病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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春は、思ったよりも遅れてやってきた。

雪解けの川は水かさを増し、農村の小道はぬかるみ、空を渡る風もまだ冷たい。
それでも、王都の空気は少しずつ緩んでいた。
冬の厳しさを越えたという事実だけで、人はほんの少しだけ前を向ける。

「豆と芋は、土地の力がなくても育ちます。特に豆は連作障害も出にくい」

エドガーは資料を持ち寄りながら、落ち着いた声で語った。
王宮の応接室。窓辺に揺れる淡い陽射しの中、リリーナは静かに頷いた。

「……籠に入れた卵の数を分けるように、民の命も散らさなければなりませんね。
どの地方にも、均等に希望の種を」

彼女が作り上げた奨学金制度の繋がりは、各地の官吏や商人に根を張りつつある。
“姫君の命を救った慈善の白魔法”は、もはや伝説のように語られ、彼女の言葉には重みがあった。

春の穀物供出には多くの課題が残るが、貧民街の一角ではすでに豆の種まきが始まっていた。

「殿下、菜園の少年たちが“春を植えた”と笑っていました。……笑顔は、まだあります」

エドガーの報告に、リリーナの胸がわずかに熱を帯びた。
手が届かないと思っていた希望が、ようやく根づき始めている。
魔法では救えない飢えにも、言葉と仕組みが届くという確信。

その夜、カミラが訪れる。
季節の苺を載せたタルトを土産に、表情は柔らかい。

「お茶、いただけるかしら? この時期は目が回るほど情報が渦巻いてるの」

リリーナが微笑んで席をすすめると、カミラはすぐに本題へ入った。

「……隣国同士の戦争、長引きすぎてね。どちらも消耗が激しい。春の補給線が整わなければ、両国ともに膠着状態が続くでしょう」

「つまり、今が動く好機――と誰かが思い始める」

「そう。今までは軍拡の波に呑まれていた貴族たちが、静かに顔を出しはじめているわ」

リリーナは目を伏せて、カップに浮かんだ紅茶の波を見つめた。
どれだけ日常を整えても、戦の影は王都に迫る。
けれど、その波をどうか後戻りさせずにすむように――

「カミラ、支援している農地の一部に見回りの兵をつけられる?」

「あなたが言うなら動かすわ。民が畑を守るには、まず安全が必要よね」

「ええ。春は、育つものを見捨ててはいけないの」

アクアマリンの魔石が胸元でそっと揺れる。
弟に贈られたあの蒼は、今日も肌にあたたかい。

希望は刃のように脆い。けれど、手放すわけにはいかない。
リリーナは視線を上げる。
芽吹いた命と、託された未来を守るために――。
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