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王都に初雪が降った。
白が静かに世界を覆い、音という音が吸い込まれていくような、冬の夜。
王城の石壁も、ひときわ厳かにその輪郭を浮かび上がらせ、灯りの漏れる窓の数だけ温もりを想像させた。
今日はユリアンの十六歳の誕生日。
王宮には控えめながらも祝福の色が添えられ、遠方から戻った第一王子ヴァルセリオスも久しぶりに宴席に列した。
戦火にあった昨年と違い、今年は王都も、家族も穏やかな冬を迎えられている――そう信じたくなるような、ささやかな平穏がそこにあった。
けれど、広間の片隅には確かに人々のさざめきがあった。
秋の議会で暴かれた不正貴族たちの名前、失脚の顛末、そしてそれを導いた“誰か”の存在。
直接名は挙がらないが、慈善活動で名を広めてきた文官や若手商人、その背後にある「慈善派」の暗躍が囁かれていた。
実際には、長年かけてリリーナが丹念に築いた基盤が動いている。だが、それを知る者はほんの一握りだ。
そのざわめきを、ヴァルセリオスは正装の袖口に手をやりながら黙って受け流していた。
銀の髪をきちんと結い上げた彼は、戦場で得た功績から“英雄”として祭り上げられつつある。
そして今、その輝きが王位の後光として使われようとしていることも、理解していた。
だがヴァルセリオスは――リリーナが政治の水面下で動いているとは思っていなかった。
彼にとってリリーナは、儚く慎ましい妹であり、病弱な身体でなお民のために祈り癒す、まさしく“守るべきレディ”である。
騎士として育ち、レディは守る対象であると教え込まれてきた彼にとって、妹が政略の網を引いているとは、想像の外にあった。
視線を巡らせれば、祝宴の中央でリリーナがユリアンへ短剣を贈っている場面が目に入った。
細身のドレスに包まれたリリーナの輪郭は今も変わらず繊細で、その隣に立つユリアンの背丈が彼女を追い越しつつあるのがよくわかる。
それでも、姉を見つめるユリアンのまなざしは、幼い頃のままに純粋で、どこか切実だった。
リリーナが微笑みながら短剣の鍔にそっと手を添え、何か囁いた。
その声は遠くて届かなかったが、ユリアンの頬が少しだけ赤らみ、誇らしげに胸を張ったのが印象的だった。
胸元には、リリーナがかつて贈ったダイヤモンドのネックレスが今日もきらめいている。
どれだけ時が過ぎても、ユリアンはそのお守りを肌身離さず身につけていた。
戦場から帰ってきてなお、ヴァルセリオスの心を温めたのは、こうした家族のささやかな時間だった。
政治に利用される王冠を自ら望む気はない。
けれど、リリーナもユリアンも、こうして在るのなら――
せめて自分が前に立って、風よけになれるなら、それでいい。
そう思うとき、ほんの少しだけ肩にかかる重みが軽くなるのだった。
やがて兄妹三人だけの時間が設けられ、白薔薇の間の小広間に場所を移す。
暖炉の火が静かに揺れ、窓の外では雪がしんしんと降っている。
「兄上、また剣の手合わせをお願いします」
ユリアンが真っ直ぐな目で頼み、ヴァルセリオスは少し笑ってうなずいた。
「いいだろう。だが油断はするなよ。もう、お前の剣には子供の力とは言えなくなってきた」
「はい。……姉上に誓って、負けません」
言いながら、ユリアンは姉の方を見やる。
リリーナは黙って頷き、優しく微笑んでいる。
その瞳には、何もかもを許し、何もかもを見通すような静かな光が宿っていた。
ヴァルセリオスはその笑みを、ただ愛おしいものとして受け取り、兄として守るべき存在だと改めて思った。
彼女が裏で糸を引いている可能性など、微塵も思わぬまま。
彼の視線は、ただ一人の騎士としての優しさだけで、妹の姿を見つめていた。
そして窓の向こうでは、白い雪がまたひとひら、静かに落ちてゆく。
王宮という舞台の幕間に、わずかに休息を与えるように。
だがリリーナだけは知っている。
白の下には、燃えさしの火がまだくすぶり続けていることを。
それが、いずれ王座を巡る火種になることも――。
