19 / 43
19.ダリウス帰国
しおりを挟む
sideリディア
「おお、ダリウス! やっと帰ってきたか!」
レオナードの弾んだ声が、朝の冷たい空気を吹き飛ばす。
校門をくぐったばかりのダリウスは、変わらぬ笑顔を見せながら片手を軽く上げた。その隣には、カタリナの姿。
「レオ、リディアも久しぶり」
久々の再会に、私たちの顔にも自然と笑みがこぼれる。
「……とはいえ、手紙のやり取りを頻繁にしていたせいか、あまり久しぶりって感じもしないけどな」
レオナードが肩をすくめると、ダリウスは苦笑しながら首をかしげた。
「はは。帰ってすぐに会いに行けなくて悪かったな。これから、留学先の第三王子がこっちに留学するから、その歓迎やらお偉いさんとの顔合わせやらで忙しくてな」
「本当よ。ろくに話もできていないうちから、お茶会などに引っ張り回されて、私まで大変な目に遭ったわ」
カタリナが小さく溜息をつきながら言うが、その表情にはどこか喜びが滲んでいる。
きっとダリウスのそばにいられることが、彼女にとっては何よりも嬉しいのだろう。
「埋め合わせは、必ずするよ、カタリナ」
ダリウスは彼女の手を軽く握りながら、そう約束する。そして、おもむろに持っていた包みを取り出した。
「そうだ、お土産がある。レオには、欲しがっていた本。リディアには、隣国の有名店の菓子だ」
「嘘だろ!? これ、『大陸史論』 じゃないか! 廃版なのによく見つけたな!」
レオナードが驚きの声を上げる。大事そうに抱える姿から、長らく探していたものだと一目で分かる。
「隣国の古本屋でたまたま見つけたんだ。カタリナも世話になったしな」
そう言って、ダリウスは意味ありげにカタリナと目を合わせる。
「……私は、世話になっていないわ。むしろ、世話をしたくらいよ」
「はは、今の俺は、カタリナに何と言われても平気だ。ありがとう、ダリウス!!」
ダリウスは笑いながら肩をすくめる。
「積もる話は、昼にでもしよう」
「ええ、そうね。それがいいわ」
ダリウスとカタリナは、本を大事そうに抱えるレオナードを見て、ほほ笑みながら言った。
再会を語り合う昼休み。待ち遠しくて仕方がないわ。
*****
「で、一緒に来た王子殿下は、どんな方だ?」
レオナードが興味深そうに問いかける。
ダリウスは、軽く顎に手を当て、少し考えるそぶりを見せた後、答えた。
「二つ年下だな。友人というのは畏れ多いが、この国の話をせがまれて話すことが多くてな。私の留学が終わる時期を見計らって、一緒にこの国に来たんだ」
「二つ下か。じゃあ、俺は関わることがなさそうだな」
レオナードがあまり関心のない様子で答える。しかし――
「友人を紹介してくれとは言われているからな。そのうち会うと思うぞ」
「……おいおい、まさか俺が?」
ダリウスのさらりとした言葉に、レオナードが驚いたように目を丸くする。
「レオナード。そうなったら、口には気をつけなさいよ? 流石に、不敬なんだから」
カタリナが眉をひそめる。
「俺は、時と場をわきまえる男だ。余裕だな」
レオナードは胸を張って得意げに言う。
「その自信はどこからくるのか――正直、疑わしいのよ」
カタリナがため息をつく。その様子に笑いをこらえた様子のダリウスが続けた。
「穏やかな性格で、文化や歴史の研究をしている。第三王子だが、将来は王立の研究所で働くことが決まっているそうだ」
「研究者肌の王子か。それは楽しみだ」
レオナードは興味を示し、ダリウスの言葉に満足げに頷いた。
そんな話をしていると、カタリナがふと何かを思い出したように声を上げる。
「それはそうと。さっき聞いたのだけれど、エマって子、伯爵家の養子になるそうよ」
その場の空気が、少しだけ変わった。
「……知らなかったわ」
なぜ今の時期なのだろう?
「エマって、あの手紙に書いていた……」
ダリウスが渋い顔で言った。手紙?
