1 / 32
第1話「西村涼子 享年29歳」
しおりを挟む
痛い……苦しい……
胸の奥が、ぎゅうっと張り裂けそうで、呼吸すらままならない。
息をするたび、胸骨の裏側を針で抉られているみたいに痛くて、喉の奥まで熱がこみあげる。
悲しい……辛い……
どうして、こんな……
もう、やめて……!
「……!!!やめて!!!」
掠れた叫びが勝手に口を突いて出る。涙が溢れて視界はぼやけ、ぼんやりと滲んだ光の向こうに伸ばした手は、空を掴むばかりで何も捉えられない。耳の奥で血の音がごうごうと響き、世界が遠のく。
「!お嬢様!意識が……!」
「すぐ医師と旦那様にご連絡を……!」
……医師は私だが?お嬢様?旦那様??
混乱する頭に意味不明な単語が突き刺さる。
「ちょ、まっ……!!!いってぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
突如、後頭部に電撃のような痛みが走り、思わず頭を抱えた。
ずきずきと脈打つ痛みに涙がにじむ。
「お嬢様!いきなり起き上がってはいけません!」
慌てて支えてくれた人物の顔を見て、私は息を飲む。
栗色の髪がさらりと揺れ、翡翠のように透き通る緑の瞳。……めちゃくちゃ美人!!
え、え、外国人!?モデル!?ここどこ!?頭の中で疑問符が乱舞する。
混乱していると、バンッと勢いよくドアが開き、豪奢な衣装を纏った男女が駆け寄ってきた。
「あぁ!!アリエル!!」
「良かった……!もう目覚めないかと……!」
アリエル??今、私をそう呼んだよね??
しかも、目の前の二人、ハリウッド俳優と女優ですか?ってレベルの美貌なんですけど!?
女性の方なんて、涙まで流して心底喜んでる。
は?なにこれ??ドッキリ番組??隠しカメラどこ???
「先ほどから、混乱されてるようで……」
「とりあえず、医師の到着を待とう」
だから、医師は私だっつーの!!!
「待って……!」
声を振り絞って静止を無視し、再び身を起こした瞬間……バランスを崩して、そのままベッドからごろんと落ちた。
「アリエル!大丈夫か!?」
「い、いて……」
「お嬢様……ご無理をされては……」
痛みに顔をしかめながらも、ふと視線が部屋の隅にあった大きな鏡に吸い寄せられる。
そこに映っていたのは……私じゃない誰か。
見慣れた自分の姿とは似ても似つかない。
ひっつめ髪に、徹夜と激務で沈着したクマと肌荒れ。
サプリなんて全然効かない、ガサガサの肌。
ガリッガリの身体に、ブラも要らないまな板胸。
……それが、本来の姿の……はず……
けれど今、鏡の中にいるのは……
薄桃色を含んだ金髪が、腰までゆるやかに波打って流れ落ちている。
まるでビスクドール。まつ毛なんて、エクステ何百本つけたの?ってくらい長い。
大きな瞳は宝石のような紫で、きらきらと光を反射する。
唇は熟れた桃のようにほんのりピンクで、肌は雪みたいに白い。
……え、これマジですっぴん??詐欺レベルの美少女なんですけど!?
細い首筋、華奢な肩、しなやかな手足。そして……
目を下げれば、見慣れぬふくらみ。
メロンかってくらいでかい胸が、そこにどーんと鎮座していた。
さっきまで気にならなかったのに、意識した途端、重力をこれでもかと感じる。
こ、これ……豊胸じゃねーの……?え、持ち上げたら中身ばれる??
恐る恐る両手で抱え上げる。
「お嬢様!?」
ずしりと伝わる重み、柔らかい弾力、体温。……シリコンじゃない。本物だ。
その事実を脳が理解した瞬間、天を仰ぎ……再び意識が闇に落ちていった。
「アリエル!?アリエル!!」
遠ざかる呼び声を最後に、記憶の奥から自分の人生が鮮やかに蘇る。
……医者なんて、なるもんじゃない。
平々凡々な子供時代を終わらせようと、中学デビューを狙って惨敗。
外見磨きに必死になってダイエットした結果、骨と皮だけの鶏ガラ完成。
それでも勉強だけは、と食らいつき、日本最高峰の大学に合格。
医師免許を手にして研修医を経て、堂々と医師の仲間入り。
これだけのスペックなら……モテると思うだろ?全っ然!モテない!!
