病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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厳しい冬が過ぎ去り、王都にもようやく柔らかな陽射しが戻り始めた。
空を渡る風にまだ冷たさは残るが、それでも石畳の街角には、春の訪れを告げる花々が咲き始めている。

宮廷では、冬の間に膠着していた貴族たちの動きが再び活発になり始めていた。
けれど、その空気には、以前とは明らかに違う“気配”があった。
議会で不正が暴かれたことで、第一王子を支持していた貴族の中に混乱が生まれ、緩やかに――だが確実に――勢力の再編が始まっていたのだ。

「……なるほど。次代を見据えるなら、若さも大事ということか」
応接間の帳の陰で、ある中堅貴族がそっと呟いた。

話題に上がっていたのは、第二王子ユリアン。
まだ十六になったばかりの少年王子ではあるが、彼の背後には慈善派と呼ばれる新興の勢力がある。
庶民出身の文官や奨学金制度で登用された青年たち――そのいずれもが、実務能力に優れ、国を想う意志に満ちている。

何より、彼の姉、リリーナ王女の存在が大きい。
表向きは関与していないが、長年にわたる慈善活動と癒しの魔法によって、王都の民の信頼を一身に集めてきた。
その献身が、結果的に弟ユリアンの“心優しき後継者”としての印象を形づくっているのだ。

「まだ表立っては動けないが……次代の候補として考える価値はある」
そう囁かれるようになったのは、この春に入ってからだった。

 

一方、リリーナは変わらず慎ましい日々を送っていた。
慈善活動の再開、庶民向けの施療院への出資、そして宮中での文官育成のための読書会。

そのどれもが、公には政治色を帯びていない。
だが、その水面下では、支援した者たちが「自然と」ユリアンへの忠誠を口にするようになっていた。

 

ユリアン自身は、まだその全貌を理解してはいなかった。
けれど、時折寄せられる貴族たちからの謁見や祝辞の数が増えていることには、なんとなく気がついている。

「姉上、最近、僕のところに来る人たち……少し前とは違う気がします」
春の庭園での昼下がり、ユリアンはリリーナに小さな声でそう言った。

「そうかしら?」
リリーナは微笑んで、彼の髪に手を伸ばす。
春の陽光に照らされたユリアンは、かつての幼い弟の面影を残しながらも、もはやひとりの若者になっていた。

「でも、どんな立場の人であっても、あなたの誠実さを見て、信じたくなるのでしょうね」
「……僕はまだ、そんなに立派じゃないよ」
「だからこそ、信じられるのよ。私が、そう思うもの」

言いながら、リリーナは彼の胸元のダイヤモンドを指先で軽く押した。
ユリアンの肌にぬくもりを残す、それは姉からの想いの象徴。

「でも、あなたが王にならなくても、私は構わないの。ずっと、あなたが生きていてくれれば、それだけで」
「……そんなの、僕が許さないよ。僕は、姉上の傍にいたいんだ」
そう言って、ユリアンは彼女の手をそっと握った。

ふたりの間を、春の風が通り抜ける。
やわらかな花の香りが、ほんの一瞬、微かに空気を満たした。

 

貴族たちの水面下の動き、揺れる王座の影。
そのどれもが、いずれ表舞台に現れるだろう。

だが今この瞬間だけは、リリーナの瞳も、ユリアンの手も、確かに“ここにある未来”を信じていた。
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