「もう、カタリナったら、手紙に書いたの? 万が一にでもダリウスの手に届かなかったら、あなたが大変なことになるのに……」
カタリナは、ばつが悪そうに肩をすくめながら、ダリウスを睨む。
「だ、大丈夫よ、名前は伏せて書いたもの。……それでね、噂だけど、その養子の話にモンルージュ公爵夫人が仲介に入るとか。あの人たちのクラスでは『伯爵令嬢となったら身分の差がなくなる。いよいよセオドアと結ばれるのか』と、盛り上がっているそうよ。リディア、何か聞いている?」
ゆっくり首を振る。
「ねえ、リディア。……やっぱり、婚約破棄しましょうよ」
カタリナが真剣な顔で私を見つめる。
「ふふ、カタリナは、何としてでも、婚約を破棄させたいのね」
「そうよ! 笑い事じゃないんだから! 二人だってそう思うでしょう?」
カタリナが、レオナードとダリウスを見つめる。
ダリウスは静かに頷き、レオナードも腕を組みながら同じように頷いた。
「リディアの人生だが、私は、君に幸せになってほしいと願っている」
「俺もだ。勝手な者のために、リディアが、辛い思いをする必要はないんだ」
その真剣な言葉に、胸が締め付けられる。
「……ありがとう」
カタリナは、なおも厳しい表情を崩さない。
「嫌な予感しかしないわ。気をつけて、リディア。とにかく、同じ伯爵家だからと私に生意気な口を利くなんて、絶対許さないんだから」
それにしても……。
養子をモンルージュ公爵夫人が仲介? あり得ない話だと思うけど。公爵家がエマをどこかの養子にさせることで、何か得をするかしら……?
モンルージュ公爵夫人は、私にとって義母になる人。
表向きは優雅で穏やかな女性だが、接してきた中で、その思考の深さは痛いほど理解している。何かを考えて動いているはずだ。
……セオドアが関係している?
不安と疑問を抱えたまま、静かに息を吐いた。
その違和感の正体がはっきりしないまま、学院の鐘が昼休みの終わりを告げた。
「おお、ダリウス! やっと帰ってきたか!」
レオナードの弾んだ声が、朝の冷たい空気を吹き飛ばす。
校門をくぐったばかりのダリウスは、変わらぬ笑顔を見せながら片手を軽く上げた。その隣には、カタリナの姿。
「レオ、リディアも久しぶり」
久々の再会に、私たちの顔にも自然と笑みがこぼれる。
「……とはいえ、手紙のやり取りを頻繁にしていたせいか、あまり久しぶりって感じもしないけどな」
レオナードが肩をすくめると、ダリウスは苦笑しながら首をかしげた。
「はは。帰ってすぐに会いに行けなくて悪かったな。これから、留学先の第三王子がこっちに留学するから、その歓迎やらお偉いさんとの顔合わせやらで忙しくてな」
「本当よ。ろくに話もできていないうちから、お茶会などに引っ張り回されて、私まで大変な目に遭ったわ」
カタリナが小さく溜息をつきながら言うが、その表情にはどこか喜びが滲んでいる。
きっとダリウスのそばにいられることが、彼女にとっては何よりも嬉しいのだろう。
「埋め合わせは、必ずするよ、カタリナ」
ダリウスは彼女の手を軽く握りながら、そう約束する。そして、おもむろに持っていた包みを取り出した。
「そうだ、お土産がある。レオには、欲しがっていた本。リディアには、隣国の有名店の菓子だ」
「嘘だろ!? これ、『大陸史論』 じゃないか! 廃版なのによく見つけたな!」
レオナードが驚きの声を上げる。大事そうに抱える姿から、長らく探していたものだと一目で分かる。
「隣国の古本屋でたまたま見つけたんだ。カタリナも世話になったしな」
そう言って、ダリウスは意味ありげにカタリナと目を合わせる。
「……私は、世話になっていないわ。むしろ、世話をしたくらいよ」
「はは、今の俺は、カタリナに何と言われても平気だ。ありがとう、ダリウス!!」
ダリウスは笑いながら肩をすくめる。
「積もる話は、昼にでもしよう」
「ええ、そうね。それがいいわ」
ダリウスとカタリナは、本を大事そうに抱えるレオナードを見て、ほほ笑みながら言った。
再会を語り合う昼休み。待ち遠しくて仕方がないわ。
*****
「で、一緒に来た王子殿下は、どんな方だ?」
レオナードが興味深そうに問いかける。