『俺より賢い女はちょっと』とか『将来開業して養って』とか。ふざけんな。
いや、こっちにも選ぶ権利あるからな!?
そもそも、私は誰かに寄りかかる人生を考えたことなんてなかった。
疲れて帰って、寝る前にマンガやラノベを読んでアニメ観てキュンとする。それで充分。
休みの日は数少ない友達と会って、また仕事漬けの毎日。
それでも……一人の人生も、悪くないと思っていた。
単身用のマンション買って、一生独身で気ままに仕事して……
そんな未来すら、悪くないと思ってた。
病院と自宅を往復し、三日三晩オペに立ち会い、食事は栄養補給食をエナドリで流し込む。
最後の日は、何本飲んだかすら覚えてない。
……そら死ぬわ。私が主治医ならめちゃくちゃ生活習慣の見直し提案するわ。
医者の不養生、ここに極まり過ぎだろ…
『医者になるもんじゃない』……そう言ったけど。
患者さんが元気になって、『ありがとう』と笑顔で退院していく姿。あれが嬉しくて、やりがいで。
救えない命もあったけれど、それでも、あの一言で生きていけた。
家族も、友人も、やりがいのある仕事もあったのに。
それでも……人生は、あっけなかった。
たった29年。短すぎる人生。
そうか。私は死んだのか。
西村涼子……享年29歳。
胸の奥が、ぎゅうっと張り裂けそうで、呼吸すらままならない。
息をするたび、胸骨の裏側を針で抉られているみたいに痛くて、喉の奥まで熱がこみあげる。
悲しい……辛い……
どうして、こんな……
もう、やめて……!
「……!!!やめて!!!」
掠れた叫びが勝手に口を突いて出る。涙が溢れて視界はぼやけ、ぼんやりと滲んだ光の向こうに伸ばした手は、空を掴むばかりで何も捉えられない。耳の奥で血の音がごうごうと響き、世界が遠のく。
「!お嬢様!意識が……!」
「すぐ医師と旦那様にご連絡を……!」
……医師は私だが?お嬢様?旦那様??
混乱する頭に意味不明な単語が突き刺さる。
「ちょ、まっ……!!!いってぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
突如、後頭部に電撃のような痛みが走り、思わず頭を抱えた。
ずきずきと脈打つ痛みに涙がにじむ。
「お嬢様!いきなり起き上がってはいけません!」
慌てて支えてくれた人物の顔を見て、私は息を飲む。
栗色の髪がさらりと揺れ、翡翠のように透き通る緑の瞳。……めちゃくちゃ美人!!
え、え、外国人!?モデル!?ここどこ!?頭の中で疑問符が乱舞する。
混乱していると、バンッと勢いよくドアが開き、豪奢な衣装を纏った男女が駆け寄ってきた。
「あぁ!!アリエル!!」
「良かった……!もう目覚めないかと……!」
アリエル??今、私をそう呼んだよね??
しかも、目の前の二人、ハリウッド俳優と女優ですか?ってレベルの美貌なんですけど!?
女性の方なんて、涙まで流して心底喜んでる。
は?なにこれ??ドッキリ番組??隠しカメラどこ???
「先ほどから、混乱されてるようで……」
「とりあえず、医師の到着を待とう」
だから、医師は私だっつーの!!!
「待って……!」
声を振り絞って静止を無視し、再び身を起こした瞬間……バランスを崩して、そのままベッドからごろんと落ちた。
「アリエル!大丈夫か!?」
「い、いて……」
「お嬢様……ご無理をされては……」
痛みに顔をしかめながらも、ふと視線が部屋の隅にあった大きな鏡に吸い寄せられる。
そこに映っていたのは……私じゃない誰か。
見慣れた自分の姿とは似ても似つかない。
ひっつめ髪に、徹夜と激務で沈着したクマと肌荒れ。
サプリなんて全然効かない、ガサガサの肌。
ガリッガリの身体に、ブラも要らないまな板胸。
……それが、本来の姿の……はず……
けれど今、鏡の中にいるのは……
薄桃色を含んだ金髪が、腰までゆるやかに波打って流れ落ちている。
まるでビスクドール。まつ毛なんて、エクステ何百本つけたの?ってくらい長い。
大きな瞳は宝石のような紫で、きらきらと光を反射する。
唇は熟れた桃のようにほんのりピンクで、肌は雪みたいに白い。
……え、これマジですっぴん??詐欺レベルの美少女なんですけど!?
