転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風

文字の大きさ
32 / 32

閑話29.5話「頬に残る毛並みと、腕に残る嫉妬」

しおりを挟む
婚約披露が終わった翌日、晴れて正式に王太子の婚約者となったリエルに会いに、公爵邸を訪ねた。

案内された先は、彼女の私室。

部屋に入ると、豪奢な天蓋付きベッド。絹のように柔らかそうなカーテンは半ば開かれ、そこに積み重ねられた枕やクッションの海に、少女がすっぽりと沈み込んでいる。
ネグリジェ姿のリエルは、俺が婚約内定の証として渡した紫のストールにくるまり、膝の上には分厚い本。
テーブルには侍女が用意したらしい果物や焼き菓子が山と並び、甘い香りが部屋中に漂っている。

ちらりと俺の姿を確認したが、挨拶の一つもなく、再び活字の世界に没頭してしまう。
……本当に、この子は。

躊躇うことなく彼女の隣へ歩み寄り、ベッドに腰を下ろす。布が沈み、肩先が触れそうになる。
それでもリエルは目を上げず、ページを繰る指先だけが忙しく動いていた。

俺は気にせず、テーブルから摘んだ果物や菓子を彼女の口元へ差し出す。
最初こそ『え?』と戸惑ったように瞬きをしたが、次の瞬間には小さく口を開き、素直に受け入れる。
一口、また一口。何気なく差し出すたび、白い喉がこくりと動く。

それが、可愛くてたまらなかった。
口元についた果汁を指で拭えば、その指先ごと唇に触れ、柔らかな熱に痺れそうになる。

やがて、彼女の指に一瞬かすめた俺の指を、思わず舐め取ってしまった。
甘味と温もりが絡み合い、どんな菓子よりも濃密な味が脳を直撃する。
危ういほどの衝動に、自分でも息が詰まる。

ふと視線を向けると、リエルは本を読みながら時折クスクス笑い、眉尻を下げ、目に涙を滲ませていたり……頬をほんのり赤らめたり。
ころころ変わるその表情が、どうしようもなく愛おしい。

……こんなに無防備で、愛らしくて。
この腕の中に閉じ込めてしまいたくなる衝動を、どうやって抑えろというんだ。

「……何見てんだよ」
「いや、我が婚約者殿は麗しいなと思って」

からかうように告げれば、リエルはぷいと顔を背け、本に逃げ込む。
耳の先までほんのり赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。

「食べ物は?」
「……もう、お腹いっぱい」

差し出した果物を小さく手で押し返す。
その仕草すら愛らしい。
だが、耳まで赤いのは、俺の言葉をしっかり受け止めている証拠だ。

本なんて読ませるつもりはない。
彼女の肩越しにそっと腕を回し、背後から抱きすくめる。
細い肩がびくりと震え、美しくしなやかなリエルの髪が俺の頬や首筋をかすめた。

「ぷっ……ちょっと、くすぐったいってば」

くすぐったいと言いながら、堪えきれずに笑う顔が可愛い。
だからつい、首筋に口づけを落としてしまった。

途端に小さな身体がびくっと震える。
逃げようとしても、軽く抱いただけで簡単に捕らえられてしまう。
その戸惑いさえも、甘美で、愛しくて。

「……怖がらせてすまない。もう少しだけ」

自分でも理性が揺らいでいるのがわかる。
彼女の唇に何度も触れ、深く味わってこのまま奪い尽くしてしまいたい。
けれど。

……いや、まだだ。
泣かせるようなことはしたくない。

欲望と理性のせめぎ合いで、心臓の鼓動が荒く耳に響く。
思わず彼女から身を離し、深く息を吐く。

このまま進めてしまいたい気持ちと、王太子として結婚まで待たねばならない責任感が鬩ぎ合う。
いざ……行動にしてしまおうと思っても、ちゃんと彼女と最後まで為せるのか不安になってしまう。
……余裕の顔を繕っているが、本当はいつもぎりぎりなんだ。

気まずい沈黙が落ちる。耐えきれなくなったのか、リエルが叫んだ。

「~~~!!!断りもなくキスすんなぁぁぁ!!!」

ベッドから逃げようとするリエルを、反射的に引き寄せる。
抑えなければと思えば思うほど、離れてしまうのが耐えられず、腕の中に閉じ込める。

「リエル……愛してる」
「お前は話を聞けよ!!!!」
「おや?君がいつも読んでる物語の王子と俺は近いと思うんだけど?」
「は?え?」

抵抗とも言えない小さな拳で肩を叩く姿すら愛おしい。

「俺なら、全て叶えてあげるよ?」
「……読むのと実行されるのとは違っ……!!」

観念したのか、やがて大人しくなり、俺の胸に顔を埋めてくる。
その心地良い鼓動と体温を感じていると……

「わんっ!」

……邪魔が入った。

ふかふかの白い毛玉、リエルがワンワンと名付けた犬がベッドに飛び乗ってきた。
俺とリエルの間に割り込むように寝転がり、当たり前の顔で居座る。

リエルは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間には吹き出すように笑い、犬を抱きしめた。

『だって、こんなに綺麗で、大きくて堂々として……』
『エドにそっくりじゃないですか♡』

彼女はそう言っていたが、どこがだ。納得いかない。
腕の中より、犬の毛並みの方が安心するのか。
理性を取り戻すにはちょうどよかったのかもしれない。
けれど、犬に彼女を奪われたような妙な悔しさが胸を締めつける。

