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面倒な入学式とオリエンテーションが終わった翌日。
セレスティナは、魔術実技の基礎授業を受けていた。
(……退屈だわ。魔力属性の確認など、とうの昔に終わっているのに)
教室の前方では、生徒たちが一人ずつ、魔力測定器(クリスタル)に触れている。
「おお! 君は火属性か! なかなかの魔力量だ!」
「私は水と風の二重属性(デュアル)でしたわ!」
生徒たちが、自分の才能に一喜一憂している。
セレスティナは、そんな様子を窓際の一番後ろの席から、どうでもよさそうに眺めていた。
(わたくしの番はまだかしら。早く終わらせて、中庭の木陰を視察に行きたいのに)
彼女の魔力は、この国……いや、この大陸でも規格外の量と質を誇る。
だが、それを公表すればどうなるか。
王家からの過剰な期待。
貴族たちからの嫉妬と義務の押し付け。
研究者たちの好奇の目。
(……考えただけでも面倒だわ。完璧に隠蔽(いんぺい)するに限る)
「次――ミレイナ・ハート」
教師に名前を呼ばれ、一人の少女がおずおずと前に出た。
(……あら)
セレスティナは、わずかに片眉を上げた。
ピンクブロンドの髪に、庇護欲をそそる愛らしい容姿。
平民出身の特待生。
(間違いないわ。あれが、この世界の『ヒロイン』ね)
ゲームの記憶などはないが、この婚約者がいる状況、そして王道のイケメンたち。
悪役令嬢としての勘が「面倒事の中心人物だ」と告げていた。
ミレイナは、緊張でガチガチになりながら測定器の前に立つ。
「は、はい! よろしくお願いします!」
「力を抜いて、クリスタルに手を……」
ミレイナが、そっとクリスタルに触れた。
その瞬間だった。
ピシッ、とクリスタルに小さなヒビが入る。
「え?」
教師が戸惑った次の瞬間。
まばゆい光が、ミレイナの体から溢れ出した。
ゴオオオオオッ!
黄金色の光の奔流が、教室内に吹き荒れる。
「きゃあああああっ!?」
「な、なんだこれは!?」
生徒たちがパニックに陥る。
「ま、まずい! 魔力の暴走だ!」
「制御できていないぞ!」
「くっ、教室の防御結界が……!」
教師が慌てて結界を張ろうとするが、ミレイナから放たれる光は、それをいとも簡単に弾き返していく。
「力が……! 止まらない……っ!」
ミレイナが、涙目で叫ぶ。
教室の壁がミシミシと音を立て、窓ガラスが次々に砕け散る。
(……ああ、もう。本当にうるさい)
セレスティナは、降りかかるガラス片を、最小限の魔力障壁で弾きながら、深く溜息をついた。
(このままでは、校舎が半壊する。そうなれば、事情聴取、修復作業、授業の延期……)
彼女の脳裏に、数々の『面倒事』が浮かび上がる。
(……ここで見過ごす方が、結果的に、はるかに面倒だわ)
セレスティナは、仕方なく、ほんの少しだけ意識を集中させた。
誰にも気づかれないよう、そっと。
彼女は、窓の外に視線を向けたまま、小指の先だけをミレイナに向けた。
(わたくしの貴重な平穏を、これ以上邪魔しないでちょうだい)
セレスティナの指先から放たれたのは、あまりにも緻密(ちみつ)で、あまりにも強大な、無属性の魔力の糸。
その糸は、暴走する光の奔流に触れると、まるで荒れ狂う竜を鎖で縛るように、瞬く間にその力を絡め取っていく。
「あ……」
ミレイナの体が、ふっと軽くなる。
嵐のように吹き荒れていた光の魔力が、まるで幻だったかのように、急速に収束していく。
そして、数秒後。
教室には、静寂が戻った。
ミレイナは、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。
「……お、収まった……?」
「い、一体、何が……」
教師や生徒たちが、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす。
「ミレイナさん、大丈夫!?」
「すごい魔力だった……! まるで、伝説の……」
「『聖女の力』……!」
生徒たちが、気を失ったミレイナの周りに駆け寄っていく。
(……終わったわね)
セレスティナは、やれやれと首を振った。
魔力を使ったせいで、少し眠気が増してしまった。
「(……ん?)」
教師が、不思議そうに首を傾げる。
「(おかしい。あれほどの暴走が、なぜ自然に収まったんだ? まるで、何か強大な力で、無理やり『蓋』をされたような……)」
教師は、教室全体を見渡す。
だが、生徒たちは皆、ミレイナに注目しているか、恐怖で震えているだけだ。
(気のせいか……)
唯一、完璧な無表情で窓の外を眺めている銀髪の公爵令嬢だけが、その視界の端に映っていたが。
「(ヴァイスハイト公爵令嬢は、魔力平均値以下の『出来損ない』だと聞いているしな……)」
教師は、自分の違和感を打ち消した。
「よし! 君たち、ミレイナさんを医務室へ! 残りの者は自習だ!」
(自習。素晴らしい響きだわ)
セレスティナは、騒がしくミレイナを運び出す生徒たちを見送りながら、静かに席を立った。
(これでようやく、中庭の視察に行けるわね)
