断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

文字の大きさ
27 / 28

27

しおりを挟む
結婚式から、早5年の月日が流れた。


季節は巡り、公爵邸の庭園には、今年も美しいバラが咲き誇っている。
しかし、最近の庭園は、以前とは少し違った賑わいを見せていた。


「お兄様、そっちじゃないわ! あっちの赤いお花の方が、カマキリさんがいそうよ!」


「待ってよ、ララ。カマキリよりも、僕は土壌のpH値が気になるんだ。ここの土、昨日より酸性に傾いてる気がする」


庭を駆け回る、二つの小さな影。
銀色の髪をなびかせる男の子と、蜂蜜色の髪をツインテールにした女の子だ。


彼らは、私とアレクセイ様の子供たち。
双子の兄妹である。


兄のアルフレッド(通称アル)。5歳。
見た目はアレクセイ様そっくりの銀髪碧眼で、黙っていれば天使のような美少年だが、中身は完全に私似の「分析マニア」だ。


妹のララ。5歳。
見た目は私似の蜂蜜色の髪だが、性格はアレクセイ様譲りの「行動派」で、欲しいものは実力(愛嬌)で奪い取るタイプ。


「こらこら、二人とも。あまり遠くへ行くと、ガストン料理長のおやつに遅れますよ」


私が声をかけると、二人はピタリと足を止め、満面の笑みで振り返った。


「「お母様ーっ!!」」


ドテテテッ!と効果音がつきそうな勢いで走ってきて、私のスカートに飛びついてくる。
可愛い。
目に入れても痛くないとはこのことだ。


「お母様、聞いて! 僕、庭師のトムおじさんに『効率的な水やりのシフト表』を作ってあげたんだ! これで腰痛が減るはずだよ!」


「あら、アルは偉いわねぇ。トムおじさん、泣いて喜んでたでしょう?」


「うん! 飴玉3個くれた!」


さすが私の息子。5歳にして業務改善コンサルタントの才能を開花させている。


「ララはねぇ、セバスチャンにおねだりして、お昼寝用のお布団をふかふかにしてもらったの! あと、メイドさんたちの制服のリボン、可愛く結び直してあげたの!」


「まあ、ララも素敵。みんなのモチベーションを上げたのね」


「えへへ、ララ、褒められるの大好き!」


こちらは人心掌握術の天才だ。
屋敷の使用人たちは、すでにこの二人の小さな支配者にメロメロである。


「……ラミリア」


そこへ、テラスの方から低い声がした。
アレクセイ様だ。
公務から帰ってきたばかりなのか、少し疲れた顔をしているが、私たちを見た瞬間に表情がデレデレに崩れた。


「「お父様ーっ!!」」


子供たちが私から離れ、今度はアレクセイ様に突撃する。


「おお、よしよし! アル、ララ、今日も世界一可愛いな! 誰に似たんだ? ああ、ママに似たんだな!」


あのアレクセイ様が、庭の芝生に膝をつき、子供たちを両腕で抱き上げている。
『氷の公爵』の威厳はどこへやら。
今や彼は、国一番の『親バカ公爵』として有名になっていた。


