病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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蝉の声が堅牢な石壁に反響し、真昼の熱が王城の回廊を焼いている。
それでも中庭の芝は瑞々しく、噴水から跳ねる水飛沫が陽光を弾いて眩しかった。

ヴァルセリオスは、弓の稽古を終えた帰途、その光景を眺めて足を止めた。
視線の先――白い陽傘の下で談笑するリリーナとユリアン。

妹は薄水色の夏衣を着こなし、儚い雰囲気をまといながらも、ときおり控えめに笑う。
以前より頬の赤みが戻り、血の色を失った“聖女”の面影は遠のきつつある。

対してユリアンは一年前と比べ、背丈が目に見えて伸びていた。
剣稽古で締まった肩幅、声は低くなり始め、瞳には少年から青年へ向かう硬質な光が宿る。
胸元には相変わらず――リリーナが与えたダイヤモンドのネックレス。
陽光を受けて小さく瞬くそれが、ふたりを結ぶ細い鎖のように見えた。

(リリーナとユリアン……支え合っているというより、絡まり合っているな)

ヴァルセリオスは眉をひそめる。
自分が軍で功を立てる一方で、この兄妹は王城の片隅で慈善と勉学に励み、緩やかな支持を育ててきた。
だがその基盤は脆弱だ。宰相家という後ろ盾はあるものの、今の宮廷では彼と対抗するには力不足。

(だからこそ、互いに寄り添えるのだろうか。
同盟を必要としないほど確かな絆――羨ましい、と……思うのか、俺は?)

ふと、ユリアンがこちらを振り向いた。
夏空の下、その水色の瞳がとらえたのは兄の姿。
目が合う――瞬間、少年の表情がわずかに引き締まった。
まるで侵入者を警戒するような、緊張と敵意の入り混じった一瞬の硬直。

ヴァルセリオスは息を詰めた。
その視線に宿る棘は、幼い頃の無垢な敬慕とは別物だ。

(……護りたい相手を見る目? いや、それ以上に――)

そこへリリーナがユリアンの肩に手を置き、何事か囁く。
少年の表情はすぐ柔らぎ、ダイヤのネックレスが彼女の指先で軽く揺れた。
陽傘の下、ふたりの距離は近すぎて、夏の熱よりも濃い気配が漂う。

(まさか……姉に対し、家族以上の情を?)

思考の底で、冷たい鈍痛が生まれた。
禁忌めいた疑念に、同時に覚えるのは不可解な寂しさだった。

(俺とリリーナが共有した幼い日々は、もう遠い。
いつの間にか、彼女の隣はユリアンが当然のように立っている)

ヴァルセリオスは唇を結び、瞼を伏せる。
戦場で数えきれない別離を見た。
だが、柔らかな日常の中にも喪失は潜むのだと、今さら痛感する。

「殿下」

従者が呼びに来た声で、思考は途切れた。
ヴァルセリオスは最後にもう一度だけ、陽傘の下の兄妹を眺める。
リリーナがこちらへ向かって静かに微笑み、ユリアンも遅れて会釈を返した。
その笑顔を、優しいと感じると同時に――どこか手の届かない距離を覚えた。

(あの二人の絆を壊す気はない。
けれど、もし疑念が真ならば――王家に新たな火種が潜むということか)

蝉声の渦に背を向け、ヴァルセリオスは回廊の影へ歩み去った。
陽射しはなお強く、白壁に焼けた匂いが立ちこめる。
胸中に残ったわずかなざらつきが、夏の熱気と交じり合い、静かに燃え続けた。
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