白が静かに世界を覆い、音という音が吸い込まれていくような、冬の夜。
王城の石壁も、ひときわ厳かにその輪郭を浮かび上がらせ、灯りの漏れる窓の数だけ温もりを想像させた。
今日はユリアンの十六歳の誕生日。
王宮には控えめながらも祝福の色が添えられ、遠方から戻った第一王子ヴァルセリオスも久しぶりに宴席に列した。
戦火にあった昨年と違い、今年は王都も、家族も穏やかな冬を迎えられている――そう信じたくなるような、ささやかな平穏がそこにあった。
けれど、広間の片隅には確かに人々のさざめきがあった。
秋の議会で暴かれた不正貴族たちの名前、失脚の顛末、そしてそれを導いた“誰か”の存在。
直接名は挙がらないが、慈善活動で名を広めてきた文官や若手商人、その背後にある「慈善派」の暗躍が囁かれていた。
実際には、長年かけてリリーナが丹念に築いた基盤が動いている。だが、それを知る者はほんの一握りだ。
そのざわめきを、ヴァルセリオスは正装の袖口に手をやりながら黙って受け流していた。
銀の髪をきちんと結い上げた彼は、戦場で得た功績から“英雄”として祭り上げられつつある。
そして今、その輝きが王位の後光として使われようとしていることも、理解していた。
だがヴァルセリオスは――リリーナが政治の水面下で動いているとは思っていなかった。
彼にとってリリーナは、儚く慎ましい妹であり、病弱な身体でなお民のために祈り癒す、まさしく“守るべきレディ”である。
騎士として育ち、レディは守る対象であると教え込まれてきた彼にとって、妹が政略の網を引いているとは、想像の外にあった。
視線を巡らせれば、祝宴の中央でリリーナがユリアンへ短剣を贈っている場面が目に入った。
細身のドレスに包まれたリリーナの輪郭は今も変わらず繊細で、その隣に立つユリアンの背丈が彼女を追い越しつつあるのがよくわかる。
それでも、姉を見つめるユリアンのまなざしは、幼い頃のままに純粋で、どこか切実だった。
リリーナが微笑みながら短剣の鍔にそっと手を添え、何か囁いた。
その声は遠くて届かなかったが、ユリアンの頬が少しだけ赤らみ、誇らしげに胸を張ったのが印象的だった。
胸元には、リリーナがかつて贈ったダイヤモンドのネックレスが今日もきらめいている。
どれだけ時が過ぎても、ユリアンはそのお守りを肌身離さず身につけていた。
戦場から帰ってきてなお、ヴァルセリオスの心を温めたのは、こうした家族のささやかな時間だった。
政治に利用される王冠を自ら望む気はない。
けれど、リリーナもユリアンも、こうして在るのなら――
せめて自分が前に立って、風よけになれるなら、それでいい。
そう思うとき、ほんの少しだけ肩にかかる重みが軽くなるのだった。
やがて兄妹三人だけの時間が設けられ、白薔薇の間の小広間に場所を移す。
暖炉の火が静かに揺れ、窓の外では雪がしんしんと降っている。
「兄上、また剣の手合わせをお願いします」
ユリアンが真っ直ぐな目で頼み、ヴァルセリオスは少し笑ってうなずいた。
「いいだろう。だが油断はするなよ。もう、お前の剣には子供の力とは言えなくなってきた」
「はい。……姉上に誓って、負けません」
言いながら、ユリアンは姉の方を見やる。
リリーナは黙って頷き、優しく微笑んでいる。
その瞳には、何もかもを許し、何もかもを見通すような静かな光が宿っていた。
ヴァルセリオスはその笑みを、ただ愛おしいものとして受け取り、兄として守るべき存在だと改めて思った。
彼女が裏で糸を引いている可能性など、微塵も思わぬまま。
彼の視線は、ただ一人の騎士としての優しさだけで、妹の姿を見つめていた。
そして窓の向こうでは、白い雪がまたひとひら、静かに落ちてゆく。
王宮という舞台の幕間に、わずかに休息を与えるように。
だがリリーナだけは知っている。
白の下には、燃えさしの火がまだくすぶり続けていることを。
それが、いずれ王座を巡る火種になることも――。
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