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第二章 副官の補佐官
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執務室に漂っていた疑念と嘲笑は、ひとつの声によって一掃された。
クリストファーは、最後まで穏やかな笑みを浮かべたまま、冷静に証拠を示した。
セラフィーナの手跡ではない不自然な一文。
材質の異なる羊皮紙。
彼女が翻訳作業で必ず残す注釈の不在。
それらを淡々と並べ立てる彼の声音は、決して荒げられることなく、終始落ち着いていた。
だが、静けさこそが鋭利な刃となって場を切り裂いた。
「……確かに、言われてみれば……」
「こんな細部まで見抜くとは……」
囁きが広がる。
文官たちの目には驚きとともに、明らかな畏怖の色が宿っていた。
優雅な笑みを絶やさず、論理だけで相手を追い詰める。
温和に見える外見の裏に、どれほど冷徹な観察と計算が潜んでいるのか。
誰もが思い知った瞬間だった。
「笑っているのに……まるで逃げ場がない」
誰かの小さな呟きに、場の空気がさらに重く沈む。
柔和な顔を保ちながら、鋭い真実で容赦なく切り込む。
その姿に、文官たちは背筋を粟立たせていた。
一方で、当のセラフィーナは呆然と立ち尽くしていた。
胸の奥にまだ恐怖が残っている。
あのままでは、濡れ衣を着せられ、失墜させられていたのだ。
言い訳も抗弁も、あの空気の中では通用しなかっただろう。
自分の声は、誰にも届かなかったはずだ。
けれど――
「事実は証拠が示しています。セラフィーナ嬢が改ざんを行った痕跡はありません」
そう告げるクリストファーの声が、すべてを覆した。
庇うでもなく、慰めでもなく。
ただ論理を積み重ね、揺るぎない形で。
その冷徹な言葉こそが、唯一の救いとなった。
――守られた。
胸の奥で、はっきりとその思いが芽生える。
彼が助けてくれたのだ。
笑みを崩さぬまま、冷ややかな理屈を武器にして。
そのやり方は優しさとは程遠い。
だが、どんな甘言よりも確実だった。
「……くっ」
視線の端で、リュシアンナが扇をぎゅっと握りしめるのが見えた。
涼やかな笑みを保とうとしていたが、瞳の奥に険しい色が浮かんでいる。
狙いが外れた苛立ちと、計算が崩された屈辱。
彼女の周囲にいる若い文官たちが気まずげに視線を逸らした。
セラフィーナは唇を引き結んだ。
彼女が本当に狙われていたのだと、ようやく実感した。
偶然でも、思い過ごしでもない。
伝統派の令嬢は、確かに自分を失墜させようとしていた。
そして、その矢を受け止めてくれたのは、隣に立つ副官だった。
クリストファーはまだ笑んでいる。
柔らかい光を帯びた表情は、外から見れば温和そのもの。
けれど、セラフィーナには分かった。
あの笑みの下には、冷ややかな計算が張り詰めている。
それでも――彼は自分を守った。
胸の奥が熱くなる。
涙が込み上げそうになり、必死に堪えた。
ここで泣けば、弱さを晒すだけだ。
それに、この人の前で泣くことは、まだ許されない気がした。
――彼に助けられたのなら、私は強くならなければ。
決意が静かに燃え上がる。
伝統派が何を仕掛けてきても、自分は立ち続ける。
この人の隣に立ち続けるために。
セラフィーナは深く息を吸い込み、羽根ペンを握る手に力を込めた。
震えは、もう止まっていた。
クリストファーは、最後まで穏やかな笑みを浮かべたまま、冷静に証拠を示した。
セラフィーナの手跡ではない不自然な一文。
材質の異なる羊皮紙。
彼女が翻訳作業で必ず残す注釈の不在。
それらを淡々と並べ立てる彼の声音は、決して荒げられることなく、終始落ち着いていた。
だが、静けさこそが鋭利な刃となって場を切り裂いた。
「……確かに、言われてみれば……」
「こんな細部まで見抜くとは……」
囁きが広がる。
文官たちの目には驚きとともに、明らかな畏怖の色が宿っていた。
優雅な笑みを絶やさず、論理だけで相手を追い詰める。
温和に見える外見の裏に、どれほど冷徹な観察と計算が潜んでいるのか。
誰もが思い知った瞬間だった。
「笑っているのに……まるで逃げ場がない」
誰かの小さな呟きに、場の空気がさらに重く沈む。
柔和な顔を保ちながら、鋭い真実で容赦なく切り込む。
その姿に、文官たちは背筋を粟立たせていた。
一方で、当のセラフィーナは呆然と立ち尽くしていた。
胸の奥にまだ恐怖が残っている。
あのままでは、濡れ衣を着せられ、失墜させられていたのだ。
言い訳も抗弁も、あの空気の中では通用しなかっただろう。
自分の声は、誰にも届かなかったはずだ。
けれど――
「事実は証拠が示しています。セラフィーナ嬢が改ざんを行った痕跡はありません」
そう告げるクリストファーの声が、すべてを覆した。
庇うでもなく、慰めでもなく。
ただ論理を積み重ね、揺るぎない形で。
その冷徹な言葉こそが、唯一の救いとなった。
――守られた。
胸の奥で、はっきりとその思いが芽生える。
彼が助けてくれたのだ。
笑みを崩さぬまま、冷ややかな理屈を武器にして。
そのやり方は優しさとは程遠い。
だが、どんな甘言よりも確実だった。
「……くっ」
視線の端で、リュシアンナが扇をぎゅっと握りしめるのが見えた。
涼やかな笑みを保とうとしていたが、瞳の奥に険しい色が浮かんでいる。
狙いが外れた苛立ちと、計算が崩された屈辱。
彼女の周囲にいる若い文官たちが気まずげに視線を逸らした。
セラフィーナは唇を引き結んだ。
彼女が本当に狙われていたのだと、ようやく実感した。
偶然でも、思い過ごしでもない。
伝統派の令嬢は、確かに自分を失墜させようとしていた。
そして、その矢を受け止めてくれたのは、隣に立つ副官だった。
クリストファーはまだ笑んでいる。
柔らかい光を帯びた表情は、外から見れば温和そのもの。
けれど、セラフィーナには分かった。
あの笑みの下には、冷ややかな計算が張り詰めている。
それでも――彼は自分を守った。
胸の奥が熱くなる。
涙が込み上げそうになり、必死に堪えた。
ここで泣けば、弱さを晒すだけだ。
それに、この人の前で泣くことは、まだ許されない気がした。
――彼に助けられたのなら、私は強くならなければ。
決意が静かに燃え上がる。
伝統派が何を仕掛けてきても、自分は立ち続ける。
この人の隣に立ち続けるために。
セラフィーナは深く息を吸い込み、羽根ペンを握る手に力を込めた。
震えは、もう止まっていた。
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