婚約破棄された令嬢、気づけば宰相副官の最愛でした

第一章 婚約破棄と新たな決意

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夜の館は静まり返っていた。
昼間のざわめきが嘘のように消え、廊下には燭台の炎だけが淡く揺れている。
新興侯爵家の屋敷は、古い名門の邸宅と比べれば質素で、石造りの壁も装飾は少ない。
それでも祖父の武勲を示す勲章や、父が商いで得た美術品が廊下に並び、この家の誇りを伝えていた。

扉が叩かれた。

「セラフィーナ」

入ってきたのは父と母だった。
二人の顔には深い疲労が刻まれている。
衣服の裾は乱れ、外を駆けずり回っていたことがすぐに分かった。

母は娘に近づき、その肩に手を置いた。

「今日一日、あらゆる家に使者を送ったの」

声は震えていた。

「あなたを守るため、すぐにでも新しい縁談を整えようとしたのよ」

セラフィーナは驚いて顔を上げた。

父が唇を結び、苦々しく続けた。

「だが、誰も応じなかった。門前払いもされた。
中には遠回しに『名を汚すな』とまで言う家もあった」

母は涙を浮かべて首を振った。

「陰謀の渦中にある娘を娶ろうとする家はないの。
私たちが新興だから、余計に……」

セラフィーナは胸が締め付けられる思いだった。
両親は自分を守ろうと必死に動いてくれた。
けれどその努力は、古い家々の冷笑に打ち砕かれた。

父は苦しげに言った。

「我らが不甲斐ないばかりに……お前を守れなかった」

母はセラフィーナの手を取った。

「でも忘れないで。どんな道を選んでも、私たちはあなたの味方よ」

セラフィーナは首を横に振った。

「謝らないでください。お父様もお母様も、私を守ろうとしてくださった。それだけで十分です」

蝋燭の炎が揺れ、三人の影を壁に映し出す。
その重さが部屋をさらに沈ませる。

セラフィーナはゆっくりと言葉を紡いだ。

「政略に翻弄されるだけの令嬢では終わりません。
私は自分の力で立ちます」

父は目を見開き、やがて静かに頷いた。

「……強くなったな、セラフィーナ」

母は涙を流しながらも微笑んだ。

「その強さこそ、あなたの誇りよ」

家族の愛と無力、そして娘の覚悟。
その夜、侯爵家の一室には、静かに燃え上がる炎が確かに灯っていた。