病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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城塞の石壁に粉雪が打ちつける昼下がり。
リリーナが暖炉の前で白湯を啜っていると、部屋の扉をノックもせずに開ける者があった。深紅の外套に雪を散らしたカミラ・ローゼンハイトである。彼女の腕には小ぶりな籠。中には、いま王都で評判の〈雪雫パヴェ〉──粉糖をまとった一口サイズの焼き菓子がぎっしり詰まっていた。

「寝台にいるかと思ったのに、意外と元気そうね」
「お見舞いに甘いもの? 流行りのお菓子、わざわざ並んだの?」
「宰相家の名札で横入りよ。はい、温かいうちにどうぞ」

カミラは火鉢のそばに腰を下ろし、籠をテーブルへ押しやった。ほろりと崩れる菓子から、蜂蜜とバターの匂いが立つ。リリーナがひとつ摘まむと、外がさらりと溶け、内側から林檎の甘酸っぱさが広がった。

「美味しいわ」
「でしょう。……で、本題。ほんとうに、縁談を蹴る気?」

リリーナはカップを置き、視線だけで答えを示した。
カミラはため息を混じえ、籠の紙紐を指で弄ぶ。

「あなたが無理を重ねて血を吐くたび、私は肝が冷えるの。毒で倒れた夜なんて、心臓が止まるかと思った。――ここは、あなたを祝福より利害で量る人間が多すぎるわ。外交的に守られる立場に行くのも、一つの道よ」

「隣国へ嫁げ、と?」
「ええ。正直に言うと、最初は“王族が一人減れば国内は静かになる”と計算していた。でも今は違う。私は友人として尋ねてるの。生き延びる方を選ぶ気はないの?」

リリーナは思わずまばたきをした。
カミラが、こんな真正面な“友情”の語り口を使うなど、これまで一度もなかった。

「……驚いたわ。あなたにそんなふうに心配されるなんて」
「私は合理主義者だけれど、薄情ではないつもりよ」
「ありがとう。でも私は行かない。ここでしか果たせない役目があるから」

カミラは視線を落とし、膝の上で指を絡めた。
「ユリアン王子のため?」
「ええ。あの子が王になるその日まで、私は傍にいる。もともと、そう誓って転生したもの」

「転生?」
「比喩よ。……けれど本気」

暖炉の火がぱちりと弾け、橙の光が二人の横顔を照らす。
カミラは数息ぶん黙ったのち、わずかに唇を持ち上げた。

「わかったわ。なら私も腹を括る。あなたが残ると決めた以上、縁談は“病弱につき破談”で宮廷に通しておく。証拠の診断書はすでに医師から取った。白魔法で微熱を演出したでしょう?」
「用意が早いのね」
「友人の覚悟を信じるなら、段取りは私の仕事よ」

リリーナは笑い、指先で〈雪雫パヴェ〉をもう一粒つまんだ。外は粉雪が強まり、窓の外景を白く霞ませている。熱い甘さが喉を下り、胸の奥までじんわりと広がった。

「カミラ、あなたって本当に頼もしい」
「言ったでしょう。薄情ではないって」

その言葉は、炉火よりも温かかった。リリーナは小さく息をつき、雪景色の向こうにある弟の笑顔を想う。

――嫁がずとも、此処で生き延びる。
その決意が、冬の白い息とともに静かに空へ溶けていった。
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