断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

文字の大きさ
26 / 28

26

しおりを挟む
盛大な結婚披露宴が終わり、長い長い一日がついに幕を閉じた。


最後の招待客を見送り、使用人たちに挨拶を済ませた私たちは、ようやく二人きりの空間へと戻ってきた。
公爵邸の最奥にある、主寝室だ。


ガチャリ。
重厚な扉が閉ざされ、鍵が掛けられる音が響く。
その瞬間、先ほどまでの喧騒が嘘のように消え去り、部屋には少し気まずい沈黙が降りた。


「…………」


「…………」


広い部屋の中央には、天蓋付きのキングサイズベッド。
そこには、純白のシーツがピシッと敷かれ、枕元にはバラの花びらが散らされている。
明らかに「さあ、どうぞ」という演出だ。
セバスチャンさんとマーサさんの仕業に違いない。


(ど、どうしよう……!)


私はドレスの裾をギュッと握りしめた。
心臓が早鐘を打っている。
結婚式という一大プロジェクトは完璧に遂行した。
しかし、私にはまだ、最後にして最大のミッションが残されている。


そう、初夜だ。


今まで仕事一筋で生きてきた私にとって、この分野は完全な未開拓領域。
知識としては知っているが、実務経験はゼロだ。


チラリと隣を見ると、アレクセイ様もまた、石像のように固まっていた。
いつもの余裕たっぷりの表情はどこへやら。
視線が泳ぎ、喉仏が上下している。


「……つ、疲れたな、ラミリア」


「は、はい! 本日の来場者数は三千四百五十二名! 過去最高記録です!」


「そ、そうか。……警備上のトラブルもゼロだったな」


「はい! 迷子対応が五件、酔っ払いの喧嘩仲裁が三件ありましたが、すべて現場で処理済みです!」


「……うむ。完璧だ」


私たちはなぜか、業務報告を始めてしまった。
会話が続かないのだ。
意識しすぎて、どこを見ていいのか分からない。


「あの、アレクセイ様。……シャワー、浴びてきますか?」


「い、いや。私は後でいい。お前が先に行け。……いや、一緒に入るか? ……いや、それはまだ早いか?」


アレクセイ様が珍しく動揺して、一人でノリツッコミをしている。
可愛い。
けれど、それ以上に場の緊張感が半端ない。


私は意を決して、マダム・ロコに作ってもらったシルクのネグリジェ(勝負服らしい)に着替えるべく、バスルームへと逃げ込んだ。


***


三十分後。
お風呂上がりの私は、フワフワのネグリジェを身に纏い、ベッドの端にちょこんと座っていた。
髪は下ろし、少し湿ったまま。
石鹸の香りが漂う。


バスルームから戻ってきたアレクセイ様は、ラフなガウン姿だ。
濡れた銀髪をかき上げる仕草がセクシーすぎて、直視できない。


「……待たせたな」


彼はベッドの反対側に腰を下ろした。
スプリングが沈む。
距離は五十センチ。
近いようで、遠い。


「……ラミリア」


「は、はいっ!」


「その……なんだ」


アレクセイ様は咳払いをして、サイドテーブルに置かれたワインボトルを手に取った。


「の、飲もうか。緊張をほぐすために」


「そうですね! アルコール消毒、必要です!」


「消毒ではないが……まあいい」


彼はグラスにワインを注ごうとした。
しかし、手が震えてボトルとグラスがカチカチと鳴っている。
あの剣の達人が。
魔獣を一撃で屠る公爵様が、ワイン注ぎに苦戦している。


