病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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雪は溶け、柔らかな土の匂いが風に混じり始めていた。
城の石畳の隙間からは、芽吹きの緑が顔を出している。

季節は変わりつつあるのに、リリーナの体調は一向に回復しない。

「また、微熱が……」

小さく息を吐きながら、白魔法を自身に施す。
温かく輝く癒しの光の中に、わずかな痛みが混じっていた。

(白魔法で治る。でも、“治り切らない”)

 

◆ ◆ ◆

 

「毒、ですか?」

「積み重ねるタイプ。ごく微量ずつ、日常に紛れ込ませて……」

カミラとエドガーが告げた報告は、リリーナの読みを裏付けるものだった。
動いたのは、第一王子派の財務官。そして、庶民筋から厨房へと繋がる裏ルート。

「じゃあ……次で、終わらせましょう」

「姫様……」

「晩餐で倒れて見せる。王族全員の前で。
これで、毒という手札を永遠に封じる」

 

◆ ◆ ◆

 

春の晩餐。上位貴族と聖職者が揃う夜、
リリーナは白いドレスに身を包み、優雅な微笑を浮かべていた。

料理が配られた瞬間、彼女は静かにフォークをとり、葡萄のパイを口に運ぶ。

──そして、世界が崩れた。

胸の内側が焼ける。視界が霞む。
体が椅子から滑り落ち、絨毯の上に白く横たわる。

「姉上っ!!」

ユリアンの叫びが、会場中に響いた。
食器が割れる音。誰かが駆け寄り、誰かが医師を呼び、誰かが泣いた。

「お願い、お願い、死なないでっ……!」

ユリアンは転ぶように姉の元に駆け寄り、その手を握った。
あたたかい。まだ生きている。でも、すぐに冷たくなるかもしれない――。

「僕が……僕が守れなかった……!なんで……!」

震える声が、喉の奥から漏れ続ける。
リリーナが微かに指を動かしても、彼には届かなかった。

「殿下、下がってください!」「医師が来るまで……!」

「いやだ!僕がいなかったから……お姉さまがっ!」

止めようとする侍従を振りほどき、ユリアンはその場で姉の名を何度も呼び続けた。

 

◆ ◆ ◆

 

数時間後――離宮の寝室。

リリーナが静かに目を開くと、最初に目に入ったのは、泣きはらして真っ赤になったユリアンの顔だった。

「……ユリアン?」

「……お姉さま!」

ユリアンは、その声を聞いた瞬間、腕の中の力が抜けたように崩れ落ちた。
次の瞬間、彼はベッドの端に縋るようにしがみつく。

「ごめん……僕、守れなかった……。僕、もっと強くなるから……!
だから……行かないでよ……お姉さま、死なないでよ……っ!」

「ユリアン……私は、あなたを置いてなんて行かないわ」

リリーナは、まだ痛む体を起こして、その小さな手を握った。

「だって私は……あなたのために、生きているのだから」

ユリアンはこくりと頷き、そして、リリーナの胸に顔を埋めて泣いた。

 

◆ ◆ ◆

 

その翌日。
王命により、宮廷の厨房と財務局に一斉捜査が入り、複数の関係者が拘束された。
“聖女を毒で倒す”という禁忌を犯した者たちに対し、貴族たちの評価は冷たく、王宮の空気は明確に変わっていた。

毒という手は封じられた。
だが、王冠を巡る争いは、これからさらに過熱していく。

リリーナは心の奥で誓った。

(今度こそ、ユリアンが傷つく前に、私がすべてを終わらせる)

春の光は柔らかい。けれど、心の奥は未だ、雪解けを知らぬまま。
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