病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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秋の冷気は、人の心にも忍び寄る。
木々が色づき始めた庭園を、リリーナは静かに歩いていた。
風が吹くたび、乾いた葉が舞い落ちる。まるで戦火に焼かれた街の瓦礫のようだと、ふと脳裏に浮かぶ。

「姫様、これを」

エドガーが差し出したのは、一通の手紙だった。
封蝋には第一王子・ヴァルセリオスの印。報せが届いたのだと理解するまでに、リリーナは数秒を要した。

手紙を開いた瞬間、胸元のアクアマリンが微かに揺れる。
ユリアンが贈ってくれた、穢れなき蒼。
今、それは胸の奥に沈む何かと静かに共鳴しているようだった。

《北東前線、正式に停戦となる。
被害都市の復旧が完了次第、冬の初めに王都へ戻る。
民の声に耳を傾ける時間を与えられたことを感謝している――ヴァルセリオス》

手紙は彼らしく、誠実で、真っ直ぐだった。
だがリリーナの心は、素直に安堵することを許してはくれなかった。

(戦に行くはずだったのは、ユリアンだった。
あの未来をねじ曲げた結果、兄上が……)

彼を憎んだことなど一度もなかった。
むしろ幼い頃、彼が優しく手を引いてくれた記憶は、今も色褪せずにある。
それでも――

(……私は、ユリアンの未来を選んだ。兄上の未来を、切り捨てるかもしれないと知りながら)

足元に落ちた一枚の枯葉を、リリーナはそっと踏んだ。
パリ、と乾いた音がする。

「エドガー、停戦が公表されたらすぐ、慈善団体と教会に連絡を。
戦地の街には復興の支援物資を。名目は“王都からの友愛”。でも、実際には――」

「“姫君の後援”。かしこまりました。医療院や薬師、教会の施療院へも連絡を回します」

「ええ。……あの街に、希望を届けるの。
誰の功績でもない、民の希望として」

ヴァルセリオスが正義として祭り上げられれば、彼を望む貴族の声は高まる。
その波に呑まれれば、ユリアンは再び“弟王子”として使い潰されてしまう。
それだけは、決して許さない。

「手紙を返すわ。兄上に、心からの感謝と、どうか無事で帰ってきてほしいと――伝えて」

「……リリーナ様」

「兄上の帰還は、祝福されるべきものよ。
けれど、その影に、弟を沈めてはいけないわ」

風がまた吹いて、秋色の葉が空に舞い上がる。
その中で、リリーナの白いドレスがはためいた。
蒼いアクアマリンは、静かにその胸元で輝いていた。
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