彼女の頭の中は、聖女の覚醒よりも、極上の昼寝スポットのことでいっぱいだった。
セレスティナは、魔術実技の基礎授業を受けていた。
(……退屈だわ。魔力属性の確認など、とうの昔に終わっているのに)
教室の前方では、生徒たちが一人ずつ、魔力測定器(クリスタル)に触れている。
「おお! 君は火属性か! なかなかの魔力量だ!」
「私は水と風の二重属性(デュアル)でしたわ!」
生徒たちが、自分の才能に一喜一憂している。
セレスティナは、そんな様子を窓際の一番後ろの席から、どうでもよさそうに眺めていた。
(わたくしの番はまだかしら。早く終わらせて、中庭の木陰を視察に行きたいのに)
彼女の魔力は、この国……いや、この大陸でも規格外の量と質を誇る。
だが、それを公表すればどうなるか。
王家からの過剰な期待。
貴族たちからの嫉妬と義務の押し付け。
研究者たちの好奇の目。
(……考えただけでも面倒だわ。完璧に隠蔽(いんぺい)するに限る)
「次――ミレイナ・ハート」
教師に名前を呼ばれ、一人の少女がおずおずと前に出た。
(……あら)
セレスティナは、わずかに片眉を上げた。
ピンクブロンドの髪に、庇護欲をそそる愛らしい容姿。
平民出身の特待生。
(間違いないわ。あれが、この世界の『ヒロイン』ね)
ゲームの記憶などはないが、この婚約者がいる状況、そして王道のイケメンたち。
悪役令嬢としての勘が「面倒事の中心人物だ」と告げていた。
ミレイナは、緊張でガチガチになりながら測定器の前に立つ。
「は、はい! よろしくお願いします!」
「力を抜いて、クリスタルに手を……」
ミレイナが、そっとクリスタルに触れた。
その瞬間だった。
ピシッ、とクリスタルに小さなヒビが入る。
「え?」
教師が戸惑った次の瞬間。
まばゆい光が、ミレイナの体から溢れ出した。
ゴオオオオオッ!
黄金色の光の奔流が、教室内に吹き荒れる。
「きゃあああああっ!?」
「な、なんだこれは!?」
生徒たちがパニックに陥る。
「ま、まずい! 魔力の暴走だ!」
「制御できていないぞ!」
「くっ、教室の防御結界が……!」
教師が慌てて結界を張ろうとするが、ミレイナから放たれる光は、それをいとも簡単に弾き返していく。
「力が……! 止まらない……っ!」
ミレイナが、涙目で叫ぶ。
教室の壁がミシミシと音を立て、窓ガラスが次々に砕け散る。
(……ああ、もう。本当にうるさい)
セレスティナは、降りかかるガラス片を、最小限の魔力障壁で弾きながら、深く溜息をついた。
(このままでは、校舎が半壊する。そうなれば、事情聴取、修復作業、授業の延期……)
彼女の脳裏に、数々の『面倒事』が浮かび上がる。
(……ここで見過ごす方が、結果的に、はるかに面倒だわ)
セレスティナは、仕方なく、ほんの少しだけ意識を集中させた。
誰にも気づかれないよう、そっと。
彼女は、窓の外に視線を向けたまま、小指の先だけをミレイナに向けた。
(わたくしの貴重な平穏を、これ以上邪魔しないでちょうだい)
セレスティナの指先から放たれたのは、あまりにも緻密(ちみつ)で、あまりにも強大な、無属性の魔力の糸。
その糸は、暴走する光の奔流に触れると、まるで荒れ狂う竜を鎖で縛るように、瞬く間にその力を絡め取っていく。
「あ……」
ミレイナの体が、ふっと軽くなる。
嵐のように吹き荒れていた光の魔力が、まるで幻だったかのように、急速に収束していく。
そして、数秒後。
教室には、静寂が戻った。
ミレイナは、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。
「……お、収まった……?」
「い、一体、何が……」
教師や生徒たちが、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす。
「ミレイナさん、大丈夫!?」
「すごい魔力だった……! まるで、伝説の……」
「『聖女の力』……!」
生徒たちが、気を失ったミレイナの周りに駆け寄っていく。
(……終わったわね)
セレスティナは、やれやれと首を振った。
魔力を使ったせいで、少し眠気が増してしまった。
「(……ん?)」
教師が、不思議そうに首を傾げる。
「(おかしい。あれほどの暴走が、なぜ自然に収まったんだ? まるで、何か強大な力で、無理やり『蓋』をされたような……)」
教師は、教室全体を見渡す。
だが、生徒たちは皆、ミレイナに注目しているか、恐怖で震えているだけだ。
(気のせいか……)
唯一、完璧な無表情で窓の外を眺めている銀髪の公爵令嬢だけが、その視界の端に映っていたが。
「(ヴァイスハイト公爵令嬢は、魔力平均値以下の『出来損ない』だと聞いているしな……)」
教師は、自分の違和感を打ち消した。
「よし! 君たち、ミレイナさんを医務室へ! 残りの者は自習だ!」
(自習。素晴らしい響きだわ)
セレスティナは、騒がしくミレイナを運び出す生徒たちを見送りながら、静かに席を立った。
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