「お父様、お仕事お疲れ様です。肩、揉んであげましょうか?」


アルが大人びた口調で言うと、アレクセイ様は涙ぐんだ。


「……なんて孝行息子なんだ。アル、お前には私の領地の半分をやろう」


「半分もいらないよ。管理が大変だから。とりあえず図書室の鍵だけでいいです」


「無欲(?)だな! よし、全部やろう!」


「あなた、甘やかしすぎです」


私が苦笑して近づくと、アレクセイ様は子供たちを下ろし、今度は私を抱き寄せた。


「ただいま、ラミリア。……会いたかった」


「おかえりなさい。朝、出かけたばかりでしょう?」


「半日も離れれば、私にとっては永遠と同じだ」


結婚して5年経っても、この人の溺愛ぶりは変わらない。
むしろ、子供が生まれてから加速している気がする。


「それにしても、今日は少し早いお帰りですね?」


「ああ。……実は、客人が来ていてな。私が追い返す前に、子供たちに会いたいと騒ぐので、仕方なく連れてきた」


「客人?」


アレクセイ様が指差した先。
屋敷の門から、豪奢な馬車が入ってくるのが見えた。
王家の紋章がついている。


「えっ、まさか……」


馬車から降りてきたのは、すっかり白髪が増えたが、相変わらず元気そうな国王陛下(今は譲位して上皇陛下)だった。


「おお! ここか! 孫たちよ、じいじが来たぞー!」


「「じいじーっ!!」」


アルとララが歓声を上げて駆け寄る。
陛下は満面の笑みで二人を受け止めた。


「陛下、ご無沙汰しております。お元気そうで」


私が挨拶すると、陛下は豪快に笑った。


「うむ! 隠居生活は暇でな。こうして可愛い『甥孫(ていそん)』の顔を見に来るのが唯一の楽しみよ」


陛下はアルを高い高いしながら、目を細めた。


「しかし、アレクセイに似て賢そうな顔つきだ。どうだアル、将来は国王にならんか?」


「えー、やだよ。王様ってコスパ悪いもん」


「ブフォッ!?」


アルの辛辣な返答に、陛下が吹き出した。


「コ、コスパ……? 5歳児のセリフか?」


「だって、年中無休で責任重大だし、プライベートないし。僕はパパみたいに、ママを愛でながら優雅に暮らす公爵の方がいい」


「……末恐ろしいな、ラミリアの教育は」


陛下は冷や汗を拭った。
私は何も教えていない。
彼が勝手に私の背中(と書類)を見て育っただけだ。


「ララはどうだ? 王妃にならんか?」


「王妃様? ドレスがいっぱい着れる?」


「うむ、着放題だぞ」


「うーん……でも、じいじのお城、ご飯が美味しくないって聞いたわよ? お父様の家のガストン料理長のご飯の方が美味しいもん」


「グハッ……!」


陛下は胸を押さえてよろめいた。
王城の食事が改善されたとはいえ、やはり公爵家の「ラミリア監修・ガストン料理」には敵わないらしい。


「だ、誰も継いでくれないのか……。ジェラルドの息子(従兄弟)もまだ小さいしなぁ……」


そう、ジェラルド元王子は、あれから開拓村で真面目に働き、村の娘と結婚して子供を設けていた。
時々、土付きの野菜と共に『父上、農業は楽しいです。ラミリアによろしく』という手紙が届く。
彼は彼なりに、自分の「実」を見つけたようだ。


「まあまあ、陛下。立ち話もなんですし、中でお茶にしましょう」


「うむ、そうさせてもらおう。……実は、ラミリア嬢に相談があってな」


「またですか?」


「最近、隠居先の離宮の経費がかさむのだ。どこか節約できるポイントはないかと……」


陛下は、今でも私の事務能力を頼りにしてくる。
国政からは退いたものの、私のアドバイスがないと落ち着かないらしい。


「分かりました。後で帳簿を拝見しますね」


「助かる! やはりそなたは国の宝だ!」


***


その日の午後。
公爵邸のサロンは、幸せな喧騒に包まれていた。


陛下とアルはチェス盤を挟んで真剣勝負をし(アルが勝ち越している)、ララはセバスチャンたちとおままごと(という名の組織運営ごっこ)をしている。
白い老猫になったスノーは、暖炉の前で丸くなり、その全てを満足そうに眺めている。


私は、その光景をソファから眺めながら、アレクセイ様と並んで紅茶を飲んでいた。


「……平和ですね」


「ああ。……騒がしいが、悪くない」


アレクセイ様は、チェスで陛下を追い詰めてニヤリと笑う息子を見て、口元を緩めた。


「アルの知能は、私を超えているかもしれん。……将来、宰相にでもなって国を牛耳りそうだ」


「ララも、すでに侍女たちを掌握していますよ。将来は社交界の女帝でしょうね」


「……嫁にはやらんぞ。絶対にだ」


「ふふ、お父様は大変ですね」


私が笑うと、アレクセイ様はカップを置き、私の手をそっと握った。


「ラミリア」


「はい」


「ありがとう」


彼の碧眼が、優しく私を見つめる。


「お前が来てくれてから、私の人生は鮮やかに色づいた。……この幸せな景色は、すべてお前がくれたものだ」


「……いいえ、アレクセイ様」


私は首を振った。
そして、彼の方に体を寄せ、内緒話をするように囁いた。


「私の方こそ。……普通の、何もない私を、見つけてくれてありがとう」


特別な力なんていらない。
聖女の祈りも、強大な魔力も。
大切な人たちと笑い合い、今日という日を丁寧に生きること。
それこそが、私が手に入れた一番の「魔法」なのだから。


「……愛している、ラミリア」


「私もです、あなた」


私たちは、子供たちに見つからないように、そっと口づけを交わした。
その甘さは、5年前と変わらず、そしてこれからも色褪せることはないだろう。


「あーっ! パパとママがチューしてるー!」


「ずっこーい! ララもー!」


すぐに子供たちに見つかってしまった。
ドタバタと駆け寄ってくる小さな怪獣たち。
陛下も「若いのはいいのぉ」と笑っている。


アレクセイ様は苦笑しながら両手を広げ、子供たちと、そして私をまとめて抱きしめた。


「よし、みんな愛してやる! ……覚悟しろ!」


公爵邸のリビングに、明るい笑い声が響き渡る。
これが、断罪された悪役令嬢が辿り着いた、とびきりハッピーな結末。


私の「普通」で「特別」な日常は、これからもずっと続いていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...