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2章 修道院訪問、そして新たな波乱
③
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修道院の鐘楼から戻った後も、私は修道女の言葉が頭から離れなかった。妙な人物――修道院を見つめるだけで何もしない存在。それが一体何を意味するのか。
「……もしかして」
ふと頭をよぎるのは、社交界で私について囁かれている噂。誰かが私を監視し、動向を探ろうとしているのだろうか。それとも単なる偶然なのか。
考えれば考えるほど、嫌な予感が強くなるばかりだった。
その翌日の夜、修道院は異様な静けさに包まれていた。
中庭を歩いていた私は、ふと風の音に混じって、かすかな物音を聞いた。振り返っても誰もいない。それでも、背筋に冷たいものが走る。
「……誰かいるの?」
小さく声を出すが、返事はない。辺りを見回しても、ただ静寂だけが広がっている。
その時だった。修道院の外壁の影から、何者かの足音が聞こえた。荒々しい、それでいて迷うことなく進む足取り――。
「誰ですの!」
声を張り上げると、物音がピタリと止まった。次の瞬間、影の中から一人の男が姿を現す。
男は黒い外套に身を包み、顔を半分隠していた。目だけが鋭く光り、その視線が私をまっすぐに射抜く。
「……リリアナ・アレクシア・フォン・ヴァレンシュタイン=オルディナ様」
低い声で私の名前を呼ばれる。その声音には、奇妙な敬意と、どこか不穏な響きが混じっていた。
「あなたは誰ですの?」
「私は……ただの使者です」
「使者?」
男は微かに笑みを浮かべたように見えたが、それが友好的なものではないことは明らかだった。
「貴女の動向を見守るよう、命じられただけです」
「命じられた……?一体誰に?」
「それをお教えすることはできません。ただ、貴女の行動がこれ以上波乱を呼ぶようなら、対処せざるを得ない」
その言葉に、私の胸は一気に冷たくなる。
「わたくしが波乱を呼ぶ……?」
「はい。貴女は――ここにいるべきではないのです」
男はそう言い残すと、一瞬の隙をついて姿を消した。追いかけようにも、どこにも彼の影は見えない。
私はその場に立ち尽くしたまま、言葉を失っていた。
その翌日、ルシアンは再び修道院を訪れた。
「君に話がある」
そう言いながら、彼は少し険しい顔をしている。どうやら、昨日の件について既に何かを察しているらしい。
「昨日、妙な男が修道院に現れました」
私が話し始めると、ルシアンの表情がさらに険しくなった。
「やはり……」
「殿下、何かご存知なのですか?」
「少しだけな。君の存在を快く思わない者たちが動き出している可能性がある。だが、それが誰かまでは分からない」
ルシアンは静かに言葉を続ける。
「君が修道院で静かに過ごすことすら許さない者がいる。俺が守ると言った意味が分かっただろう?」
その言葉に、私は胸が苦しくなるのを感じた。
「殿下……」
「君がここにいても、平穏は訪れないかもしれない。それでも、この道を選ぶつもりか?」
彼の言葉は正しかった。だが、それを受け入れるのは難しい。私は静かに答えた。
「少しだけ考えさせてください」
ルシアンはそれ以上何も言わず、私を見つめて頷いた。
その夜、私は一人で考え込んでいた。
修道院は私が平穏を得るための場所だったはず。それなのに、波乱がつきまとうのはどうしてなのだろう。
「……この道が間違っている?」
自分に問いかける。だが、すぐに首を横に振った。
(いえ、これ以上誰かを巻き込むことはしたくない。それだけは……)
決意を新たにした瞬間、扉が静かにノックされた。振り返ると、修道女の一人が立っている。
「リリアナ様、お話ししたいことがございます」
その言葉に、胸のざわめきがまた一つ大きくなった。
「……もしかして」
ふと頭をよぎるのは、社交界で私について囁かれている噂。誰かが私を監視し、動向を探ろうとしているのだろうか。それとも単なる偶然なのか。
考えれば考えるほど、嫌な予感が強くなるばかりだった。
その翌日の夜、修道院は異様な静けさに包まれていた。
中庭を歩いていた私は、ふと風の音に混じって、かすかな物音を聞いた。振り返っても誰もいない。それでも、背筋に冷たいものが走る。
「……誰かいるの?」
小さく声を出すが、返事はない。辺りを見回しても、ただ静寂だけが広がっている。
その時だった。修道院の外壁の影から、何者かの足音が聞こえた。荒々しい、それでいて迷うことなく進む足取り――。
「誰ですの!」
声を張り上げると、物音がピタリと止まった。次の瞬間、影の中から一人の男が姿を現す。
男は黒い外套に身を包み、顔を半分隠していた。目だけが鋭く光り、その視線が私をまっすぐに射抜く。
「……リリアナ・アレクシア・フォン・ヴァレンシュタイン=オルディナ様」
低い声で私の名前を呼ばれる。その声音には、奇妙な敬意と、どこか不穏な響きが混じっていた。
「あなたは誰ですの?」
「私は……ただの使者です」
「使者?」
男は微かに笑みを浮かべたように見えたが、それが友好的なものではないことは明らかだった。
「貴女の動向を見守るよう、命じられただけです」
「命じられた……?一体誰に?」
「それをお教えすることはできません。ただ、貴女の行動がこれ以上波乱を呼ぶようなら、対処せざるを得ない」
その言葉に、私の胸は一気に冷たくなる。
「わたくしが波乱を呼ぶ……?」
「はい。貴女は――ここにいるべきではないのです」
男はそう言い残すと、一瞬の隙をついて姿を消した。追いかけようにも、どこにも彼の影は見えない。
私はその場に立ち尽くしたまま、言葉を失っていた。
その翌日、ルシアンは再び修道院を訪れた。
「君に話がある」
そう言いながら、彼は少し険しい顔をしている。どうやら、昨日の件について既に何かを察しているらしい。
「昨日、妙な男が修道院に現れました」
私が話し始めると、ルシアンの表情がさらに険しくなった。
「やはり……」
「殿下、何かご存知なのですか?」
「少しだけな。君の存在を快く思わない者たちが動き出している可能性がある。だが、それが誰かまでは分からない」
ルシアンは静かに言葉を続ける。
「君が修道院で静かに過ごすことすら許さない者がいる。俺が守ると言った意味が分かっただろう?」
その言葉に、私は胸が苦しくなるのを感じた。
「殿下……」
「君がここにいても、平穏は訪れないかもしれない。それでも、この道を選ぶつもりか?」
彼の言葉は正しかった。だが、それを受け入れるのは難しい。私は静かに答えた。
「少しだけ考えさせてください」
ルシアンはそれ以上何も言わず、私を見つめて頷いた。
その夜、私は一人で考え込んでいた。
修道院は私が平穏を得るための場所だったはず。それなのに、波乱がつきまとうのはどうしてなのだろう。
「……この道が間違っている?」
自分に問いかける。だが、すぐに首を横に振った。
(いえ、これ以上誰かを巻き込むことはしたくない。それだけは……)
決意を新たにした瞬間、扉が静かにノックされた。振り返ると、修道女の一人が立っている。
「リリアナ様、お話ししたいことがございます」
その言葉に、胸のざわめきがまた一つ大きくなった。
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