「あ、私がやります!」


「いや、私がやる。……夫として、これくらいは」


ドボボッ。


「あっ」


勢い余って、ワインがグラスから溢れ出した。
深紅の液体が、純白のシーツに広がる。


「し、しまった……!」


「大変! すぐに拭かないとシミになります!」


私は反射的に立ち上がり、タオルを探そうとした。
しかし、慌てすぎて自分のネグリジェの裾を踏んでしまった。


「きゃっ!?」


「ラミリア!?」


バランスを崩して倒れ込む私。
支えようとして手を伸ばすアレクセイ様。
しかし、体勢が悪かった。


ドサッ。


私たちはもつれ合うようにして、ベッドに倒れ込んだ。
私が下で、アレクセイ様が上。
いわゆる、押し倒された体勢だ。


「…………」


至近距離で目が合う。
アレクセイ様の美しい顔が、すぐ目の前にある。
彼の瞳が、驚きから、次第に熱を帯びたものへと変わっていく。


「……大丈夫か?」


「は、はい……。すみません、ドジで……」


「いや。……おかげで、捕まえられた」


彼はふっと笑った。
その笑顔は、さっきまでのぎこちなさが消え、いつもの彼らしい、自信と色気に満ちたものだった。


「ラミリア。……もう、誤魔化すのはやめよう」


「え?」


「仕事の話も、ワインもいらない。……私が欲しいのは、お前だけだ」


彼の指が私の頬を撫でる。
熱い。
触れられた場所から、痺れるような感覚が広がる。


「わ、私……初めてで、うまくできないかもしれません」


「私もだ」


「えっ? アレクセイ様も?」


「……今まで、仕事と猫にしか興味がなかったからな。女性を抱きたいと思ったのは、お前が初めてだ」


彼は少し恥ずかしそうに告白した。
氷の公爵様、まさかの純情派だった。
その事実に、私の緊張が一気に解けた。


「ふふ……。私たち、似た者同士ですね」


「ああ。だから、二人で学べばいい」


アレクセイ様はゆっくりと顔を近づけ、私の唇を塞いだ。
優しく、慈しむようなキス。
最初は触れるだけだったのが、次第に深く、甘く、溶け合うような口づけに変わっていく。


「……んっ……」


「可愛いな、ラミリア」


彼は私の耳元で囁き、ネグリジェのリボンに手をかけた。


「電気、消すか?」


「……はい。恥ずかしいので」


「分かった。……だが、月明かりだけは入れさせてくれ。お前の顔を見ていたい」


彼は指をパチンと鳴らした。
室内の魔石ランプが消え、窓から差し込む青白い月光だけが私たちを照らす。


「愛している。……私の全てを懸けて」


「私も……愛しています、アレクセイ様」


私たちは強く抱き締め合った。
もはや、言葉はいらなかった。
不器用で、真面目で、仕事人間だった二人が、初めて「論理」ではなく「感情」だけで結ばれる夜。
シーツのワインのシミなど、もうどうでもよかった。


***


翌朝。


小鳥のさえずりと共に目を覚ますと、隣にはアレクセイ様が眠っていた。
無防備な寝顔。
長い睫毛。
シーツから覗く広い肩には、昨夜私がつけてしまった引っ掻き傷がうっすらと残っている。


(……キャッ!)


昨夜の記憶が蘇り、私は顔から火が出そうになった。
あんなに乱れてしまうなんて。
公爵夫人の威厳ゼロだ。


そっとベッドから抜け出そうとすると、強い力で腕を引かれた。


「……どこへ行く」


「あ、アレクセイ様? 起きていらしたのですか?」


「お前が動いたからな。……まだいいだろう」


彼は眠そうな声で甘え、私を抱き枕のように引き寄せた。
温かい。
彼の匂いに包まれて、幸せすぎて溶けそうだ。


「でも、もう朝ですし……使用人たちが来ますよ?」


「来させておけ。……私は新婚だぞ。朝寝坊する権利がある」


彼は子供のように駄々をこね、私の首筋に顔を埋めた。
くすぐったい。


「今日は仕事を休む。一日中、ベッドから出ない」


「ええっ? そんな、ダメですよ。決裁書類が溜まっていますし」


「書類よりお前が大事だ。……昨夜、あんなに可愛く泣いたくせに、つれないな」


「~~~っ! 言わないでください!」


私が顔を真っ赤にしてポカポカと彼の胸を叩くと、アレクセイ様は楽しそうに笑い、再び私に口づけた。
朝のキスは、昨夜よりも甘く、そして穏やかだった。


コンコン。


「旦那様、奥様。朝食の準備ができておりますが」


ドアの向こうから、セバスチャンさんの声がする。
明らかに笑いを噛み殺した声だ。


「……あと三時間待て」


アレクセイ様がドスの利いた声で命じる。


「かしこまりました。……では、精力つきそうなランチに変更しておきます」


「余計なお世話だ!」


足音が遠ざかっていく。
私たちは顔を見合わせ、プッと吹き出した。


新しい朝。
新しい関係。
少しのドタバタと、たくさんの愛に包まれて、私たちの夫婦生活は幕を開けたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

処理中です...