尻尾を振りながらリエルの膝に飛び乗り、当然のように抱きつくワンワン。
彼女は嬉しそうに笑い、頬を擦り寄せている。

……ワンワン。この貴重な時間を邪魔するとは……お前だけは絶対に許さない。

「ワンワン♡今日も可愛いねぇ」
「……」

俺の腕から、するりと抜けていくリエル。
代わりにその腕に収まったのは犬。
本来の俺の場所を奪ったのは犬。

「くすぐったい~!やめてよワンワン♡」

舌で頬を舐められ、ころころ笑う彼女。
……俺だって、そこまでしてないのに。

そんなことを考えながら、戯れているアリエルを眺めていると犬と視線がぶつかる。
黒い瞳がキラリと光り、『ワフッ!』と誇らしげに吠えた。
……ドヤ顔をしている、気がする。
いや、気のせいじゃない。挑発だ。間違いない。

リエルはくすくす笑いながら、俺と犬を見比べる。

「も~、ワンワン相手に睨むなって」
「マウント取られてる気がするな」
「ぶっ!気のせいだって!!」

けれど、どうしても引けなかった。

「……リエル」
「ん?」
「ワンワンは……結婚後、どうするんだ?」

犬越しに投げた真剣な問いに、彼女は即答する。

「え?連れてくよ」
「……っ!」

……崩れ落ちそうになる。
王太子妃として迎える婚約者より、犬の扱いの方が早いのか。
国王陛下に婚約を認められた俺より、即答か。

「……ワンワンめ……」

犬を睨むと、リエルが笑いながら俺の頭を撫でてきた。

「エドも、ワンワンも、どっちも大事だってば」

肩ががくりと落ちる。
犬と同列。王太子、婚約者と犬が同じ括り。

「……俺と犬を一緒にしないでもらいたいな」
「だって、ワンワンと私はもう家族だし。結婚したら、エドも家族になるんだろ?」

さらりと告げられ、胸が跳ねる。
犬と同列にされて腹を立てるどころか、結局その一言で胸が満たされてしまう。
……そんな言葉を向けられて、反論できるはずもない。
結局、彼女の笑顔にすべてを許してしまう。

「……なら、俺だって示させてもらおうかな」

ぐいっと腕を伸ばし、リエルを引き寄せる。
頬に口づけ、そして唇を奪った。

「んっ!?ワ、ワンワンの前でやめろって!」
「誰の前であろうと、俺のものだと示したいんだ」

背後から『ワフッ!』と抗議の声。
それを無視して、もう一度深く口づけた。
犬にだって譲れない……そう伝えるために。





「転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!」1巻完結になります。
最後までお付き合いありがとうございました。

お気に入り、感想、❤️頂けると嬉しいです*⸜(*´꒳`* )⸝*

※作者より
本作を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
まだまだ、二人の物語は始まったばかりです。
現在、同シリーズの続編(第2巻)は「小説家になろう」 にて連載中です。
ご興味がありましたら、以下リンクからお読みいただけます。

▶︎ 続編はこちら🔗
https://ncode.syosetu.com/n9210lk/
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

柑橘🍊
2025.10.26 柑橘🍊

アリエルかわいいw

2025.10.26 木風

感想ありがとうございます。
そう言っていただけて嬉しいです!
引き続きよろしくお願いします!

解除

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない

As-me.com
恋愛
完結しました。 自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。 そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。 ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。 そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。 周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。 ※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。 こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。 ゆっくり亀更新です。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

【完結】ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから!

As-me.com
恋愛
 完結しました。 説明しよう。私ことアリアーティア・ローランスは超絶ど近眼の悪役令嬢である……。  気が付いたらファンタジー系ライトノベル≪君の瞳に恋したボク≫の悪役令嬢に転生していたアリアーティア。  原作悪役令嬢には、超絶ど近眼なのにそれを隠して奮闘していたがあらゆることが裏目に出てしまい最後はお約束のように酷い断罪をされる結末が待っていた。  えぇぇぇっ?!それって私の未来なの?!  腹黒最低王子の婚約者になるのも、訳ありヒロインをいじめた罪で死刑になるのも、絶体に嫌だ!  私の視力と明るい未来を守るため、瓶底眼鏡を離さないんだから!  眼鏡は顔の一部です! ※この話は短編≪ど近眼悪役令嬢に転生したので意地でも眼鏡を離さない!≫の連載版です。 基本のストーリーはそのままですが、後半が他サイトに掲載しているのとは少し違うバージョンになりますのでタイトルも変えてあります。 途中まで恋愛タグは迷子です。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。