病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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夏の陽射しが王都を照りつけていた。
街路樹の影は短く、石畳の輝きは白く眩しい。だがその光の下で、王宮の空気はどこか乾いた緊張を孕んでいた。

「――第二王子殿下のことを、次代として考えてはどうか」

噂はすでに“私語”ではなく、“提案”の形をとって貴族たちのあいだを流れ始めている。
それも、ただの風聞ではない。
冬から春にかけてリリーナが手配した支援、育成された文官たちの活躍が、確実にユリアンの名を押し上げていた。

さらには、ユリアン自身の成長。
剣の稽古、魔法の訓練、そして礼節と政の基礎を学ぶ日々の積み重ねは、彼をただの「可愛い第二王子」から、「信頼に足る若者」へと押し上げていた。

「……まだ幼いではないかという意見もある」
「だが、第一王子殿下はもう十年以上、軍の現場におられる。そのぶん、政治の感覚が……」
「それに、あちらは貴族たちに担がれている印象が強すぎる」

陰に陽に、言葉を濁しながらも。
ついに、王位継承の可能性においてユリアンの名が挙がるようになった。

 

リリーナはその流れを、あくまで“静かに”、だが確実に把握していた。
カミラのところへ集まる情報、エドガーが王都の商人から拾い上げてくる空気。
そして、リリーナ自身が肌で感じる、宮廷の“視線”。

彼女は、微笑んで受け流しながら、内心では冷ややかに距離と位置を測っていた。

「姫様、貴族サロンでの会話が少しずつ騒がしくなってきています」
報告を持ってきたのは、リリーナのもとで動く女官の一人。
慈善活動を通じて繋がった信頼の中で、少しずつ育ててきた小さな情報網の一員だ。

「そう。表に出るにはまだ早いのだけれど、彼らは我慢ができないのね」
「どうなさいますか?」
「……少し泳がせて。行き過ぎれば、勝手に自滅するわ」

そう言った声は柔らかく、美しい。
だがその奥には、冷たい計算がひっそりと息づいていた。

 

午後、ユリアンが訪ねてくる。
汗を拭いながら、稽古帰りのままの少年は、姉の前に来ると少し恥ずかしそうに背筋を伸ばす。

「姉上、剣の試合で勝ちました。近衛の方にも褒められました」
「まぁ、それはすごいわ。……ご褒美は何がいいかしら?」
「うーん……じゃあ、姉上と散歩」
「ふふ、それならいくらでも」

ふたりで中庭を歩く。
蝉の声、噴水の音、花々の香り――それらを愛おしそうに受け止めながら、リリーナは少しだけ横目で弟を見た。

(貴族たちが動き出したのを、この子はまだ知らない。でも、もう気づくべき時期に来ている)

「ユリアン」
「はい?」
「今度、少しだけ退屈な話をしましょう。……未来の話よ」

少年の顔に、不安とも期待ともつかない影が差す。
けれど彼は、姉の手をそっと握って頷いた。

「……うん、僕、ちゃんと聞くよ」

 

夏の陽が傾き、王宮に長い影が落ち始めた頃。
その光と闇の狭間に、リリーナの静かな“戦略”が進行していた。

誰もが、彼女が儚げな白い花であると信じたまま。
その根が、深く深く、土の中で広がっていることを知らないままに――
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