婚約破棄された令嬢、気づけば宰相副官の最愛でした

藤原遊

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第一章 婚約破棄と新たな決意

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「この婚約は、なかったことにしていただきたい」

王宮の謁見の間に、硬質な声が落ちた。
天井は高く、漆喰の白壁には歴代の王の肖像画が並び、陽光を受けた金の装飾が冷たく輝いている。
赤い絨毯が王座まで真っ直ぐに伸び、両脇には豪奢な礼服に身を包んだ廷臣たちが居並んでいた。
空気は張り詰め、わずかな衣擦れの音さえ耳に障る。

声の主は、隣国リュクサリアの王子ラファエルだった。
深緑の礼装に金糸の刺繍を施し、姿勢は正しく、誰もが目を奪われる容姿を備えている。
口元には微笑が浮かんでいたが、その笑みは冷え切っており、ひとひらの温もりも含んでいなかった。

「やはり新興の娘では務まらなかったか」
「王族の伴侶にふさわしくない」

囁きと嘲笑が左右から押し寄せる。
低いざわめきはやがて広がり、謁見の間の高い天井に反響する。
香の匂いが濃く漂い、呼吸さえ重苦しい。

セラフィーナは絨毯の中央に立ち尽くしていた。
淡い水色のドレスの裾が微かに震え、握りしめた両手の指先は血が通わぬほどに冷たい。
胸の奥だけが灼けつくように熱いのに、声は喉に絡んで出てこない。

ラファエルは表情を崩さず、淡々と告げた。

「我が国の事情により、より強固な縁を結ぶ必要がある。理解していただきたい」

理解。
その言葉は「国のために、お前は不要だ」と突きつけていた。

「セラフィーナ……」

父の声が震えた。
母もただ黙して視線を落とす。
新興貴族の家には抗う力はなく、誰も彼女を庇えない。

重苦しい沈黙の後に、再びさざ波のような笑いが広がった。
それは同情ではなく、見下す嘲り。
頬が熱を帯び、涙がにじむ。だがここで崩れてしまえば、全てを失う。

セラフィーナは唇を固く結び、背筋を伸ばした。
結婚に縋らずとも、自分は生きられる。
いつか必ず証明してみせる。

彼女の瞳に宿った炎に、この場の誰ひとりとして気づかなかった。
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