細い首筋、華奢な肩、しなやかな手足。そして……
目を下げれば、見慣れぬふくらみ。
メロンかってくらいでかい胸が、そこにどーんと鎮座していた。
さっきまで気にならなかったのに、意識した途端、重力をこれでもかと感じる。
こ、これ……豊胸じゃねーの……?え、持ち上げたら中身ばれる??
恐る恐る両手で抱え上げる。
「お嬢様!?」
ずしりと伝わる重み、柔らかい弾力、体温。……シリコンじゃない。本物だ。
その事実を脳が理解した瞬間、天を仰ぎ……再び意識が闇に落ちていった。
「アリエル!?アリエル!!」
遠ざかる呼び声を最後に、記憶の奥から自分の人生が鮮やかに蘇る。
……医者なんて、なるもんじゃない。
平々凡々な子供時代を終わらせようと、中学デビューを狙って惨敗。
外見磨きに必死になってダイエットした結果、骨と皮だけの鶏ガラ完成。
それでも勉強だけは、と食らいつき、日本最高峰の大学に合格。
医師免許を手にして研修医を経て、堂々と医師の仲間入り。
これだけのスペックなら……モテると思うだろ?全っ然!モテない!!
『俺より賢い女はちょっと』とか『将来開業して養って』とか。ふざけんな。
いや、こっちにも選ぶ権利あるからな!?
そもそも、私は誰かに寄りかかる人生を考えたことなんてなかった。
疲れて帰って、寝る前にマンガやラノベを読んでアニメ観てキュンとする。それで充分。
休みの日は数少ない友達と会って、また仕事漬けの毎日。
それでも……一人の人生も、悪くないと思っていた。
単身用のマンション買って、一生独身で気ままに仕事して……
そんな未来すら、悪くないと思ってた。
病院と自宅を往復し、三日三晩オペに立ち会い、食事は栄養補給食をエナドリで流し込む。
最後の日は、何本飲んだかすら覚えてない。
……そら死ぬわ。私が主治医ならめちゃくちゃ生活習慣の見直し提案するわ。
医者の不養生、ここに極まり過ぎだろ…
『医者になるもんじゃない』……そう言ったけど。
患者さんが元気になって、『ありがとう』と笑顔で退院していく姿。あれが嬉しくて、やりがいで。
救えない命もあったけれど、それでも、あの一言で生きていけた。
家族も、友人も、やりがいのある仕事もあったのに。
それでも……人生は、あっけなかった。
たった29年。短すぎる人生。
そうか。私は死んだのか。
西村涼子……享年29歳。
63
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~
甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。
その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。
そんな折、気がついた。
「悪役令嬢になればいいじゃない?」
悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。
貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。
よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。
これで万事解決。
……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの?
※全12話で完結です。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない
As-me.com
恋愛
完結しました。
自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。
そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。
ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。
そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。
周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。
※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。
こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。
ゆっくり亀更新です。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
【完結】ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから!
As-me.com
恋愛
完結しました。
説明しよう。私ことアリアーティア・ローランスは超絶ど近眼の悪役令嬢である……。
気が付いたらファンタジー系ライトノベル≪君の瞳に恋したボク≫の悪役令嬢に転生していたアリアーティア。
原作悪役令嬢には、超絶ど近眼なのにそれを隠して奮闘していたがあらゆることが裏目に出てしまい最後はお約束のように酷い断罪をされる結末が待っていた。
えぇぇぇっ?!それって私の未来なの?!
腹黒最低王子の婚約者になるのも、訳ありヒロインをいじめた罪で死刑になるのも、絶体に嫌だ!
私の視力と明るい未来を守るため、瓶底眼鏡を離さないんだから!
眼鏡は顔の一部です!
※この話は短編≪ど近眼悪役令嬢に転生したので意地でも眼鏡を離さない!≫の連載版です。
基本のストーリーはそのままですが、後半が他サイトに掲載しているのとは少し違うバージョンになりますのでタイトルも変えてあります。
途中まで恋愛タグは迷子です。
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる