない』って……!」

「どちらにせよ、わたくしではありません」

セレスティナは、会話を打ち切ろうと、クッションに視線を戻した。

「わたくしは、ご覧の通り、魔力も平均以下の『出来損ない』の公爵令嬢ですの。聖女様の暴走を止められるような力は、持ち合わせておりませんわ」

ピシャリと言い放つ。
普通の人間なら、これで引き下がるはずだ。

しかし、ミレイナは違った。

「(……!!)」

彼女は、セレスティナの言葉を聞いて、カッと目を見開いた。
そして、次の瞬間。

ワナワナと、感動に打ち震え始めた。

(……え? なぜ、そこで感動するの?)

セレスティナが怪訝(けげん)に思っていると、ミレイナが再び顔を上げた。
その瞳には、先ほどよりも強い、尊敬の光が宿っている。

「(……そうだったんだわ!)」

ミレイナは、全てを理解した(と勘違いした)。

(セレスティナ様は、ご自分の偉大な力を隠していらっしゃるんだわ!)
(あれほどの力を見せたのに、それを『自分ではない』と言い切り、ご自身の評価を『出来損ない』とまで……!)

「なんて……!」

ミレイナは、感極まったように叫んだ。

「なんて、謙虚でクールな方なんでしょう!!」

「……はぁ?」

セレスティナの口から、素で間の抜けた声が出た。

「素敵です! セレスティナ様!」

「……あの。話が、全く見えませんのだけれど」

「分かります! セレスティナ様は、ご自分の手柄をひけらかしたりなさらない、奥ゆかしい方なんですね!」

(違うわ。面倒事が増えるから、公言したくないだけよ)

「そして、『出来損ない』とご自分を卑下(ひげ)することで、周囲の嫉妬(しっと)を避けていらっしゃる……! なんて深いお考え!」

(違うわ。事実、学園の評価上は『出来損ない』だから、それを言っただけよ)

「私、感動しました! 私も、セレスティナ様のように、強く、優しく、そしてクールな淑女になりたいです!」

ミレイナが、ぐっと拳を握りしめる。

(……だめだわ。この人、皇太子殿下と同じタイプだ)
(こちらの意図を、全て真逆のポジティブに変換してしまう……!)

セレスティナは、こめかみがズキズキ痛むのを感じた。

「ハートさん。わたくしは、これから昼寝を……」

「あ! もしかして、昨日の魔力制御で、まだお疲れが残っていらっしゃるんじゃ……!」

「いいえ、ただ眠いだけですわ」

「(『眠い』……! きっと、魔力を回復させるための、セレスティナ様流の隠語(いんご)なのね!)」

勘違いは、もう誰にも止められない。

「あの、セレスティナ様!」

ミレイナは、意を決したように、もう一歩踏み出した。

「どうか、私をセレスティナ様のお側に置いてください!」

「……は?」

「私、セレスティナ様のそのクールな立ち振る舞い、塩対応(クールなたいおう)の全てを、間近で学ばせていただきたいんです!」

(塩対応……? 今、このヒロイン、塩対応と言ったわね?)

「お願いします! 弟子にしてください!」

「……お断りしますわ」

セレスティナは、即答した。

「理由は、ただ一つ。面倒ですので」

これ以上、厄介事を抱え込むつもりはない。
セレスティナは、今度こそ昼寝をしようと、大樹に背を向けた。

「(『面倒』……!!)」

ミレイナは、その言葉を聞いて、再び雷に打たれたような衝撃を受ける。

(……なんて素敵な響き……!)
(きっと、『他人に頼らず、まずは自分で考え、努力しなさい。私に弟子入りするなんて、面倒な(甘えた)ことを言うな』という、厳しい激励なんだわ!)

「はい! 承知いたしました!」

ミレイナが、ビシッと背筋を伸ばす。

「(……なぜ、承知したの? お断りしたはずよ?)」

セレスティナが、恐る恐る振り返る。

「私、甘えていました! 弟子入りなんて、おこがましいですよね!」

「ええ。そう思い……」

「これからは! セレスティナ様の後ろ姿を、勝手に! 見て! 学ばせていただきます!」

「……あの」

「ご迷惑はおかけしません! ただ、ストーキング……いえ、ただ、お姿を拝見させていただくだけですので!」

満面の笑みで、ミレイナが宣言する。

「……ついてこないでいただけますか」

「はい! 気配を消して、ついていきますね!」

(話が、通じない……!)

セレスティナは、ついに昼寝を諦めた。
クッションを侍女に回収させ、静かな図書館へと移動を開始する。

タッタッタッ。

その後ろを、一定の距離を保ちながら、ミレイナが目を輝かせてついてくる。

(……金魚のフン、だわ)

セレスティナの平穏な学園生活は、入学してたったの二日で、最も面倒な形で崩れ去ろうとしていた。

「(……帰りたい)」

悪役令嬢の憂鬱は、深まるばかりだった。
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