病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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離宮の窓辺に、薄い冬光が滲んでいた。
王都の喧騒から隔絶された森に抱かれたその館は、本来なら静養のための避暑地。
だが今は、死の匂いを孕んだ病室の結界となっている。

リリーナは白い天蓋の下で眠り続けていた。
胸の傷は白魔法で一度塞がれたが、刃に塗られていた呪毒が血脈に残り、白魔法は触れるたび弾けて後退する。
教会から招いた癒し手が昼夜を問わず魔力を注いでも、脈は糸のように頼りなかった。

侍女レイナはほとんど離宮を離れない。
冷えた額に蒸し布を当て、薄い唇へ薬湯を流し込み、それでも吐血で染まる枕を何度も替えた。
回廊には聖職者の詠唱が淡く響き、燭台の炎は微かに揺らぐ。
それは祈りの灯とも、燻る絶望の焔とも取れた。

ユリアンは、離宮の窓外に立ち尽くしていた。
紅に染まった白ドレスの幻影がまぶたの裏で繰り返される。
砕けたアクアマリン。
手渡せなかった新しい護り石。
喧嘩別れのまま、迷いなく自分を庇った姉――

悔恨が喉を焼き、胸の奥で硬質な何かが軋む。
姉を救えなかった少年はもういない。
残ったのは、姉を蘇らせるために世界を逆さにしても構わない、と囁く影。

雪を踏む足音が背後に近づいた。
振り向くと、宰相家のカミラが外套を翻し、エドガーがその影のように従っていた。
二人とも目の奥に炎を宿している。

「……見舞いの許可は下りないでしょうが、状況を共有するわ」
カミラは夜気のように冷たい声で切り出す。
エドガーが静かに首肯した。

「暗殺者は取り押さえたが、“実行役”に過ぎません。背後には不正で追い詰められた貴族派の残党がいる。
――つまり、リリーナ様と第二王子を折る算段だったのでしょう」

ユリアンの拳が震えた。
喉の奥で、凍った血が砕けるような音がした。

「許さない」
震えた声が、夜気に沈む庭で鋼に変わる。
「姉を傷つけた者も、見逃した者も――すべて排除する」

カミラは一瞬だけ眉を寄せたが、やがて淡い笑みを刻んだ。
「なら、手を貸す価値があるわね。姫は私の友人。あの方を狙う連中を生かす気はない」

エドガーの緑の瞳が月光を映す。
「我々は“公正な報復”を用意しています。だが殿下――貴方が表に立つ覚悟は問われる」

ユリアンは答えず、白い離宮を振り返った。
夜窓の向こう、リリーナが眠る部屋には淡い聖光が揺れている。
それが消えれば、光の届かない王宮が残るだけ。

「覚悟など、とうに」

砕け散ったアクアマリンがまぶたの裏に蘇る。指先で新しいアクアマリンの護り石を強く握り締める。
石は微かな熱を帯び、青い火を孕んだように光った。
彼はそれを胸に掴んだまま、ゆっくりとカミラとエドガーに向き直る。

「手を貸してくれ。――全部、終わらせる」

遠く、離宮の塔鐘が深夜を告げ、雪明かりが三人の影をひとつに溶かした。
白い寝台の脇でレイナが祈る声だけが、夜の奥でかすかに揺れていた。
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