ダリウスは、軽く顎に手を当て、少し考えるそぶりを見せた後、答えた。
「二つ年下だな。友人というのは畏れ多いが、この国の話をせがまれて話すことが多くてな。私の留学が終わる時期を見計らって、一緒にこの国に来たんだ」
「二つ下か。じゃあ、俺は関わることがなさそうだな」
レオナードがあまり関心のない様子で答える。しかし――
「友人を紹介してくれとは言われているからな。そのうち会うと思うぞ」
「……おいおい、まさか俺が?」
ダリウスのさらりとした言葉に、レオナードが驚いたように目を丸くする。
「レオナード。そうなったら、口には気をつけなさいよ? 流石に、不敬なんだから」
カタリナが眉をひそめる。
「俺は、時と場をわきまえる男だ。余裕だな」
レオナードは胸を張って得意げに言う。
「その自信はどこからくるのか――正直、疑わしいのよ」
カタリナがため息をつく。その様子に笑いをこらえた様子のダリウスが続けた。
「穏やかな性格で、文化や歴史の研究をしている。第三王子だが、将来は王立の研究所で働くことが決まっているそうだ」
「研究者肌の王子か。それは楽しみだ」
レオナードは興味を示し、ダリウスの言葉に満足げに頷いた。
そんな話をしていると、カタリナがふと何かを思い出したように声を上げる。
「それはそうと。さっき聞いたのだけれど、エマって子、伯爵家の養子になるそうよ」
その場の空気が、少しだけ変わった。
「……知らなかったわ」
なぜ今の時期なのだろう?
「エマって、あの手紙に書いていた……」
ダリウスが渋い顔で言った。手紙?
「もう、カタリナったら、手紙に書いたの? 万が一にでもダリウスの手に届かなかったら、あなたが大変なことになるのに……」
カタリナは、ばつが悪そうに肩をすくめながら、ダリウスを睨む。
「だ、大丈夫よ、名前は伏せて書いたもの。……それでね、噂だけど、その養子の話にモンルージュ公爵夫人が仲介に入るとか。あの人たちのクラスでは『伯爵令嬢となったら身分の差がなくなる。いよいよセオドアと結ばれるのか』と、盛り上がっているそうよ。リディア、何か聞いている?」
ゆっくり首を振る。
「ねえ、リディア。……やっぱり、婚約破棄しましょうよ」
カタリナが真剣な顔で私を見つめる。
「ふふ、カタリナは、何としてでも、婚約を破棄させたいのね」
「そうよ! 笑い事じゃないんだから! 二人だってそう思うでしょう?」
カタリナが、レオナードとダリウスを見つめる。
ダリウスは静かに頷き、レオナードも腕を組みながら同じように頷いた。
「リディアの人生だが、私は、君に幸せになってほしいと願っている」
「俺もだ。勝手な者のために、リディアが、辛い思いをする必要はないんだ」
その真剣な言葉に、胸が締め付けられる。
「……ありがとう」
カタリナは、なおも厳しい表情を崩さない。
「嫌な予感しかしないわ。気をつけて、リディア。とにかく、同じ伯爵家だからと私に生意気な口を利くなんて、絶対許さないんだから」
それにしても……。
養子をモンルージュ公爵夫人が仲介? あり得ない話だと思うけど。公爵家がエマをどこかの養子にさせることで、何か得をするかしら……?
モンルージュ公爵夫人は、私にとって義母になる人。
表向きは優雅で穏やかな女性だが、接してきた中で、その思考の深さは痛いほど理解している。何かを考えて動いているはずだ。
……セオドアが関係している?
不安と疑問を抱えたまま、静かに息を吐いた。
その違和感の正体がはっきりしないまま、学院の鐘が昼休みの終わりを告げた。
2,352
あなたにおすすめの小説
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務
ごろごろみかん。
恋愛
見てしまった。聞いてしまった。
婚約者が、王女に愛を囁くところを。
だけど、彼は私との婚約を解消するつもりは無いみたい。
貴族の責務だから政略結婚に甘んじるのですって。
それなら、私は私で貴族令嬢としての責務を果たすまで。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる