断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

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結婚式から、早5年の月日が流れた。


季節は巡り、公爵邸の庭園には、今年も美しいバラが咲き誇っている。
しかし、最近の庭園は、以前とは少し違った賑わいを見せていた。


「お兄様、そっちじゃないわ! あっちの赤いお花の方が、カマキリさんがいそうよ!」


「待ってよ、ララ。カマキリよりも、僕は土壌のpH値が気になるんだ。ここの土、昨日より酸性に傾いてる気がする」


庭を駆け回る、二つの小さな影。
銀色の髪をなびかせる男の子と、蜂蜜色の髪をツインテールにした女の子だ。


彼らは、私とアレクセイ様の子供たち。
双子の兄妹である。


兄のアルフレッド(通称アル)。5歳。
見た目はアレクセイ様そっくりの銀髪碧眼で、黙っていれば天使のような美少年だが、中身は完全に私似の「分析マニア」だ。


妹のララ。5歳。
見た目は私似の蜂蜜色の髪だが、性格はアレクセイ様譲りの「行動派」で、欲しいものは実力(愛嬌)で奪い取るタイプ。


「こらこら、二人とも。あまり遠くへ行くと、ガストン料理長のおやつに遅れますよ」


私が声をかけると、二人はピタリと足を止め、満面の笑みで振り返った。


「「お母様ーっ!!」」


ドテテテッ!と効果音がつきそうな勢いで走ってきて、私のスカートに飛びついてくる。
可愛い。
目に入れても痛くないとはこのことだ。


「お母様、聞いて! 僕、庭師のトムおじさんに『効率的な水やりのシフト表』を作ってあげたんだ! これで腰痛が減るはずだよ!」


「あら、アルは偉いわねぇ。トムおじさん、泣いて喜んでたでしょう?」


「うん! 飴玉3個くれた!」


さすが私の息子。5歳にして業務改善コンサルタントの才能を開花させている。


「ララはねぇ、セバスチャンにおねだりして、お昼寝用のお布団をふかふかにしてもらったの! あと、メイドさんたちの制服のリボン、可愛く結び直してあげたの!」


「まあ、ララも素敵。みんなのモチベーションを上げたのね」


「えへへ、ララ、褒められるの大好き!」


こちらは人心掌握術の天才だ。
屋敷の使用人たちは、すでにこの二人の小さな支配者にメロメロである。


「……ラミリア」


そこへ、テラスの方から低い声がした。
アレクセイ様だ。
公務から帰ってきたばかりなのか、少し疲れた顔をしているが、私たちを見た瞬間に表情がデレデレに崩れた。


「「お父様ーっ!!」」


子供たちが私から離れ、今度はアレクセイ様に突撃する。


「おお、よしよし! アル、ララ、今日も世界一可愛いな! 誰に似たんだ? ああ、ママに似たんだな!」


あのアレクセイ様が、庭の芝生に膝をつき、子供たちを両腕で抱き上げている。
『氷の公爵』の威厳はどこへやら。
今や彼は、国一番の『親バカ公爵』として有名になっていた。


「お父様、お仕事お疲れ様です。肩、揉んであげましょうか?」


アルが大人びた口調で言うと、アレクセイ様は涙ぐんだ。


「……なんて孝行息子なんだ。アル、お前には私の領地の半分をやろう」


「半分もいらないよ。管理が大変だから。とりあえず図書室の鍵だけでいいです」


「無欲(?)だな! よし、全部やろう!」


「あなた、甘やかしすぎです」


私が苦笑して近づくと、アレクセイ様は子供たちを下ろし、今度は私を抱き寄せた。


「ただいま、ラミリア。……会いたかった」


「おかえりなさい。朝、出かけたばかりでしょう?」


「半日も離れれば、私にとっては永遠と同じだ」


結婚して5年経っても、この人の溺愛ぶりは変わらない。
むしろ、子供が生まれてから加速している気がする。


「それにしても、今日は少し早いお帰りですね?」


「ああ。……実は、客人が来ていてな。私が追い返す前に、子供たちに会いたいと騒ぐので、仕方なく連れてきた」


「客人?」


アレクセイ様が指差した先。
屋敷の門から、豪奢な馬車が入ってくるのが見えた。
王家の紋章がついている。


「えっ、まさか……」


馬車から降りてきたのは、すっかり白髪が増えたが、相変わらず元気そうな国王陛下(今は譲位して上皇陛下)だった。


「おお! ここか! 孫たちよ、じいじが来たぞー!」


「「じいじーっ!!」」


アルとララが歓声を上げて駆け寄る。
陛下は満面の笑みで二人を受け止めた。


「陛下、ご無沙汰しております。お元気そうで」


私が挨拶すると、陛下は豪快に笑った。


「うむ! 隠居生活は暇でな。こうして可愛い『甥孫(ていそん)』の顔を見に来るのが唯一の楽しみよ」


陛下はアルを高い高いしながら、目を細めた。


「しかし、アレクセイに似て賢そうな顔つきだ。どうだアル、将来は国王にならんか?」


「えー、やだよ。王様ってコスパ悪いもん」


「ブフォッ!?」


アルの辛辣な返答に、陛下が吹き出した。


「コ、コスパ……? 5歳児のセリフか?」


「だって、年中無休で責任重大だし、プライベートないし。僕はパパみたいに、ママを愛でながら優雅に暮らす公爵の方がいい」


「……末恐ろしいな、ラミリアの教育は」


陛下は冷や汗を拭った。
私は何も教えていない。
彼が勝手に私の背中(と書類)を見て育っただけだ。


「ララはどうだ? 王妃にならんか?」


「王妃様? ドレスがいっぱい着れる?」


「うむ、着放題だぞ」


「うーん……でも、じいじのお城、ご飯が美味しくないって聞いたわよ? お父様の家のガストン料理長のご飯の方が美味しいもん」


「グハッ……!」


陛下は胸を押さえてよろめいた。
王城の食事が改善されたとはいえ、やはり公爵家の「ラミリア監修・ガストン料理」には敵わないらしい。


「だ、誰も継いでくれないのか……。ジェラルドの息子(従兄弟)もまだ小さいしなぁ……」


そう、ジェラルド元王子は、あれから開拓村で真面目に働き、村の娘と結婚して子供を設けていた。
時々、土付きの野菜と共に『父上、農業は楽しいです。ラミリアによろしく』という手紙が届く。
彼は彼なりに、自分の「実」を見つけたようだ。


「まあまあ、陛下。立ち話もなんですし、中でお茶にしましょう」


「うむ、そうさせてもらおう。……実は、ラミリア嬢に相談があってな」


「またですか?」


「最近、隠居先の離宮の経費がかさむのだ。どこか節約できるポイントはないかと……」


陛下は、今でも私の事務能力を頼りにしてくる。
国政からは退いたものの、私のアドバイスがないと落ち着かないらしい。


「分かりました。後で帳簿を拝見しますね」


「助かる! やはりそなたは国の宝だ!」


***


その日の午後。
公爵邸のサロンは、幸せな喧騒に包まれていた。


陛下とアルはチェス盤を挟んで真剣勝負をし(アルが勝ち越している)、ララはセバスチャンたちとおままごと(という名の組織運営ごっこ)をしている。
白い老猫になったスノーは、暖炉の前で丸くなり、その全てを満足そうに眺めている。


私は、その光景をソファから眺めながら、アレクセイ様と並んで紅茶を飲んでいた。


「……平和ですね」


「ああ。……騒がしいが、悪くない」


アレクセイ様は、チェスで陛下を追い詰めてニヤリと笑う息子を見て、口元を緩めた。


「アルの知能は、私を超えているかもしれん。……将来、宰相にでもなって国を牛耳りそうだ」


「ララも、すでに侍女たちを掌握していますよ。将来は社交界の女帝でしょうね」


「……嫁にはやらんぞ。絶対にだ」


「ふふ、お父様は大変ですね」


私が笑うと、アレクセイ様はカップを置き、私の手をそっと握った。


「ラミリア」


「はい」


「ありがとう」


彼の碧眼が、優しく私を見つめる。


「お前が来てくれてから、私の人生は鮮やかに色づいた。……この幸せな景色は、すべてお前がくれたものだ」


「……いいえ、アレクセイ様」


私は首を振った。
そして、彼の方に体を寄せ、内緒話をするように囁いた。


「私の方こそ。……普通の、何もない私を、見つけてくれてありがとう」


特別な力なんていらない。
聖女の祈りも、強大な魔力も。
大切な人たちと笑い合い、今日という日を丁寧に生きること。
それこそが、私が手に入れた一番の「魔法」なのだから。


「……愛している、ラミリア」


「私もです、あなた」


私たちは、子供たちに見つからないように、そっと口づけを交わした。
その甘さは、5年前と変わらず、そしてこれからも色褪せることはないだろう。


「あーっ! パパとママがチューしてるー!」


「ずっこーい! ララもー!」


すぐに子供たちに見つかってしまった。
ドタバタと駆け寄ってくる小さな怪獣たち。
陛下も「若いのはいいのぉ」と笑っている。


アレクセイ様は苦笑しながら両手を広げ、子供たちと、そして私をまとめて抱きしめた。


「よし、みんな愛してやる! ……覚悟しろ!」


公爵邸のリビングに、明るい笑い声が響き渡る。
これが、断罪された悪役令嬢が辿り着いた、とびきりハッピーな結末。


私の「普通」で「特別」な日常は、これからもずっと続いていく。
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